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箱庭断編

パタパタ

作者: 禮矧いう

 ガタンガタン、ガタンガタン。

 車輪は軽快なリズムで私たちを揺らす。

 昨日までの雨とは打って変わって五月晴れの今日。朝の満員電車は不親切にも冷房が効いていない。不快度は私が高校に入学してからの約二か月で最も高い。後ろのサラリーマンの背中からは汗がにじみ、私の制服を濡らす。多分、私の汗も交じっている。そう考えると非常に気持ち悪い。昨日までも梅雨時の涼しさにつられ、多くの人がこの気候に対応していない服装だ。また、湿度も高く空気はずっしり重い。ただ立っているだけで人は体力を奪われる。

 両隣、前、斜め前、その向こう……。私の近くは高校の同級生たちに占領されている。その中、彼女らはこの不快な中でも会話に花を咲かせている。

 友人たちの交友関係の話。

 昨日見たドラマの話。

 近くの乗客の顔面偏差値の話。

 おしゃれなカフェを見つけた話。

 次から次に話題が生まれてやむことを知らない。この同級生たちは、一応同じグループというやつに属しているメンバーだ。一緒に登下校したり、遊びに行ったり、トイレに行ったりして、団体行動を強制するものだ。女子はクラスにいくつか存在するそのどれかに所属しないと、ボッチとかネクラとかいう称号を与えられ、疎外の対象になる。そんな見た目だけを優先するグループで、友情など生まれるはずもなく互いに溝がある。だから、その溝を感じない為にどうでもいいことを話し続ける。たとえ周りがどんな状況であったとしても……。

 今の状況を考えると、私はまだいい方だと思う。なぜなら、興味も意味もない話でも私は会話に参加する一員だからだ。しかし、周りの人たちは恐ろしく不愉快であろう。ただでさえ鬱陶しい気候の中、満員電車で女子高生がバカ話を大声で、爆笑しながら話すのだ。怒鳴り散らしたい気持ちになる人もいるに違いない。そして、私もその対象の一人だと思うと吐き気がしてくる。

 私は基本寡黙にしているので話を振られた時だけしか口を開かない。けれど、それでも同罪であろう。

 本当にこの人たちは尊敬に価する。こんなひどく不快な日にまで騒ぐ体力。周りから冷たい目で見られても自分たちの世界に入り続ける集中力。心にもないことを言い続けられる精神力。私には無いものをたくさん持っている。とはいえ、一人になって迫害を受けるのにも耐えられない。だからグループに入って姿をくらます。私はそんな私が嫌いだ。

 もうすぐ駅だ。視線を上げ周りをみて異変に気付く。いつも会話の中心にいるうるさい子が何故か手すりにすがって端にいた。多分、体調でも悪いのだろう。この気候では仕方あるまい。しかしまだ、それに気が付いている人は他にいないようだ。放っておこう。私にはどうも出来ないことだ。そのうちに、誰かが気付くだろう。


 キィーー。

 甲高い悲鳴を上げて電車は止まった。

 駅に着いたようだ。私は降りる人の流れに身を任せて外に出る。こけない様に足元を見ながら進んでいると前の人がふと消えた。驚いて視線を向けると、先ほどだるそうに手すりにつかまっていた子が目の前に座り込んでいる。

 すぐ横にいた同じグループの子が驚きながら近寄って、「大丈夫?」とか「どうしたの?」などと話しかけている。すると他の皆も気が付き近寄ってくる。倒れた子には悪いがホームの中央に人の塊が出来て、他の利用者の邪魔になっている。私はそう思いながら自分もその塊の一部になり身を隠す。

 グループにはリーダー的な存在の子がいる。その子が倒れた子を誘導してホームのベンチまで移動させた。ここは田舎の駅なのだ。朝とはいえホームは人で埋め尽くされてはいない。端に寄ったことでそれほど迷惑にもならないだろう。

 倒れた子はだるそうにしながらベンチに寝ている。多分、熱射病だろう。横にいる子が「救急車よぶ?」とか「水飲む?」など聞いている。本人は「大丈夫だから、少し待って」というようなことをとぎれとぎれ、ぽつぽつといった。顔が赤くなって息が切れ、ハアハア言っている。すぐにでも救急車を呼んで医療機関のお世話になるべき状況であろう。まあ、私には何も提案することは出来ないのだけれど……。

 誰も救急車を呼ばない。それは本人が呼ぶなと言っているからだが、それだけというわけではない。皆、そこまで心配していないのだ。心配そうに固まっているのも、後で心ない奴だと認定され、攻撃の対象になるのが怖いからだ。本当に心配しているのならすぐに助けを呼ぶだろうし、電車の車内にいる時から不調に気付いてあげていただろう。そんなことも出来ないような薄っぺらい仲なのだ。

 今は、次の電車が来るまで三十分ほどある。田舎なので本数は多くない。だから、今、ホームには私たち以外誰もいない。それはいいことなのか、悪いことなのかわからない。しかし、他の利用者の邪魔にならないのは少しいいことだと思う。

 私は黙っている。前髪で顔を隠して少し心配そうにしながら立っている。そうしておけば後になって、難癖をつけられハブケにされることもない。けれど私は思う。こんなに周りを人で囲んで風をせき止めたら、倒れている本人は蒸されて悪化するのではないだろうかと。

 しかし、それがこの仮初の友情なのだ。たとえ、倒れている本人でも「邪魔だからどいてくれ」と言えば、多くは「私たちは善意でいてあげているのに……。」となって非難の的になる。心から心配している訳では無くて、善意や仲間意識に酔っている奴は大体そういうのだ。だから、善行の押し付けをする。まったく困ったものだ。もしそれで大事に至ったらどうするのだろう。そう思いながら何もしない私もやはり同じだ。すぐに他人に流されて影響される。自分がないのだ、私は。



 コンコン、コンコン。

 ホームに足音が響く。

 五分ほど経って、数人の利用者がホームに集まり始めていた。先ほどバスが来たようだ。まだまだ、次の電車は来ないが、連絡のないバス路線の利用者はすでにいる。数名の大人も来ている。私は誰か興味を持ち何か助けてくれるといいのにと思う。この考えは、「甘くて独りよがりな考えである」と思うが、自分で何かをするような勇気はない。

 倒れた子は、最初より辛そうにヒイヒイ言って寝転んでいる。そりゃあ日陰とはいえこれだけの人口密度なのだ、体調が好転するとも思えない。

 一向に良くならないのを見かねたリーダーは

「ねえ、みんなで扇いで風を送ってあげない?」

 と言った。

 すると皆、スクールバックやリュックサックから下敷きやクリアファイルなんかを取り出して扇ぎ始める。私もそれに続く。また私は意味のないことに流されてしまった。

 私も少し体調が悪くなりつつある。他の何人かも少しだるそうだ。それなのに風を送るためパタパタしているのだ。二次災害が起きたらどうするのだろう。私がそんなことを考えている間も皆お喋りを続けている。

 そうなのだ、こいつらは初めこそ心配そうにしていたものの、すぐに関係の無いお喋りを始めた。すごい神経だと思う。しかも殆どのメンバーが参加している。倒れた子を気遣って静かにしようと思わないのだろうか。こんなに楽しそうにしているのだ。周囲の人もまさか人が倒れているとは思わないだろう。少し可哀想に思う。「もう少ししたら駅員さんに頼んで救急車を呼んで貰おう」と私は考える。

 私は携帯電話もスマートフォンも持っていない。そのおかげであまり深い関わりを持たずにこのグループに入っている。だが、こういう時は少し困るものだ。まあ、面倒なことの方が多いし、やっぱりいらないか。

 私はとりあえずそんなことを考えながらパタパタと下敷きを動かす。



 パタパタ、パタパタ。

 扇ぎ始めてから十五分ほどたった。

 倒れてから二十分、その子はもうほとんど喋らなくなった。ただただヒイヒイ息をしている。

 一人が自動販売機で冷たいスポーツドリンクを買ってきて、その子に飲ませようとしたけれど受け取らなかった。今はそのスポーツドリンクで首元を冷やしている。誰かがもう一度救急車を呼ばなくていいのかと聞いたが、倒れた子はとぎれとぎれに「だい……じょ…うぶ…だから……」と言い頑なに拒否をした。その子からしたら悪目立ちしたくないのはわかる。しかし、これ以上は何をしてもいい印象にはならないだろうと思う。

 私たちは扇ぎ続けている。しかし、皆も疲れてきた。扇ぎ方は少しずつ小さくなって、今では何となく手元が動いているくらいだ。これでは何もしないのと同じだ。倒れた子からすれば正直邪魔だろう。

 もし、私たちが居なくなればその子も気兼ねなく他の人に助けを頼めるだろうし、それが無理だったとしても誰かが助けるだろう。私たちは邪魔なのだ。変な仲間意識に縛られて動けない。そういえばさっきから「もし」ばかりだ。

 一人が時間を気にし始めた。もう駅から出なければ始業に間に合わない。しかし、そんなふうにしたらリーダーが怒るだろう。

 やはりその子その行動を見たリーダーが怒った。言い分としては「なんで倒れた子がいるのにそんなに自分勝手な行動が出来るのか。みんなが自分を犠牲にしている。」とのことだ。その怒られた子は萎縮してリーダーに謝り小さくなってしまった。

 私はその子の言い分に賛成だ。始業に間に合わなければ、遅刻になって、生徒指導部で怒られなければいけない。それはやはり辛いものがあるし、ただボーッとしているだけで成績に傷がつくのは割が合わない。

 そろそろ次の電車が来る。人がホームに集まってきた。すると同時に、私たちはだんだん邪魔になってくる。電車を待つ訳でも無いのにホームを占領している。恥ずかしくて仕方ない。早く立ち去りたい。でもそんなことをしたらさっきの子のようになるだけだ。それは面倒なので避けたい。

 何かこの状態から逃げる方法はないかと考える。トイレに行きたいと言って逃げる。これはすぐにばれてしまう。用事があると言って学校に行く。これだと自分のことばかり考えて……、とか言われて怒られる。救急車を呼んでこの事件を終わらせる。これだと「偽善だ。」と言われてハブケにされるだろう。

 うん、やはり無理だ。諦めよう。私は空気になって何にも考えないようにする。

 私は空気。なんにも知らない。そのうち誰かが対処する。こうして私は自分を失う。



 トントン。

 突然、肩をたたかれた。

「ごめん、少し退いてくれる?」と、なんだか気の抜けるような、ぼやっとした声で上から声をかけられた。見上げると長身の女の人が立っていた。短髪で、一見男の人のようだ。それにしても大きい、身長百五十センチの私より三十センチ程高いように思う。しかもスラッとしていてとてもとてもカッコイイ人だ。でも服はジャージだ。しかし、それも着こなしているのがすごい。私はスッと退く。

「何かあったの?」

 その女性はそう私に聞いてきた。私はゴニョゴニョとなんとも言えない声を発しながら、倒れている子の方を見る。なぜなら、私は知らない人に声をかけられて、びっくりしたからだ。それに変なことを言って皆の反感を買うのが怖かったのもある。

 その女性も私の視線を追う。すると一言。

「誰か救急車呼ばなくていいの?」

 と言う。誰かが、この子が呼んで欲しくないと言ったと応えた。

「そっか、仕方ないね。」

 そう言って、自分のカバンから何かを出し、私に渡す。冷たい。保冷剤だ。それを倒れている子に渡してあげると、少し顔をもたげて小さな声で「ありがとう」と言う。私は女の人に礼を言う。その人は小さな声、私だけに聞こえる声で「ごめんね、目立たせて。」それだけ言って立ち去った。その女の人のジャージの背中には近くの公立進学校の名前と弓道部、それから三年生に当たる年度生というのが書いてあった。

 まさかの高校生だった。私たちとは違い、あんなに冷静なことが出来るのは素直にすごいと思った。多分救急車を呼ばなかったのも、私たちの和を乱さない為だろう。

 まあ、この行動は高校生らしいと言えばそうだろう。まともな大人だったら救急車を呼ぶに違いない。けれど、あの人は多分それで起きる影響を考えてくれたのだ。まあ、これは私の目線からの評価で、倒れた子からしたら梯子を外された思いだろう。



 カツカツ、カツカツ。

 少し尖った革靴の足音がホームに響く。

 駅員さんが来ていた。あと少しで電車の来る時間になる。乗客の整理に来たのだろう。始め、駅員さんは私たちのことに気が付かなかった。結構の人数が駅にいるのだ。人集りに気付かないこともあろう。しかし、何度かホームを見回る間に私たちを見つけて近づいてきた。

「どうしました?」

 そういう声がしたので、数名がどいて倒れている子を駅員さんから見えるようにした。すぐにそう動いたのはみんな暑い中ずっと立ちっぱなしで居たので、早くどうにかしてほしいという気持ちが勝ったのだろう。私も少しボーとした感じで気持ちが悪い。駅員さんはすぐにその子に近寄った。意識があることを確認し横にいたリーダーに救急車を呼ぶように言った。しかし、リーダーは先程と同じように「救急車を呼びたくないと倒れている子自身が言っている」と反論し通報しなかった。

 電車が入ってきた。駅員さんは「ちょっと待っていてください」と言い。乗客整理に向かう。電車が出ていくと駅員さんはホームを走って駅員室に戻って行った。

 多分、救急車を呼びに行ってくれたのだろう。私は駅員さんに感謝した。ここまで何も出来なくて事を伸ばしてしまった自分は恥ずかしいが、これでこの事件が終われると思った。結局、大事なことは人任せだ。

 すぐに帰ってきて「救急車は私が呼んだ。学校に連絡したところ倒れている子以外は学校に登校するように。」と言った。一人二人が「残る」と言ったけれど、駅員さんが「責任を持って救急車が来るまで保護する」と言ったのでしぶしぶ、といった感じを出し、皆その場から動き出した。

 突然私に空が降ってきた。



 ザーー。

 雨音。

 およそ十二時間ぶり雨が地面を濡らし始めた。

 私は病院最寄りの駅ビルに来ていた。お腹がすいたのだ。病院の喫茶店やコンビニを何故か利用する気になれなかったので、昼過ぎなのにまだ何も食べていない。

 私はあれから倒れてしまった。あの子のように熱射病ではなくただの貧血だったので、午後から解放されて帰らされたのだ。

 今日こそお弁当を詰めてくるべきだった。そう後悔しながら駅ビル内のファミリーレストランに入る。制服なのでお店の人に怪しまれる。私は無視をして窓際の空いている席につく。メニューを見るとうどんがあった。貧血で倒れたところなので、もう少し栄養のあるものをとも思ったけれど、体が受け付けなさそうなのでやめた。

 店員さんがお冷を持ってきてくれた。ついでにうどんとドリンクバーを頼む。それから、私はカバンから教材を取り出して勉強を始める。すぐにドリンクバーのグラスは届いた。一旦手を止めてジュースを取りに行く。すぐに戻ってまた始める。別に今日、学校を休んだからそれを取り返そうとかいう訳ではない。

 私は帰宅部で学校が終わるとすぐに家に帰る。帰宅部にしたのは、部活で私が居なくなれば自分の家は崩壊すると思ったからだ。親は基本仕事でいなくて、家事は私がしなくてはいけない。それなのに私が部活なんか始めたらどうしても時間が足りなくなる。だから、私は部活に入るのをやめにした。まあ、そんなに興味をひかれるものがうちの学校には無かったのもあるけれど……。

 しかし、そんなネガティブな行動は思わぬ副産物を生んだ。私を勉強好きにしたのだ。中学の頃は、なんだかんだ適当に授業さえ受けていればまあまあの点を取れたので、勉強をしようとかは思わなかったけれど、高校に入ってからはそうもいかず、授業だけで理解しきることは出来なくなった。

 だから、勉強するようになったのだ。すると、入学からたった二か月ほどで勉強の癖が出来てしまい、暇があると教材をひらけるようになった。

 とはいえ、学校でその癖を外に出すことはしない。なぜなら目立つからだ。さっきも言ったけれど、私は中学の時そこまで勉強に興味をひかれなかった。だから高校受験もそこまで頑張るつもりがなくて、確実に受かる底辺より少し上の普通科高校に決めた。そのせいで勉強しないことが当たり前の空間が周りにある。つまり、勉強は目立つ行為なのだ。私はそれだけのことで異端視されたくないので自重しているのだ。

 正直、学校を選び間違えたとも思う。教科書の内容が思ったより簡単なのだ。確かに予習復習なしで授業だけでは少ししんどいけれど、十分にしていけば少し簡単なのだ。しかし、私は勉強すれば出来るようになるという快感を覚えてしまったのだから学習への欲求が高まってきている。困ったものだ。もしかしたらこれは適当に流され続けた罰なのかもしれない。 

 今度、参考書でも買いに行こうか。と思いつつ私はジュースをズズーッとすすり、おそらく今日の授業範囲と予想される所をさらえ始める。



 ガンッ。

 突然後ろから何かがぶつかってきた。

 頭に何かが当たった。

「あっ、すみません。あっ。」

 どこかで聞いたことのある不安定な声がしたので後ろを振り向く。そこには片手に長い棒を持つ短髪長身のイケメンが立っていて、もう一方の手を少し上げていた。それから私に

「またあったね。あれ?学校は?」

 と、首をかしげて聞いてくる。私は

「ああ、朝はどうも、学校は休みました。あなたは?」

 と、私は答える。

 その声の人物は、今日の朝、たまたま少し話した人で、私にぶつかったのはその人の持っている長い棒、おそらくは弓だったのだろう。

「私は……まあ……、それより相席いい?」

「あっ、はい。どうぞ。」

 私はそう彼女の問いかけに答えながら、大きく広げていた教材をこちらに寄せる。彼女は、その荷物を壁に立てかけて私の正面に座る。それから近くの店員さんを呼び止めて、ドリンクバーを注文する。それから私の方を向いて

「勉強の邪魔だった?」

 と聞いてきた。勉強のことを聞かれて少し怖気づく。

「いえ、大丈夫です。そんなに真面目にやっている訳ではありませんから。」

 そうぶっきらぼうに答える。私はそれより気になることがあったので

「それよりも、どうして私と相席なんか…いえ別に嫌なわけじゃなくて、気になったものですから。」

 そう聞いてみる。すると彼女は

「……今日の顛末を聞くため?」

 と、自信なさげにボヤッと答えた。

 なんだろう、とてもあやふやだ。今日の朝はとても信頼出来るしっかりとしたイメージの人と思ったのだけれど、案外そうでもないのかもしれない。それとも、ただここに何となく座っただけなのだろうか。とりあえず質問に答えようと思って

「ええ、それがですね。結局、倒れた子は駅員さんが救急車呼んでくれて何とかなりました。私も貧血で倒れて病院送りだったんですけどね……。今日は本当にありがとうございました。」

 と今日の顛末を話と彼女は「そう。」と短く答え、届けられたドリンクバーのグラスを持ちジュースを取りに行く。

 いや、この人、自由か。せっかく説明したのに……、まあ、そんな詳しくない不親切な説明だけど。

 彼女はすぐに戻ってきた。それと同時にうどんが届いた。私は、箸を取ってうどんをすすり始める。それを見ると彼女は鞄から数学の問題集とノートを取り出し、勉強しだした。

 なんだろう、初対面に近い間柄なのにあまり緊張しない。多分あれだ。この人が私に何か、グループのメンバーのように優しさや気遣いのようなものを強要しないからだ。

 まあ、お互いほとんどしていないことだが、人としての付き合い方を言えば、初対面の人間にここまで気にかけないのはだめなのだろう。でも、なんか居心地がいいからいいや。また私は周りに流されているのかもしれない。



 トゥルンッ。

 そうやって私がうどんの最後の一本をすすると、向かいの彼女はノートから目を上げ、私を見て言った。

「あなた、変ね。」

 おい、お前が言うか。初対面の人間とファミレスの同じ机で話もせずに勉強を始めたお前が言うか。ホントこの人何なのだろう。

「どっ、どうしてですか?急に。」

「だって、私のこと嫌そうにしない。ホント変ね。驚いたわ。」

「そっ、そうですか?」

「うん。」

 それだけ言ってまたノートへ戻っていった。

 私はもう彼女を気にしないようにして、自分も勉強を始める。しかし、なんか前の人が気になって集中出来ない。そういえば私からは一度も話しかけていない様な気がする。まあ、たとえ話しかけられてもすぐに切れてしまうのだけれども……。どうだろう、一度私から話しかけてみようか。うん、そうしよう。

「そういえば、朝頂いた保冷剤なのですけど、バタバタしていたら無くしてしまったのですけど……。」

 返事が来ない。私から話しかけたら返事が来ないのか……。もうこの人、人との付き合いを放棄している節がある。一向に頭を上げないのが気になる。私は彼女のノートを見る。すると、数学の問題を解いている途中みたいで、次々に新しい数式がさらさらと紡がれていく。私の習っていない記号が書いてある。難しそうだ。

 少しすると彼女は、出した答えの下に線を引き、その下線の右端にトントンと二本の短い斜線を引く。それからすぐに問題集の後ろの略解を見て軽く頷いてノートを閉じた。そして、顔を上げて私を見て

「大丈夫、お弁当袋に一応入れてきただけだから。今日、暑かったからね。」

 突然、答えが返ってきた。まあ、勉強に集中していたのに聞いてくれていただけ良いと思おう。私も突然話しかけたしね……。

「そうですか。有難うございます。」

「そう。ねえ、何の勉強をしてるの?」

 そう言って一気に話を変える。この人、ホントに会話にならない……。まあいいや。そう思いながら私は今使っていた教材を渡す。たまたま、数学だった。

 それから少しの間、話をした。言葉のキャッチボールと言えるものではなかった。だから、何を話していたかよく分からない。けれど、いつの間にか楽しくなってきて、私はこんなことを聞いてみた。

「人に流されてばかりにならないのはどうしたらいいと思いますか?私はいつも周りを意識し過ぎてしまって……、あなたはそんなことないみたいから。」

 すると少し思案顔になって

「私は人に合わせることが出来るのはすごいと思うわ。私には無理だからね。」

 という答えが返ってきた。

「そうですかね?私、自分が分からなくて……。」

「そう?君はすごいよ。私にも合わせられるんだから自信持っていいわ。」

「なんですかそれ……。」

 自分のこと変だということ分かっているんだ。分かっていてああなんだ。

 自信か。自分が分からないのに自信か。

 あれ、今回は話が繋がっている?

「私みたいにやりたいことをやるだけなら少しの勇気があれば簡単に出来る。けど、人に合わせて何かをするのはちゃんと考えないと出来ないからね。」

 そう言うと、彼女は時計を見て

「私そろそろ部活だからいかなきゃ。」

 と、言って荷物を片し始める。

「学校休んだのに部活は行くんですね。」

 と、自分の荷物を鞄に詰めながら言うと

「インターハイ決まったから練習しないといけないの。」

 答えて席を立つ。私も何故かつられる。伝票をとろうとするともう先に取られていた。レジまでで「払うわ。」と、小さく言われたので先に店を出て自分の小銭を用意する。そんなに多くない会計だ。すぐに彼女は出てきた。私は小銭を渡しながら言った。

「有難うございました。これ、私の分です。」

「いいわ。わたし、楽しかったもの。」

「えっ、でも、お金のことだし、初対面の人におごってもらうのは……。」

「いいの。この前、弓道の大会の副賞に貰ったこの駅ビルの商品券で払ったから。」

「いや、そのそれだとなお悪いと……。」

 そうやって何とか受け取ってもらおうとするが彼女は

「いい、私新しく出来た可愛い友達にいい顔したいの。そんなことより、まだ自己紹介してないわ。」

 と、言って話を変える。これでは渡せそうにない。そして、

「私は県立秋津高校三年生穂水芹。稲穂が頭を垂れる前、水田の畔に強く咲く花よ。今日は楽しかったわ。また、会ったらお喋りしましょう。」

「私は県立別居高校一年の嵐ヶ丘エリカです。はい、楽しかったです。また会ったら話しかけてください。」

 そうして私たちは出会った。



 フワフワ、フワフワ。

 帰り道、私は浮かれていた。

 只、新しい友人が出来たことが嬉しかったのかも知れないし、褒められたことに舞い上がっていたのかもしれない。

 しかし、今日、私は芹さんと出会って変わることが出来た。私が流されて、周りに合わせていることは、自分が無いからではない。そういう風に振舞うことこそが自分の本質なのだ。それを発見することが出来た。

 芹さんとの出会いが私に私と云うものを作った。私は変わることが出来た。

 私は自分の行為に自信を持って生きよう。


 END


ありがとうございました。

誤字脱字、批評などありましたらお願い致します。どんな意見でも作者は喜びます。

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