103 フレッシュイーター戦2
俺がフレッシュイーターを注意深く観察していると、その身に纏っている黒いオーラがゆらゆらとフードを被った人型に形を変えていった。
その人型は手に大鎌を持っている。見た目の印象は死神そのものだ。
もしかしたらあの死神のような何かが憑依したことで、フレッシュイーターは凶暴なモンスターになっているのかも知れない。
「【ファイアバースト】!」
俺から離れた場所に現れた四体のグールはキリカがしっかりとターゲットを集めていたので、マコトが範囲攻撃魔法でまとめて攻撃している。
たださすがにグールも強いようで、マコトの範囲魔法でもあと二発くらいは倒すのにかかりそうだ。その間ずっと四体から攻撃を受けるキリカを、ハルカとシャルさんがしっかりとヒールで支えていた。
向こうは連携もしっかり出来ているので、特に問題ないだろう。
「チトセさん、ここからが腕の見せ所っすよ」
「ああ、やれるだけやってみるよ」
仲間で唯一フレッシュイーターに攻撃を続けているヒヨリが、明るく俺に声をかけてくれる。
そうこうしているうちにフレッシュイーターが長い舌を伸ばして、それを鞭のようにしならせて攻撃してきた。
さっきまでは無かったパターンの攻撃だったが、モーションが大きいのもあって見てから余裕を持って回避し、俺はそのまま目だけで死神を確認する。
死神はまだ動く気配がなかったので、俺はフレッシュイーターの頭部に通常攻撃から【二段突き】の連携を叩き込んだ。
そうしてすぐに距離を取ったところで、ようやく死神が大鎌を振る動きを見せた。
「うおっ!」
想像以上に伸びてきた大鎌の攻撃を、俺はギリギリで回避する。
どうやらあの死神はフレッシュイーターが纏うオーラそのものだから、フレッシュイーターの体の表面を自由に移動できるようだ。
ちなみに死神の初期位置はフレッシュイーターの胴体あたりだったけど、今は頭あたりにいる。
俺はその後もフレッシュイーターと死神の攻撃を回避しながら、隙を見て反撃をしていく。幸い死神はフレッシュイーターと連携を取っているわけではなく、一定の法則で前方扇範囲攻撃を行う単純なパターンしかないようだった。
フレッシュイーターの攻撃パターンは増えているけど、これなら特に問題なく対処も出来そうだ。
「チトセさん、もしかしてこれパターン見切ってる感じっすか?」
危なげなく回避と反撃を繰り返す俺に、ヒヨリがそんな風に聞いてくる。
「ああ。死神の攻撃の間隔はランダムって聞いてたけど、見た感じちゃんと癖というか法則があるみたいなんだよな」
まだ全通り見たわけじゃないけど、たぶん間違ってないと思う。
「えー……」
「ん、何だ?」
「いや、戦闘が終わってからでいいっす」
ヒヨリは何か言いたそうだったが、今は戦闘に集中するべきと判断したようだ。
その後はグール四体をマコトが範囲魔法でまとめて焼き払ったことで、また全員でフレッシュイーターに攻撃を仕掛けていく。そこでようやく俺は一つの異変に気付いた。
「あれ、思ったよりフレッシュイーターの体力減ってないか?」
「ああ、それグールを倒すとフレッシュイーターの体力が減るんだよ」
キリカのヒールを終えて【シャイン】の魔法で攻撃に参加しているハルカが、そんな風に理由を説明してくれた。
一応フレッシュイーターは自分の命を削りながらグールを使役しているというのがプレイヤーの間での通説らしい。
その後も俺はフレッシュイーターと死神の攻撃を回避しながら反撃し、他のみんなも全力でアビリティを使用しながら攻撃してフレッシュイーターの体力を確実に削っていく。
ヒヨリの【ヘヴィアロー】やシャルさんの【アシッド】などの防御力を低下させるデバフも元々のステータスが高いボスには効果的だった。
そうしてフレッシュイーターの体力を半分ほど削ったところで、またもやフレッシュイーターが強く地面を踏みしめた。
今回現れたグールは六体。さっきより二体増えている。
六体も同時に引き付けてキリカは耐えられるのだろうかと少し心配になったけど、キリカは防御アビリティを発動して被ダメージを抑えながら何とか耐えきるつもりのようだ。
そうしてハルカとシャルさんのヒールによる懸命な支えもあって、キリカは何とかマコトの範囲魔法がグールを殲滅するまでギリギリ耐えきることに成功する。
六体のグールが倒されたことで、フレッシュイーターの体力はさっきよりも大きく削られていた。
「【二段突き】!」
そこに俺たちは再度全力の攻撃を叩き込み、フレッシュイーターの体力を残り一割を切るところまで削っていく。
するとフレッシュイーターは、最後の力を振り絞るようにして今まで以上に強く地面を踏みしめた。
現れたグールは十体。一応キリカの防御アビリティの再使用が可能になるだけの時間はすでに経過していたけど、それでもさっきの六体の状況を見る限りさすがにあれはどうあがいても耐えられないだろう。
「そっちは大丈夫なのか?」
「大丈夫……かは分からないけど、こっちは何とか頑張るからお兄ちゃんはフレッシュイーターにだけ集中してて」
「分かった」
何にせよ俺にはフレッシュイーターのターゲットを引き付けるという仕事がある。こいつがターゲットを俺からハルカたちに切り替えた時点で全滅が確定する以上、俺が別のことを行うのは不可能だった。
だったら仲間のみんなを信じる他ない。
「とりあえずヒヨリにグールを一体抜いてもらって、残り九体はキリカが受ける形で行こうか」
「了解っす」
「キリカは防御アビリティをフル活用、危ないと思ったらポーションも即飲んでいいから、とにかく生き残ることに全力でお願い」
「そうね、やれるだけやってみるわ」
あまり自信はなさそうだけど、それでもみんな楽しそうに見えた。
まあ今みたいな大きな困難に、信頼できる仲間と共に挑戦していく状況が楽しくないわけもないのだけど。
まずヒヨリが弓で遠距離からグールを一体攻撃して、ターゲットを引き付ける。そのままヒヨリは後退してグールと距離を取りながら攻撃を撃ち込んでいった。これは引き撃ちと呼ばれるテクニックらしい。
さすがにいつまでも逃げ続けられるわけではないけど、敵のターゲットを引き付けたまま大きく時間を稼ぐことが出来るという話だ。
そのうちヒヨリはグールに追いつかれて攻撃を仕掛けられるが、しっかりとサイドステップで回避し、攻撃の隙で動けないグールに反撃はせず全力疾走で距離を取っていた。
とはいえ逃げてばかりいるとハルカたちに敵のターゲットが移ってしまうので、ヒヨリはしっかり引き撃ちと回避を繰り返していく。
その動きは、今俺がフレッシュイーター相手にやっているものによく似ていた……いや、逆だな。
引き撃ちという本来は射撃職にしか出来ないテクニックを、俺は槍の長さを利用して疑似的に再現しているといった方が正確だ。
「さすがヒヨリだな」
「ありがとうっす。でも戦闘中にそれだけよそ見する余裕があるチトセさんの方がおかしいっすよ?」
ヒヨリはそう言うけど、俺に余裕があるのは、フレッシュイーターと死神の行動パターンがすでに読めているからだ。
これはど真ん中にストレートが来ると分かっている状態に近い。球種とコースが分かっていれば、さすがにそうそう打ち損じることはない。
何にせよヒヨリは心配なさそうに見えるが、問題はキリカの方だ。
「くっ!」
キリカはグール九体に囲まれ、回避することもままならない波状攻撃を、ただひたすらその身に受け続けていた。