102 フレッシュイーター戦1
フレッシュイーターとの戦いが始まる。
動き自体は普通の四足歩行の動物モンスターと大差ない。攻撃手段も最初は突進や頭突き、ひっかきくらいで、特別素早いわけでもなかった。
特に危険な行動はなさそうだったので、さっそく俺も近づいて何度か攻撃してみる。
そこまでは普段通りで問題はなかったが、タンク役のキリカが攻撃を受けるたびにフレッシュイーターの特殊能力が発動し、キリカの体から赤黒い粒子のようなものが現れた。
それがフレッシュイーターの体に吸い込まれていくと、その度にフレッシュイーターの体力が回復していく。
――体力吸収。
それは事前の打ち合わせでハルカたちに聞いていた、フレッシュイーターの厄介な特性だった。
しかしフレッシュイーターの厄介なところはそれだけではなかったりする。
「くっ!」
直後にキリカが盾でのブロッキングを失敗した。
フレッシュイーターの攻撃はそんなに速くないし、モーションも素直だ。普段のキリカなら間違いなく確実にブロッキングを成功させるはずなのに、それに失敗するのは明らかに異常事態だった。
それもそのはず、見るからにキリカの動きがいつもより悪い。その原因はキリカにかけられた呪いというデバフ効果によるものだ。
ちなみにヒヨリによると、呪いのデバフでは本当に憑かれているかのような状態がVRで再現されているらしい。
「うーん、やっぱりスノードラゴンと違って、こっちは単純に力不足で打つ手なしだね」
ハルカがそんな風に言った。それもそのはず、俺たちが与えたダメージは完全にフレッシュイーターの回復によって打ち消されている。
どうやら体力吸収はキリカの被ダメージの大きさに応じて回復量が決まるようだ。
ちなみにキリカは装備を更新したばかりだけど、それでも全然ステータスが足りていないらしく、キリカが攻撃を受けるたびにフレッシュイーターの体力は大きく回復してしまう。
キリカも今のところは【アドバンスガード】などの防御アビリティを使用して何とか耐えているが、それだってすぐに限界が来るはずだ。
何にせよ正攻法で正面から戦うには、俺たちは単純に力不足なことは間違いない。
であれば、このままダラダラと勝ち目のない戦いを長引かせるのは時間の無駄だろう。
「というわけでお兄ちゃん、あとは好きにやっていいよ」
「了解」
ハルカのその言葉を待ってから、俺は事前に打ち合わせをした通りに動き出す。
俺が前に出ると同時に、キリカが一旦後ろに下がる。フレッシュイーターはキリカを追いかけようとしたが、間に入った俺が攻撃したことで狙いを俺に変えてその爪を振り下ろした。
俺はその爪を避けながら、通常攻撃から【二段突き】の連携をフレッシュイーターに叩き込む。それによってフレッシュイーターの体力をわずかに削れた。
フレッシュイーターが攻撃によってこちらの体力を吸収するなら、その攻撃を回避してしまえばいい。
この戦術は回避壁とかノータンク戦術と呼ばれているもので、ベータテスト時代に多くのパーティーによって試されてきたものだ。
その場合は素早さのステータス的にもアビリティ的にも最も回避力が高い短剣使いがフレッシュイーターのターゲットを受け持つことが多かったらしい。
ただ俺たちのパーティーには短剣使いはいない。だから俺がそれを担当してみることになった。
もちろんこれで勝てるのかといえば、そんなはずはない。今の俺たちよりもずっと装備が整っているプレイヤーたちが、八人パーティーで何度挑んでも倒せなかったというのだから当然だろう。
というか実際はこの戦い方が本当に正しいのかさえ分からない。正解となる攻略法は、全プレイヤーがまだ探している最中だ。
それでも俺たちは、今出来る最善を尽くすことにした。
今の俺たちがどれくらい戦えるのか。それはきっとステータスの数字だけでは測れない。
だから、挑むことは知ることだ。決して無駄にはならない。
「【アシッド】! 【ベノム】!」
「【シャイン】!」
俺がフレッシュイーターの攻撃を回避をしていることで、ヒーラーの二人も攻撃に参加する余裕が出来ていた。
特にハルカの光属性魔法はフレッシュイーターの弱点みたいで、思いのほか大きなダメージ源になっている。といってもさすがに本職のアタッカーであるマコトやヒヨリの攻撃力には及ばないようだった。
キリカも時間経過で呪いのデバフが解けたようで、隙を見て攻撃に参加していた。俺からフレッシュイーターのターゲットを奪わないように慎重に動いているようで、他のみんなと比べるとダメージ自体は少ないが、それでも少ないチャンスにアビリティ連携を叩き込むなどキリカの上手さは随所に見られた。
というか素早さが低い金属鎧を着た状態でフレッシュイーターの攻撃後の隙をついて、その後すぐに離脱するというのはなかなか出来ることではないはずだ。
「チトセさん! そっちはそれ以上下がれないっす!」
「マジか。ありがとうヒヨリ!」
回避のために動いていると、ヒヨリからそう警告された。というのも、実はこのフレッシュイーターと戦っている場所にも、ブレビア森林の道中と同じく罠があちこちに設置されているのだ。
俺は極力安全が確認できている場所を行き来するようにはしていたけど、さすがに完璧に同じ場所をなぞることは出来なかった。
ちなみに【罠察知】を持つヒヨリでなくても、注意深く見れば罠の場所を把握することは出来る。もちろん戦闘中にそんな余裕はないのだけども。
俺は進路を変更しつつ攻撃を回避した後に、隙を見せたフレッシュイーターに通常攻撃で反撃する。回避が最優先とはいえ、逃げてばかりだとフレッシュイーターが別の味方に狙いを変えてしまうので、俺はこうして反撃を叩き込む必要があった。
そういう状況でも、やっぱり槍の長さが生きてくる。そういえばアップデートで槍の攻撃の隙は少し短くなったとかいう話もあったっけ。俺自身はあまり変化を実感できていなかったけど、反撃して動くを繰り返す今の状況ではきっと以前より余裕が生まれているのだろう。
何にせよ一度でも攻撃を受けたら呪いのデバフによって連続被弾が避けられずに俺は死んでしまう。本当に今反撃しても安全なのかと、行動の選択には常に緊張感があった。
その後も何とか俺がフレッシュイーターの攻撃を回避しつづけ、みんなでダメージを与え続けた結果、フレッシュイーターの動きが止まる。
おそらくスノードラゴンが【氷の槍】を出すようになったのと同じように、フレッシュイーターもここからは行動パターンが変わるのだろう。
フレッシュイーターは大きく前足を振り上げると、そのまま強く地面を踏みしめる。
地面が少し揺れたような感覚。直後に、地面から四体のモンスターが現れた。
そのモンスターは猿とハイエナを足したような外見で、皮膚を持たず筋が剥き出しになっている。名前はグールというらしい。
「グールはキリカとマコトに任せるよ!」
「ええ、任せて」
「うん、キリカちゃんが集めたら範囲魔法で一気に焼くよ」
ハルカの指示がキリカとマコトに飛ぶ。二人も自分がやるべきことは分かっていたようで、指示を聞きながらすでに動き始めていた。
とりあえずこの様子だと俺の方にグールが来ることはなさそうだ。
何にせよ、ここからはフレッシュイーターの動きも変わるのだろう。
そう思った俺はフレッシュイーターを見据えて、自分のやるべきことに集中するのだった。
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