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108 ヒヨリの過去

 ヒヨリは明るい語り口で過去の出来事について話す。


「カインさんは元々どこのクランにも所属せずに活動してた人だったんすけど、野良パーティーとかではよく見かけてたんで、《LF》のクラン内でもほとんどの人と面識があったっす。それでGramさんが野良で同じパーティーになったときに《LF》に勧誘したら、その話に乗ってくれたみたいで、まあ実力はあるしコミュニケーションも問題ないしで、頼りになる仲間が増えたってみんなで喜んでたっす」


 元々の知り合いが多く所属していたこともあって、カインはすぐに《LF》に溶け込んでいったらしい。


「それからしばらくはクランのメンバーと一緒に狩りをしたりクエストをしたりといった感じで何事もなく活動をしてたんすけど、ある時ボス攻略に挑むことになってGramさんがいつもの一軍メンバーを集めたときに、カインさんがそこに来て自分もボス攻略に参加したいとみんなに訴えたんすよね」

「……まあ、気持ちは分からなくもないな」

「ええ。せっかく狩りをして強い装備を整えたなら、ボスの攻略にも挑戦したくなるのは当然っすからね。ただ一軍はすでに8人の固定メンバーで枠が埋まっていたので、カインさんをそのまま加入させることは出来なかったんすよ。一応9人で交代制という案も出たりはしたっすけど、連携とかその他諸々を考えたときに効率が良くないのは分かり切っていて、それが理由で今まで一軍は決まった8人で固定というルールにして複数の攻略パーティーをクラン内に作っていたんで、やっぱりその案は却下になったっす」

「なるほどな」


 カインが他の8人固定ではない攻略パーティーに加入すれば全て丸く収まる話ではあったが、ヒヨリの所属していた《LF》がいくらトップクラスのクランとはいえ、全員が全員実力と熱意を兼ね備えた人間ばかりではなかっただろう。


 それにカインは実力があったという話だから、当然ながら一番攻略できる可能性が高い一軍で活動したいと思っていたはずだ。


 これに関しては、カインは後から加入したのだから遠慮すべきだという考え方もあるかもしれないし、何が正しいのかは正直なところ俺には判断が出来ない。


 ただ、もしこれが俺のよく知る野球の世界であったなら、確実に実力で全てが決まることだけは断言できる。俺だって実際に、同じポジションの先輩からエースピッチャーの座を奪いとった側の人間だ。


「実際難しい話ではあったんすけど、一応話し合いの結果、実力をテストしてメンバーを入れ替えるかどうか決める形でまとまったっす。まあ後から加入したというだけで、どんなに実力があっても攻略パーティーに参加出来ないというのでは不公平っすからね。それで、うちの攻略パーティーってどんな敵でも対応できるようにみんな役割をばらけさせていたんで、デバフアタッカーの射撃職という役割で被る自分とカインさんが競うことになったっす」

「ん、射撃職って二人いたらダメなのか?」

「いや別にダメってわけじゃないっすよ。ただ同じ種類のデバフは一つ分しか効果を発揮しないんで、パーティーに射撃職が二人いると片方は実質デバフを持っていないのと同じになってしまうんすよね。射撃職はデバフでパーティー全員の補助が出来る代わりに、自分自身の攻撃力は少し低めに設定されているんで、射撃職が二人いるとパーティー全体の攻撃力が少し下がるという話っす」


 たとえば【ヘヴィアロー】を二人で撃っても、防御力低下のデバフは一回分しか効果がないということだ。とはいえ普段の狩りなどであれば、それはそこまで気にするほどの話ではないのだろう。


 しかし常にギリギリの戦いを強いられるボス攻略に関しては、そのわずかな差が攻略出来るかどうかに繋がる可能性が出てくる。


「あとは射撃職を二人入れるかわりに他の誰を外しても射撃職じゃカバー出来ない役割があるんで、どちらかというとそっちの理由の方が大きかったっすね」

「ああ、それは確かにそうだな……」


 どんな敵でも対応できるように全員の役割をばらけさせるというコンセプトで作られた攻略パーティーであるなら、なおさら射撃職を二人入れるわけにはいかない。


 そういう背景もあって、必然的にカインとヒヨリが競うことになったという話だった。


「――それで結果だけ言うと自分が負けて、カインさんが攻略パーティーに入った、というのが自分とカインさんの関係っす。だからその、カインさんに思う所があるといってもそれは負けて悔しいとかそういう感情で、決してカインさんが悪いとか嫌いとか思っているわけではないんで、そこは安心して欲しいっす」


 そんな風にヒヨリは明るく言う。ただそれはどうにも、普段のヒヨリとは違っているように俺の目には映った。


 まるで自分に無理やりそう言い聞かせているような――。


「…………」

「……? チトセさん、どうかしたっすか?」

「いや、何というかヒヨリは、優等生なんだなと思ってさ」

「あはは、全く褒められてる気がしないっす」

「気を悪くしたなら謝るよ、ごめん」

「……チトセさんって」

「ん?」

「優しいけど、甘くはないっすよね」

「んー、あまりそういう風に言われたことはないけど」


 というかあまりそういう話自体をしたことがない。


 リアルの俺を知っている人間に、俺がどういう人間かと訊いたら十中八九「野球バカ」という回答が返ってくる。それ以上に踏み込んだ話をする人間はいなかったし、その必要もなかった。


 まあでも、「野球バカ」な俺を知らないヒヨリがそういう風に俺を評価するのであれば、それはある程度正しいのかも知れない。


「俺は少し前まで野球をやってて、その頃はカインって人に似た立場の人間だったから、少し分かるんだよ。それまでその人が大事に守ってきたポジションを奪ったら、たぶん恨まれるし、嫌われる。それを分かった上で、それでも譲れないくらい欲しいと思うから、覚悟をして奪うんだ」

「……それは自分も理解してるつもりっす」

「そうだよな。でもそれなら、ヒヨリは恨んでいいし、嫌っていいんだよ」


 後から加入したというだけで攻略パーティーに加入できないのは不公平だとか、カインは悪い事をしたわけじゃないのだとか。


 カインの行いを正当化するように、ヒヨリはそう自分に無理やり言い聞かせていた。


 たぶんそれは理屈としては正しいのだろうけど、果たして自分の感情を押し殺してまで従う価値が、そこにはあるのだろうか。


「……やっぱりチトセさんは、強い人っすね」


 ヒヨリは静かにそう言った。それまでは明るい表情と口調で話していただけに、明らかに空気が変わる。


 もしかしたらヒヨリのその言葉は皮肉だったのかも知れないが、俺には分からなかった。


 ヒヨリは少しだけ考えた後、意を決したように口を開く。


「確かに本音を言えば、自分はカインさんを恨んでいるっす。でもそれ以上にGramさんとかの、私よりもカインさんを選んだパーティーの人たちを、強く恨んでいるんすよ」

「選んだ?」

「そうっす。自分とカインさんの競争は単純なモンスターの殲滅力、つまりどれだけダメージを出せるかという内容に決まったっす。でも自分は採集職のハンターで、カインさんは戦闘職のアーチャー。正直なところ、最初から自分には勝ち目はなかったんすよね」

「それは……」

「パーティーとしては攻略に行き詰っていたところだったんで、たぶん何かを変えたかったんだと思うっす。そこにちょうど良くカインさんが加入した……いや、そもそもカインさんを勧誘したこと自体が作為的だったのかも知れないっすけど。まあ何にせよ自分はそういった形で居場所を奪われた訳っすよ」


 言葉が出なかった。


 ゲームに真剣に打ち込んでいる人がいることは俺も理解している。でも正直に言えば、そこまでするのかという気持ちが強い。


 しかし勝負の世界ではそうしたことが日常茶飯事だった。だからやる人間がいても何も不思議じゃない。俺だって県外の学校からスカウトされて、すでにそこにいた人の居場所を奪った人間なのだから。


 それでも俺は過去の選択を後悔したことは一度もない。怪我で野球を続けられなくなったときも、その思いが変わったことはなかった。


 だからヒヨリの気持ちは理解出来ても、心の底から肯定してやることが出来ない。それをしてしまえば、俺は過去の自分を否定することになる。


 そうして俺が沈黙していると、ヒヨリはぽつり呟くように言った。


「どうしてこうなってしまったんすかね……自分はただ、楽しくゲームが出来ればよかっただけなのに」


 それはきっとヒヨリの本心なのだと思う。


 ヒヨリはいつだったか、クランを抜けた理由を「ゲームを楽しむために、非効率的なことを許容する心の余裕が欲しい」という風に語っていた。


 それはきっと、攻略のために効率を重視するあまり心の余裕を失っていくクランに、嫌気が差したということだろう。

 それでも喧嘩別れにならず円満にクランを脱退したのは、ヒヨリなりの最後の抵抗だったのかも知れない。


 普段は飄々としていて、決して本心を覗かせてくれないヒヨリだけれど、今この瞬間だけは、その本心に触れられるような気がした。


「それじゃあヒヨリはこれから、どうしたいんだ?」


 だから俺は、そんなことを尋ねた。


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