107 アーチャーのカイン
「ああ、カインさん。お久しぶりっす」
ヒヨリは明るい表情で、カインという男性プレイヤーに応対する。
「正式サービス始まってからは初めて会ったな。そういえばうちのクラン抜けたんだって? 生産職連中が悲しんでたよ、素材の供給が明らかに悪くなったってさ」
「あはは」
二人の会話を聞いてみたところ、どうやらカインというプレイヤーはヒヨリが以前所属していたクラン《LF》に所属しているらしい。ヒヨリのハンターという職業は敵モンスターからのドロップアイテムの量や質が良くなる採集職なので、クラン内の生産職からはありがたがられていたという話だろう。
特に二人の間に変わった様子はなく、ヒヨリが以前言っていたように、クランの脱退自体は揉めることもなく円満に行われたというのは事実なようだった。
「そういえばカインさんはツアーでもやってたっすか?」
「そうだな、さっき終わったところ」
「さすがに早いっすねー。自分たちはまだツアーの途中っす」
「ああ、だからそっちの人とパーティー組んでるのか」
「あ、紹介しておくっす。こちらはチトセさんといって、正式サービスから始めた方っす」
「そうか、どうりで見たことないプレイヤーだと思った。でもこの時期にもうツアーをやってるってことは、相当出来る人なんだな」
そんな風にヒヨリが紹介しただけで、カインは俺のことを評価したようにそう言った。
「俺はカインだ。職業はアーチャーで、クランは《LF》に所属してる」
「チトセです。職業は槍術士で、一応《PoV》というクランのマスターをやってます」
「あ、敬語とかは無しでいいよ、たぶん歳も近いし。それにしても、もうクランも作ってるのか。ということは他のゲームの経験者?」
「それがチトセさんは完全初心者らしいっすよ。一応ベータテストから参加してる知り合いから色々教わっているみたいっすけど」
「なるほど……あ、悪い。呼ばれたから行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいっす」
そうしてお互いに自己紹介を終えたところで、カインは誰かに呼び出されたようで早々に会話を終えてその場から立ち去る。
そんな感じであまり多くは会話出来なかったけれど、カインは話した感じも普通の人で、特に変わった印象は受けなかった。
それだけに、最初にカインに声をかけられたときのヒヨリの表情というか、反応が気になってしまう。
「なあヒヨリ。今の人って?」
「以前所属してたクランの仲間っすよ。《LF》は大きいクランなので攻略パーティーもいくつかあったんすけど、その中でも一番上手い人たちが集まった一軍のメンバーなんで、射撃職プレイヤーの間では一目置かれてたりもする実力者っす」
となると、カインはいわゆるガチ攻略勢のプレイヤーなようだ。さっき慌ただしく去っていったのも、おそらく時間を無駄にしないためにパーティー単位で効率よくゲームを攻略しているからなのだろう。
「ちなみにヒヨリは、あの人のことどう思ってるんだ?」
「別に普通っすよ? ……なんて言ったところで、その質問が出る時点で気付かれてるってことっすよね」
「いやまあ、何か思う所があるんだろうな程度でしかないけど」
「うーん、自分では上手く隠したつもりだったんすけど、チトセさんの目は誤魔化せないみたいっすね」
そう言いながらヒヨリは、笑いながら悲しんでいるような、複雑な表情をする。
これは果たして、ヒヨリと会ってまだ数日の俺が踏み込んでいい話題なのだろうかと、少しだけ悩む。
「別に話したくない話ならいいよ。俺が見なかったことにすればいい」
「あはは、さすがチトセさんは男前っすね。とはいえ、さすがにこればかりはそういう訳にもいかないので、もし良かったら聞いてもらえませんか?」
飄々としたいつもの明るい口調とトーンでヒヨリはそう言うが、俺を見る目だけは真剣だった。
きっとこれはヒヨリにとって、誰かに話すのは少し怖くて、けれど誰にも話さず抱え続けるには重い話なのだろう。
いつになく真剣な雰囲気のヒヨリは、だからそんな風に確認を取った。とはいえ「聞いてもらえませんか?」なんて言われた以上、今さら俺が怖気づくなんてことは出来ない。そもそもこれは俺から尋ねた話なのだから。
「分かった」
「助かるっす……といってもそんなに複雑な話ではないんすけど」
ヒヨリがそう前置きしてから話し始めた内容は、それこそ昔から俺の身近なところでも常に起きていたことだった。
「自分は元々《LF》の初期メンバーで、結構長い期間一軍の一員として活動してたんすよ――同じ射撃職のカインさんが加入するまでは、っすけどね」
――それは限られた枠を勝ち取るための、レギュラー争いに関する話だ。