106 ヒヨリのオススメ
しばらく歩いてフェリックの市場に到着した俺は、さっそくヒヨリと一緒に市場に並んでいる装備品を物色を開始する。
といっても実際に現物を見ているわけではなく、目の前に広げたマーケットボードの画面上で、アクセサリーに条件を絞って検索した結果を一緒に見ているだけではあるけど。
「このゲームってどういう方針で装備のビルドを構築するかはある程度趣味で選べるんすけど、チトセさんはどういう方向性が好みっすか?」
「えっと……悪い、そもそもどういう方向性があるんだ?」
「まず一番主流になってるのは攻撃力を最重視するビルドっす。アタッカーはダメージを出すのが仕事なんでまあ当然っすね。自分やマコトさんみたいな比較的安全な後衛は基本的に攻撃力重視で装備を選んでるっす。その分素早さや防御力は低いので、タンク役が下手だったりすると結構危なかったりもするっすけど」
「ふむふむ」
「ただ近接アタッカーの場合は攻撃力を見つつも、ある程度防御力や素早さを確保することが多いっすね。ただこのあたりの匙加減は好みの問題っす」
「なるほどな」
近接職のアタッカーは前線で戦うので、タンク役ほどではないが攻撃を受けやすい立ち位置だ。
もちろん素の状態でも後衛よりは防御力なんかも高いけれど、さらに防御力を上げて安全を重視すればパーティーとしても不慮の事故を防ぎやすくなるので、自分のプレイに応じて好みで選んでいいようだ。
ちなみに防御力を重視した近接アタッカーはサブタンクとかオフタンクという呼ばれ方をしていて、場面によってはそれはそれで需要があったりするらしい。
「ただ自分がチトセさんにオススメしたいのは、素早さ重視のビルドっすね」
「素早さ重視?」
「そうっす。現状チトセさんはデモンズスピアのおかげで火力は充分なんで、敵に接近するための時間短縮や、回避能力の向上を目指した方が結果的に攻撃効率は上がると思うんすよね」
ヒヨリはそんな風に攻略に踏み込んだ視点でかなり詳しく装備について解説してくれる。
たぶんちょっと前だと何を言っているのか分からなかっただろうけど、今だと大体分かるようになっていた。そういう意味だとこの数日の間に、随分とゲームに関する知識も増えた気がする。ハルカが「染まってきた」と言ったのも、あながち間違いではないのだろう。
確かに近接アタッカーは敵を倒したら次の敵に向かって移動しなければならないので、ヒヨリの言う通り移動時間が結構頻繁に発生する。
素早さを上げればその時間を短縮したりも出来るので、結果的に攻撃力を上げるよりも効率よく敵にダメージを与えられるようになるのは確かだろう。
「ヒヨリがそういうなら、せっかくだし素早さ重視でやってみようかな」
「了解っす」
そういってヒヨリはマーケットボードを操作した。どうやら素早さの上昇量が多い順番に市場で売ってるアクセサリーの表示を並べかえたようだ。
「あ、チトセさんラッキーっすよ。その、風のネックレスっていうの買いましょう」
「ああ、これか」
俺はヒヨリに言われるがまま風のネックレスという首につけるアクセサリーを購入する。さっそく装備してみると、他の能力は全く変化しないかわりに、素早さだけはアクセサリーとは思えない数値で上昇していた。
「おお、かなり素早さが上がったな」
「他の全てを捨ててるっすからね。普通だと攻撃力とか防御力が下がるんであまり装備したい性能じゃないっすけど、チトセさんは元々何も装備してなかったんで単純にプラスっす」
確かに他のアクセサリーと比較すると、無視するには大きいレベルで攻撃力や防御力が落ちるので、数字だけを見てどっちを装備したいかと言われると他のアクセサリーを選ぶ気持ちは充分に理解出来た。
何にせよ素早さの上昇量はかなりのものなので、これは素早さ重視でやっていく以上は買えてラッキーなアクセサリーだったのは間違いない。
「あとは頭部アクセサリーっすけど……目ぼしいのは売ってないっすね。やっぱりまだ市場は供給が安定してないみたいっす」
そう言ってヒヨリはいくつかの候補の中から、比較的コストパフォーマンスが良いバランス型のイヤリングを指定した。
俺がそれを買って装備すると、全体的にステータスが上昇する。風のネックレスと比べると大きな数字の変化ではないが、ほどほどに効果が実感できる程度には意味があるようだ。
「指も目ぼしいアクセサリーは売ってないみたいなんで、シャルさんから貰ったボーンリングのままでも問題ないっすね」
ヒヨリがそう言ったことで俺たちの買い物はこれで終了になった。
「ありがとうヒヨリ。おかげで大した時間もかからずに選べたよ」
「いえいえ、こっちも他人のお金でショッピングが出来て楽しかったっすから」
俺が買い物に付き合ってくれたヒヨリにお礼を言うと、ヒヨリはそんな感じで冗談交じりに言葉を返した。
そんな風に、ヒヨリは普段から明るい表情と雰囲気を崩さない。
けれど――。
「――あれ、もしかしてヒヨリか?」
見覚えのない男性プレイヤーにそうして声をかけられたとき、一瞬だけヒヨリのその表情が凍り付いたのを、俺は確かに見てしまうのだった。