始まりの季節は雨(3)
続きになります
放課後になり、早足で向かったのは校舎の端っこにある第二音楽室だった。
制服の内ポケットへ忍ばせてきた桜色のそれをそっと手に取り、早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「もし放課後どっか呼び出すような用件ならさっさと読まないとな…」
こんな時間になるまで中身に目を通さなかったのは、内心の期待と不安からくる一種の恐怖心のせいであった。だが、覚悟を決め、ついに丁寧に封されているそのシールをはがした。ちなみにシールはかわいくデフォルメされたうさぎで、肩耳が折れて舌を出していた。
「あっ」
いまさら気づいたが、これがもしかして万が一、億が一にも自分宛のものではなく、違う人物に宛てたものではないのかという疑問が沸いた。単に間違えてオレの机に入れてしまったということもなくはない。
「やっべーな…。開封しちまったよ…どうしよ。。」
その時封筒の隅に「秋月くんへ」と書かれた文章を見つけた。
「あざあぁーっす!」
それを目にした瞬間一気に気分は高鳴り、何の迷いも無くオレは中身を読んだ。
「………」
ちょうど中身に目を通し終えたその時、ポケットの中の携帯がメールの着信を知らせる短い震えを起こした。
オレはおもむろにポケットへ手を突っ込みそのメールを表示させた。差出人は幸科さんだ。
(初メールでっす♪お手紙読んでくれたかな?勘違いさせちゃったらごめんにぇ♪)
「……あいつめ!!」
「ひゃぇ!?」
「うぇい!?」
ちなみに、お手紙の中身はこうだった「おーぃあっくん♪明日の放課後だけど、わたしとゆみちゃんの他に陸ちゃんもくるからよろしくね♪こんなかわいいお手紙出したんだから明日は男子がエスコートしてくれるといいなぁ~♪ ps:残念~告白じゃなぃょん♪一昨日の仕返しなんだから!」と書かれていた。オレの純情を返せ!!そして、そんな手紙の中身に憤慨してるオレの他にこの部屋に人がいることに今更ながら気が付いた。てか、独り言聞かれてたのか。。地味にショックだ。
「あ、あの。」
「あぁ~ごめん。使用中なの気がつかなかった」
「あ、いえ、、今きたばかりだからあたしの方が後から来たの」
「そうなんだ。…………そのさ、もしかして独り言聞こえてた??」
「あいつめってやつ?」
「あぁ~そうそれ!聞かれてたの恥ずかしいな。。」
オレは頭を掻くような仕草をしつつ前半の部分が聞こえてなかったことでそっと胸をなでおろした。
「そんじゃ、用事終わったから帰るよ。邪魔して悪かったな」
「あ、あの!その、ちょっと待ってください!」
教室のドアに手を掛けた状態のまま振り返り呼び止めてきた彼女のほうへ視線を送る。
「っと…ん?何?」
「あの、あたしいつも放課後ここでフルートの練習してるんです。」
「へぇ~そうなのか。」
「そ、そうなんです!」
「…」
「…」
「あーっと、フルートってことは吹奏楽部に入ってるとかか??」
「いえ、あたしは部活には入ってなくて……その、趣味で吹いてるんです!!」
「あー…そうなのか」
「えぇ、そうなんです(ニコニコ)」
「…」
「…」
まずいことになったと内心焦る。オレは自慢じゃないがトーク力は並だと自負しているし、いかんせんこの子から感じるなんかめんどくさそうなオーラが半端じゃないのだ。このままここに居続けることは完全にアウトだと心の審判が親指を立てている。
「オレ、あれなんだよ、このくらいの時間ってさ、よく散歩するんだよ。」
「そうなんですか」
オレは自分のあまりの話題の振り方にどうしようもない気持ちになった。なんだ散歩するって。。おじいいちゃんか。
「あたしも散歩好きですよ。最近は天気悪いからそんなに機会が無いけど、このくらいの時間にお外歩いてると夕日がきれいだからそれだけで楽しくなっちゃいますよね♪」
「あ、あぁ。そうだよな。オレも天気がいい日に夕日見ながら歩くの好きなんだよ」
この子じゃなきゃ空白としか言いようの無い空間を作成してしまっていたのではないかと思う反面、いたよ散歩好きなJK!と驚きも一入だった。
「そんなわけでさ、オレはこれからその辺をプラプラするつもりなんだ。」
「そうなんですか。。じゃぁ呼び止めたら迷惑ですね。」
ものすごくズーンとした空気になった。この子もしかしたらスタ○ド使いか?空間が重いぜ。いや、そんなキャラいないか。なんだか呼び止められた理由を聞いていないことに気がついてしまった。
「そのさ、さっきなんて言おうとして呼び止めたんだ??」
「…あたし、ここでフルートの練習してるんです。」
「さっきオレもその事情は知りました。。」
「それでその、だれにもまだ聞いてもらったことが無いんです。」
「ははーん」とオレは内心で彼女の考えていることを悟った。これは恐らくあれだな。誰にも披露する機会がおとずれないまま技術ばかりが向上してしまって、自分ひとりで音楽を楽しむことに飽きを感じ始めたのだろう。だから、そんな時に現れたオレに自分の演奏を聴かせることで己の欲を満たしたいんだ。ここは先ほどの幸科さんの助言ではないがエスコートしてやるべきか。
「もしかして、ひとりで練習しててそこそこになったから聴いてみてほしいとか??」
「?!すごいです!その通りです!」
「当たりかい…」
オレは彼女に施されるまま用意された椅子のひとつに腰掛けた。彼女は自らが持参したフルートを弄りながらほんの少しその真っ白な肌を上気させているように感じた。どうやら用意が済んだようだ。
「それでは、僭越ながら聴いてください」
「あいよ」
ゆっくりと、ゆっくりと彼女は演奏を始めた。時間にして5分と少しだろうか、彼女は演奏をやめてさっきよりもさらに上気した顔でオレに問いかけてきた。
「どうでしたか??」
「ん~…いいんじゃない?」
「よかったですか??」
「正直、オレ他の人が吹いてるフルートを聴いたことが無いからわからないんだよ。」
「そ、それもそうですよね。」
「ん、でもまぁよかったと思うよ。」
「ありがとうございます。」
たぶん、ちゃんとした人から習いながら練習したり、他の人と一緒にやったほうがこの子には向いているんじゃないかなと思う。オレみたいな素人意見を聞けたところでそれはある程度の満足感でしかなさそうだからな。
「それにしたって、その感じなら部活入ったほうがいいんじゃないか??」
「いえ、部活に毎日出られないので。。」
「ふ~ん。」
思い出したけど、うちの高校ってそこそこ吹奏楽部優秀だったような気がするし、オレらみたいな2年からとかだと難しいのかな。なんて考えながら気づいたが、彼女はオレと同じ学年カラーのスカーフをしていた。
「そういや同い年なんだな。」
「あ!、ごめんなさい!自己紹介してませんでしたね!」
「いや、そもそもこんなに会話すると思わなかったから、自己紹介も何もないだろ。」
「そうですね。でも、こんなに会話したんですから自己紹介はしてもいいですよね??」
あんまりに丁寧な問いかけについ笑ってしまった。
「いや、そうだな。オレは2年A組の秋月修也だ。よろしくな」
「はい。あたしは2年D組の世良川三柚です。よろしくお願いします」
「同学年なんだから敬語じゃなくていいよ。」
「わかり…ました。とはいっても、意識してしゃべってないから難しいかも。」
「なら、世良川さんの普通でいいよ」
「はい」
簡単な自己紹介が終わり特に話すこともないので腰を浮かしかけたときに「あの…」と控えめな感じで声を掛けられた。
「ん?」
「その、メアド交換しませんか??」
これはあれか、メアド交換が流行っているのか?今朝といい、昨日といい、オレの携帯が潤いを増していく。
「いいけど、みんなが持ってるやつより型古いんだけど大丈夫??」
「えぇ、大丈夫です。」
そういいながら彼女の差し出してきた携帯は、オレと同じでガラケーだった。
「おぉ、希少な仲間だな」
「えへへ、あたしも他の人たちと同じにしたいけど、タイミングが無くて」
「壊れてからでいいんじゃねぇか?とか、そんなタイミングだとおかしいか」
「そうですよ。壊れてからじゃ遅すぎです。」
はにかみながら話す彼女に合わせてオレも携帯を準備する。やっぱり赤外線はわかりやすいな!
「ところで、世良川さんはクラウドって知ってるか??」
「えぇ、携帯なんかの情報を共有できるようにするスペースのことだと思うんですけど」
「……」
オレはこのあとクラウドのことについて世良川さんから教えてもらいつつ、世の中の便利さに舌を巻くのだった。
「それじゃ、今度こそさよならかな」
「そうですね。。……あの…秋月君」
「ん?」
「散歩一緒していいですか??」
「は?」
どうやら今日の放課後はまだ続くようだ。
~続く~