始まりの季節は雨
前書きで何を書いていいのかさえわからない作者の小説です。
雨脚のやまない6月の天気に嫌気が差していたとある日
‘つい’なんて表現がぴったりくるような出来事があった
いや、正確には現在進行形でその事象は起こっている
現在、オレの目の前にいる彼女の首元には、同い年とわかる2年生の学年カラーのスカーフがあり
そこから上へと視線を上げれば、学年で上の下くらいのまあまあ可愛い部類の顔がある。
身長は160に満たないくらいで体型はやせていて、でもそれなりの女性らしいふくらみはあるように見える。
およそCくらいじゃなかろうか、そうオレは思っている。
だが、そんな『まあまあな彼女』は先ほどから、
やや困ったようで不機嫌とも感じられるような表情をしている。
理由は考えるまでもなくわかっている。
オレが彼女のおよそCくらいのそれを服越しに掴んでいるからだ。
だけど、そんな状況にもかかわらず
彼女は何もしゃべらないし、オレも何も言わない。
数分前まで喧騒に満ちていた自分のクラスを眺めつつ、
何でこんなことになったんだっけとゆっくり思考を廻らせるのであった。
そう、ゆーっくりと思考を廻らせるのであった。
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「秋月くん、今週の金曜日って放課後なんか予定ある?」
普段あまり会話することのないクラスメートの幸科さん
から声を掛けられたのは、帰り支度を始めていた火曜日の放課後だった。
「金曜はいまんとこ空いてるよ」
「ほんと?ならさ、カラオケ行かない??」
「いや、カラオケかー。。ちょいパスしたいかも…」
「えぇ~。そんなこと言わないでいこうよ~
あんまり歌に自信ないとかだったら歌わなくてもいいからさ♪」
「絶対歌わされるだろそれ…」
幸科さんからこういった遊びに誘われるのはクラスではよくある光景で、
男子が誘われるのも特に珍しいことじゃない。
ただ、同じクラスになりそこそこ時間が経った今になって誘われたことに、
少しばかり理由が気になったオレはそのことについて尋ねてみた。
「ん~。なんかそんな気分だったからかな?」
「なんで疑問系なんだよ。。」
「いや、ほんとに特に理由とかはないんだけど~それだと来たくない??」
椅子に腰掛けたオレよりも目線は上にあるのに、
なぜか上目遣いで見られているような気分になりながらオレはカラオケくらいならいいかと思い始めていた。
だがそんな気分のときに彼女から発せられたある人物のせいでオレは放課後の約束を断念することになるのだった。
「ゆみっちも来るかr」
「あっ!オレ金曜はダメだったの忘れてたわ。悪いけど他のやつあたって!」
「え?…ちょっ!秋月君!!…!」
急いで肩にひっかけたリュックの予想よりやや重い中身に眉を寄せつつ、
なにか話しかけていた幸科さんの言葉には耳を貸さずに学校を出た。
帰りがけの電車の中で、なんとなく見た携帯の画面には
「幸科さん落ち込んでたぞ!俺らの癒やしパイちゃんを泣かしたら許さん!!」
と、申し訳なさと‘癒やしパイ’ってなんだよというやや謎なメールが来ていた。
ちなみに送り主は入学からある程度親しくしてるA君からだ。
おれは「あとでそれとなく謝るから許せ」と返信し、
少し気だるい気分を吐き出すように小さくため息を吐くのであった。
翌日「昨日は突然帰っちゃうから驚いたよ!ちゃんとおはなし終わってから帰るように!」
となんちゃって先生みたいな幸科さんに怒られ「すぃませんした。」と謝る俺がいるのだが、
金曜日の予定については完全にお断りさせていただくのであった。
昼休みになりA君と和泉と共に学食へ向かう途中A君から
「お前昨日みたいなの癒やしパイちゃんファンが見たら刺されても文句言えんぞ」
と、若干アホッぽい言葉が飛んできた。
「確かに、アキは気づいてないかもしれないけど昨日はちょっと態度がよくなかったかもね」
「いずみにそう言われるってことは結構ひどかったってことだよな。。あとで購買でなんかデザート買ってくか…」
「オレの注意はまともに聞かんのに、なぜ和泉のは聞くんだ!!!」
「あーあーうっさいし、昨日は謝るって返信もしただろうに」
「その後に送ったメール返ってこなかったじぇねぇか!!」
「‘ボインっ子天国借りたんだけどお前も使う??’とか脈絡がなさ過ぎてお前だと気づかなかったよ」
「差出人でわかんだろ!!おれの友情をシカトしやがって!!」
「まあまあまあ、蒼井も落ち着いて。かなりの勢いで女子が引いてるから、ここ廊下だよ??」
「うっっ。とにかく、おれのことも丁重に扱うように!」
「はいはいA君」
「!?お前まだアドレス帳直してねぇのかよ!!!!」
「アキ…」
「…悪かったよあとでちゃんと直しておきます。」
とか、そんなやりとりがあり
ついでに訂正しておくとA君は蒼井俊也でもう一人のいずみは和泉夕
和泉も蒼井と同じで入学のときから親しくしてる。
「ところで昨日とか今日とか頻繁に聞くその‘癒やしパイ’ってなんだよ」
「ほんっとお前は情報に疎いよなー。まだ一人だけガラケーだし」
「興味なくなったからいいわ」
「うそうそうそ!教えてやるからすねんなって!」
「どうせ癒やし系で巨乳だからとかそんな理由でついたあだ名だろ?」
「……」
「当たりかい…」
幸科さんのことをそう名づけたやつにはわりとどうでもいいが同意するのもやぶさかじゃない。
幸科さんは身長165(蒼井いわく)と女子ではちょっとだけ大きいほうで体型は普通、太ってもやせてもない。
ただ、平均的な女子の胸囲よりは傍目から見ても大きいのはわかる。
だいたいFらしい(蒼井いわく)。
そんな幸科さんは顔立ちも悪くなく、可愛い系というよりは美人さんな感じで優しそうな雰囲気の目元から
およそそんなあだ名がぴったりな女子だ。ちなみに彼氏はいるのかいないのかよくわからない(オレいわく)。
「あんまりおっぱいおっぱい言ってると童貞のまま死ぬぞ蒼井」
「同じ童貞のくせに偉そうにすんなあき!」
「すいぁせん」
「二人とも漫才やってないで食券買ってきなよ。アキは帰りにゆきちゃんにお土産忘れないようにね」
「「はーい。」」
いずみに促されそれぞれの食券を購入し、またそれぞれの列に並んでいく。
ちなみにオレがたぬきうどん(かき揚げがのったうどん)で蒼井が得日替わりランチ(とんかつ定食大盛)だ。
いずみは弁当持参だから先に席を取りに行ってもらってる。
「いずみは~いずみは~っと…いねぇ…っとあそこか」
「おいあきスタスタ行くなよ」
「BLじゃあるまいしなぜべたべたせにゃならん」
「そこまでしろとはいってねぇよ!みそ汁こぼれそうなんだよ…」
「いや、おれうどんだよ…」
無事互いの汁物をこぼすことなくいずみの元へとたどり着く。
「おかえり~」
「席サンキューな」
「いいよ僕お弁当だし」
「また小さい弁当箱だな。和泉は背がある割にはあんま食わねぇよな」
「蒼井みたいに食べれたらバイキングとか行くの楽しそうだからうらやましいよ」
「こいつは食ってもうるさいから燃費がいいんだよ」
「いま軽くばかにしたろあき!」
「蒼井…」
いずみの切なそうなため息を最後に各々の食事が進んでいく中、
ふといずみから質問が来た。
「そういえば、昨日のカラオケのお誘いなんで断ったの??」
「そうだよ!行かねぇんならオレをプッシュしといてくれりゃよかったのに!」
「あぁ~」
蒼井の自己中な発言を聞き流しつつ、どう答えるか迷っていると
「高梨さんくるから??」
いずみから確信を衝かれてしまった。
「ん~。まぁそうだな。由美いるからやめた」
「はぁ?!高梨さんいるからいかねぇとかふざけてんのか!!」
「ふざけちゃいねぇよ」
「ふざけてんだろ!あんな可愛い子が嫌とかゲイかよ!」
「さっきの会話ここに持ってくんな!別に容姿の話じゃねぇよ」
「??何の話しかわかんないけど、昨日ゆきちゃんがアキに高梨さんの名前出したら態度変わったって言ってたから」
「いずみんとこには女子からの話しは筒抜けだな。。まぁその通りだけどさ」
「…で?なんで高梨さんいると嫌なんだよ?」
「嫌とかそういうはっきりしたもんじゃなくて気まずいんだよ」
「アキは高梨さんと知り合いなんだっけ?」
「んー。近所に住んでて親が知り合いなんだよ」
「はぁ?!おまえ高梨さんと家族ぐるみで付き合ってんのかよ!!」
「でけぇ声でちげぇこと言うな!!勘違いされんだろ!!バカ蒼井!!!」
「バカって言うな!!この男の敵め!!」
「二人とも声大きいよ…」
「「……すいぁせん」」
「それで、ただご近所さんだからってだけじゃないんでしょ??あんまり聞かれるのが嫌なら聞かないけど」
「まぁ、それだけじゃないわな。でも、あんまし言いふらしたい内容でもないんよ」
「オレなら高梨さんと癒やしパイちゃんとカラオケとか金払ってでも行きたいけどな!」
「じゃぁ、今度その機会があれば教えてやるよ」
「絶対だぞあき!」
「…」
微妙な空気のままお昼休みが終わり、
そのまま午後の眠たい授業をこなしつつ放課後になった。
「秋月くん今日はこれから予定ある??」
「幸科さん…」
昨日あんなことがあり、普段から仲がよいわけでもない彼女からの2度目のお誘いにはさすがに驚きを隠せなかった。
ちなみに、昼休みにプリン買ってったら軽くハグされそうになった(赤面)
「いや、急ぎの用はないけど用件によっては断るかも」
「ゆみちゃんはいないよ」
「……」
確実に避けたがっているこちらの意図を察してくれている彼女に
じゃぁなんで呼び止めたのかとたずねると
「ゆみちゃんはいないけど、言伝は頼まれてるの。お話し最後まで聞いてから帰ってくれる?」
今朝のやりとりから同じ過ちを犯させないと強く主張してきている彼女の言葉にオレは頷くしかなかった。
「いい?えーっと、‘あっくん’へ」
「ぶふっ!!」
「ちょっと!なんでいきなり吹くのよ!」
「いやっ…ごめん」
いきなりのあっくん呼びについ吹きだしてしまったにもかかわらず、彼女は続きを話してくれた。
「あっくんへ、先週からお母さんたちがあっくんの家に行ってもだれもいないみたいだと心配してます。お母さんは直接あっくんに連絡できないから私にあっくんに何があったのか聞いてくるようにと言っています。私も心配だからどうしてなのか教えてほしいです。アドレスが変わっててメールが送れなかったのでゆきちゃんにお手紙をお願いしました。返事待ってます。」
「……手紙ですよね?」
「一昨日わたしがゆみちゃんから相談受けて、それでカラオケで二人を会わせようとしたのにそれが失敗したって昨日伝えたの。そしたら休み時間にあの子が手紙を渡してほしいって言ってきたの」
「読んでくれって頼まれた??」
「あの子泣いてたの」
「……」
あまりのことに言葉が出なかった。
「ちゃんとお話ししてあげて。おせっかいなのはわかってるけどすごく悩んでたから」
「わかった。昨日は適当に話し聞いたりして悪かった」
「わかってくれればいいの。それにちゃんと今度はカラオケ来てもらうし♪」
「そこは譲らないのね…」
「あったりまえです♪じゃぁ、ゆみちゃんによろしく~」
「あいよ」
昨日の今日でずいぶんな状況になってしまったと思う。
放課後の教室から帰る足取りはリュックの重さなんか関係なく重かった。
1週間帰っていなかった実家の前にオレはいる。
ちなみに、玄関の前で突っ立っているのは鍵がないとかそんな理由じゃない。
ちんまい子がいるからだ。
「あっくん」
「由美…」
目の前にいるのは武蔵棒弁慶…ではなく
近頃、疎遠気味だった幼なじみの高梨由美だ。
「あっぐん…うぅぅ…ぐすっ」
「泣くなよ…」
由美とは高校に入学して以来会話していない。
両親同士は親しいからよく集まっては遊んでいるようだが、その集まりにオレと由美が参加していたのは中学も真ん中を過ぎた辺りまでだった。そのころの由美は胸も平らで異性として意識するようなことはなく、顔つきこそ整っていてかわいらしい感じだったのだが151の身長からくるそのちんまり具合からやはり妹みたいな存在から抜けることはなかった。ちなみに、現在の身長はちょっと伸びた…かな?って程度だが、体型については女性として意識する分には十分なほどそこは膨らんでいる。決して太ってなどおらず魅力的なパイちゃんだ(A君いわく?)
「どうしてメアド違うの??」
「最初に聞くことがそれ!?」
思わぬ発言に先ほどの回想も忘れてついツッコミを入れるが、そのことも含めて謝らなければならないか。
「メアドは高校入ってからちょっと経って変えたんだよ。迷惑メールくるのが嫌だったから」
「あたしのメール??」
「違うよ。お前のメールきたら差出人で名前出るからわかるだろ。(A君いわく)それに由美からそんなにメールきてないだろうが」
「そっか。じゃぁなんで変わったメアド教えてくれなかったの??」
「それは…」
「うぅぅ…」
「あーあー!泣くな!あれだよ!あれ!」
「???」
「…アドレス帳なくなっちゃったんだよ。。」
「???…え?」
「だから、機種変したらどっかいってわかんなくなったから送り先わかんなくなっちまったんだよ!」
「機種変って…だって迷惑メールくるからアドレス変えたんでしょ??タイミングおかしくない??」
「…」
「あっくんアドレス変えてすぐ教えてくれなかったの??」
「…」
「それで、送り忘れて機種変したらアドレス帳消えちゃったの??」
「…(こくっ)」
「クラウドとか使わなかったの??」
「??え?何それ?」
「もういいよ…」
なんだか盛大にあきれた感じの由美はホント情報に疎いとかガラケーにクラウドとかないか?とかぶつぶついってる。
ちなみにクラウドって何だ。雲か?
「それで、メアドの件はもういいんだけど、お母さんたちが心配してる方については教えてくれないの??」
「あー。由佳さんも連絡できなかったのか」
「…もしかしてあっくんも連絡できないの??」
「あぁ。ちなみに今は父さんの実家で暮らしてるからこっちにはあんまり帰ってないぞ」
「いつから??」
「先月から」
「先月って2週間くらい経つの??」
「親父たちの置手紙があったのが5/29(土)だったかな?今日が6/16(水)だから、そんくらいかな」
「…ねぇあっくん。」
「言いたいことはわかるけど、こっちから由美の家に連絡しようとはオレは考えてなかった。そういうもんは置手紙があった時点でそっちにしてるもんだと思ってたからな。」
「それもそっか。。じゃぁちょっとそれだけお母さんに連絡するからそこ動かないでね!!」
「いや、とりあえず家入ろうよ」
「え!?おうちにお邪魔してもいいの??」
「いいよ別に、こんなとこでずっと話してると近所で目立つだろ」
「そうだね。じゃぁ、お邪魔します。」
「はい。どうぞ。」
なんだかいまいち締まらない空気の中、由美を伴って家へと向かうオレへ「そういえば、鍵あるの?」と聞く由美に「無きゃ入れないでしょ」と返すオレだった。
「うん。だからあっくんわかんないみたい。うん。あっくんご飯ちゃんと食べてるの??「食ってるよ」食べてるって。うん。そうだね、じゃぁそうするよ!はい、じゃぁまたあとでね~」
「由佳さんなんだって??」
「あいつら許さねぇだって…」
「物騒だな。。」
「それにしても、置手紙に‘新婚旅行行き忘れてたから満足したら帰ってきますおじいちゃんに死苦夜露!!’とかどうなんだろうね。」
「いや、じいちゃんにあったら胸倉掴まれて健一はどこだって睨まれたことからしてもどうかしてるとしか思えないな。ちなみに、オレの部屋の必要そうな荷物がすべてじいちゃん家に送られてたからな。着払いで。」
「鬼だね」
「鬼だな」
「ところで由美さんや、事情聴取も終わって後は帰るだけだと思うんだがさっきからなにしてんだい?」
「何って、あっくんの家の台所事情も聴取してるんだよ」
「いや、聞こえないでしょ何も。もしかして飯作ってこうとかそういうのか?」
「…鈍感系って知ってる?」
「知らんし、ならんよ」
「知ってるじゃない。お母さんに手料理作ってあげなさいって言われたの」
「由佳さんと由美には悪いけどばあちゃんが飯作ってるから大丈夫だよ」
「お母さんがあっくんのおじいちゃん家に連絡しとくって言ってたよ」
「手際の良さ!」
それから、おれは久しぶりに幼馴染みと夕飯の買い物へ出かけ、結局お惣菜の不思議な魔力に二人とも抗うことができずに、おれはハンバーグ煮込みシチュー、由美は夏野菜のカレーを買って帰ることとなった。
「たまにお弁当食べたくなるときあるよな」
「すごくわかるよあっくん!」
これは惣菜コーナーへ足を踏み入れた俺たちの会話の一部である。
~続く~