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10 錬金術師のシャルローネ

「はっ!」


 俺は槍を突き刺してバットを一撃で倒す。

 ちなみにドロップ品は自動で俺とシャルさんの二人に均等に分配されるように設定した。というか初期設定がそうだった。

 自分は戦闘をしないからとシャルさんは遠慮していたが、別に俺はコウモリの羽が特別必要なわけではないし、「貰っといて」と言ったら「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げてお礼を言われた。何というか凄く礼儀正しくて好感が持てる人だ。


 そういえば、そもそもシャルさんはこの森にコウモリの羽を集めに来ていたらしい。


「私の職業は錬金術師で、コウモリの羽はポーションとか作る素材としてたくさん必要になるんです」

「へえ、錬金術師。それって生産系だっけ?」

「ええ、そうです……というか、ご存じなのでは? 装備とか動きを見た感じ、攻略組の方、ですよね?」

「いや、俺は初心者だよ。ゲームなんて今まで全くやったことがないから、昨日の夜から始めて今日がゲーム二日目」

「そうなんですか……どおりでベータテストで見たことないはずですね」


 シャルさんはどうやらハルカたちと同じくベータテストから参加していたプレイヤーのようだ。

 そんな風に軽く会話をしながら歩き、遭遇したバットを数体倒すと、ようやく森の出口にたどり着く。


 ここから街までの平原にいるモンスターは、こちらから手を出さない限りは襲い掛かってこないので、ここまで来れば一安心だろう。


 といったところで、ふとシャルさんが口を開く。


「あの、すみません。もし良かったら一つわがままを聞いていただけませんか?」

「ん、何?」

「ワーカーアントがいたら倒してほしいんです。ドロップアイテムの蟻酸が必要で」

「ああ、あのでかい蟻ね。了解」


 ワーカーアントは行きの道で何回か目にしたモンスターだ。たぶん今の俺なら背後から近寄って一撃で倒せるだろうし、見かけたら狩るくらい別に問題ない。


 少しするとさっそく一体見つけた。近寄ってみるけど攻撃してくる様子はない。

 ということで俺は堂々と真後ろにまわりこんで、その背中に槍を一突きする。

 それで倒せると思っていたのだけど、意外と耐久力があったようで、そのまま素早く振り返って反撃される。


「おっと」


 蟻の特徴的な顎で噛みつくような攻撃を仕掛けてきたので、後ろに跳ねてギリギリで避ける。

 想像以上に素早い攻撃だった。真後ろから攻撃を仕掛けていなかったらたぶん食らっていただろう。


 そうして少し距離は離れたが、幸い俺の武器は槍だ。

 もう一度、今度は正面から顔面に槍を突き刺し、それがヒットしたことを確認してから【二段突き】を発動する。


 今度は確かな手ごたえがあって、ワーカーアントはそのまま倒れる。


「あ、蟻酸がドロップしました。チトセさん、ありがとうございます」

「ああ、うん。どういたしまして」


 とは言うものの、別に大したことをした気はしない。


 というか現状だと俺の持っているゴブリンランスが強すぎた。いや槍という武器カテゴリ自体が、かも知れないけど。

 槍は攻撃距離が長くて他の武器より距離が取れるので、相手より先に攻撃出来るし、その距離から反撃されてもワンテンポ余裕がある。


 ゲーム的にそれはたぶん本当に少しの違いだ。

 けれど野球に例えるなら140km/hの速球が130km/hになるようなもので、明確に対処しやすくなるのも事実だった。


 敵の攻撃のモーションを見てから、ギリギリ回避が間に合う安全圏。

 槍はその位置から攻撃が出来るのが最大の強みなのだと、俺もここにきて少しずつ理解出来てきたのだった。


「本当に助かりました。生産職の競争に少し出遅れていましたが、これで予定より早く生産レベルを上げて追いつけそうです……あ、チトセさん。もし良かったら私とフレンドになっていただけませんか? 今は何も出来ませんが、いずれ今日のお礼をさせて欲しいのです」


 そう言われてフレンド申請を貰ったので、受諾する。

 シャルさんは言葉遣いなども丁寧で礼儀正しいし、人間的に大人な感じがして距離感が心地いい人だった。これからも交友関係を続けられるならこちらとしても嬉しい話だ。


 もしかしたら年上の人かな、と思ったりもするが、現実の話は詮索しないのがマナーなので、ここは想像するに留めておいた。


 その後は適当にゲームに関する話をしながら、街を目指して歩いていく。


 街に近づくにつれて、大きなテントウムシやイモムシなどと戦っているプレイヤーが増えていく。


 このあたりは敵が弱くて、また向こうからは襲い掛かってこないため、囲まれる心配もないことから、戦闘職以外の人が最初に金策やレベル上げのために戦闘する場所として人気なのだとシャルさんは言う。


「でもシャルさんはそうしなかったんだ?」

「ええ。昨日は用事があってプレイ出来なかったので……普通にやっていては、出遅れは取り戻せませんし、効率プレイを頑張ってました。まあ、ご存じの通りチトセさんに助けられてしまったんですけどね」


 だからシャルさんは森まで行って少し強い敵と戦いながら素材も集めていたらしい。

 ただ死ぬとデスペナがあって、20分休んでいる間にまた差が広がってしまうので、俺に助けられたことは本当にラッキーだったのだと笑っていた。


 ああ、そういえばシャルさんが笑っているのは初めて見た気がする。いやまあだから何だという話だけど。


 そんなこんなで、ようやく街に到着する。


「本当にありがとうございました、今日のお礼は必ずしますので。あと私は今後ポーション屋などをやっていく予定なので、何かご入用でしたら気軽にメッセージ下さいね。チトセさんには特別に出来の良いポーションを安くお売りしますので」

「ああ、うん。覚えておくよ」

「それでは失礼します」


 そう言うとシャルさんはパーティーを抜けて、街の中心の方へと去って行った。


「お兄ちゃん」

「うおっ! 何だハルカか、びっくりした」

「何でびっくり? 見られたくないことでもしてた?」

「いや普通にハルカが突然声をかけてくるからだって。あと別に見られたくないことなんてないよ」

「ログインしてみたらお兄ちゃんの現在地が南の平原になってたから、南の門で待ってたんだよ」

「待たなくても、メッセージ送ってくれたら返事するのに」

「いやー、デートの邪魔したら悪いかなって」

「だからそういうんじゃないって」

「うん分かってる。……でも珍しいよね、錬金術師のシャルローネが誰かと一緒なんて」

「シャルさんのこと知ってるのか?」

「ベータテストに参加してた人間ならみんな知ってると思うよ。戦闘の必需品であるポーションを作る人の中でも、一番質がいいポーションを供給してたポーション屋。あとポーション以外も錬金術系の生産品は、大抵シャルローネの印が入っているものばかり出回ってたし」


 なるほど。シャルさんはベータテストでは有名な生産職のプレイヤーだったらしい。


「誰かと一緒なのが珍しいっていうのは?」

「シャルローネって、誰ともフレンドにならなかったし、パーティーを組んでるのすら目撃されたことがないんだよね。まあ取引とかは普通にしてくれるから問題なかったんだけど」

「へぇ……」


 確かにシャルさんは言葉遣いなどがかなり丁寧で、言い換えれば少し距離を感じるというか壁があるような人ではあったけど、そこまで極端な印象までは受けなかった。


 まあ実際俺はフレンドになったわけだし、正式サービスからはスタンスを変えたのかも知れないから何とも言えない話だ。


「それでさ、マコトがちょっと手伝って欲しいことがあるっていうんだけど、お兄ちゃんはこの後予定とか大丈夫?」

「ああ大丈夫だけど……というかマコトも何で直接メッセージで訊いてこないんだ?」

「あーこれ私のミスでもあるんだけどさ、お兄ちゃん昨日マコトたちとフレンドになってないんだよねー」

「え? ……ああ、本当だ」


 確かにフレンドリストの欄にはハルカとシャルさんの名前しかない。

 言われてみればフレンド申請を出した記憶も貰った記憶もなかった。


「うんまあそういうことだから、私が連絡係」

「お世話かけます」


 とまあそんな話をしながら、とりあえず俺たちはマコトが待っているという場所に向かって歩き出すのだった。


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