おやすみ勇者
目を覚まして、自分が泣いていたことに気がついて。
勇者は、悲しい気分。
(夢をみたのかな)
胸に残る切なさ。悲しくて、やるせない中に残る、満足感。
(へんな感じ)
「おはよう、綿毛布・豚丸」
そんな勇者にモーニングコール。可愛いミニマム系女子のピ=ロウさんです。
「さあ行きましょう。旅はまだまだ、続きます」
「うん」
朝ごはんはシンプルに。
パンと、ハムエッグと、有機野菜のサラダに、カットされたジューシーなオレンジ。
「おいしい」
旅にふさわしいファッションに着替えよう。
今日は、燕尾服。首元には真っ赤なタイを結んで。
「これも忘れずに」
パパからもらったモーニング・スター。
パパの大好きなモーニング・スター。
大事な礼服に穴が開かないように、トゲトゲには布をいっぱい巻いて。
まばゆい太陽の輝く空に、星の姿はない。
(でも、空に星はずっとあり続けるのだ)
明るいから。ただ、見えないだけ。
(もしかして、太陽のこと、キライ?)
「いいえ。昼間見えないからこそ、夜空の星は美しいのです」
リトナの町を出て、レンガの道を辿る。
勇者と妖精の、のんきで愉快な二人旅。
歩きながら、妖精はふわふわと飛びながら、仲良くしりとりなんかしたりして。
「ニワトリ」
「リップ」
「プリン……ア・ラ・モード」
「ドリップ」
「プリンセス!」
「スープ」
「プ? またプ? プー、プ、プラスチック」
「クノールカップスープ」
「プ? え? またプ? プ、プー、プラトニック」
「クラップ」
「はあ? うーんと、プレゼント」
「トップ」
「もー! プ、プ……、プール!」
「ループ」
妖精の「プ」責めに、勇者はうんざり。
しりとりはやめて、次は山手線ゲーム。再び、こてんぱん。
「妖精さん物知りだね」
「妖精ですから」
(そうなんだ)
妖精は、なんでも知っている。
この世のすべて。秘密も、夢の世界についても。
(だったら教えてもらおう)
「ねえ」
「勇者、新しい街ですよ」
小さな指がさす、なだらかな丘の向こうに見えてきた街。
建物がぎっしり詰まって、高い壁に囲まれ守られている。
「あれは、コウムの街です」
「あそこにはなにがあるの?」
「勇者の大事な人が待っています」
(誰だろう)
勇者はドキドキ。
大事な人。大切な誰か。その正体は?
ふっと心に浮かぶ影。
(会いたい、人)
あえて、こんな独り言。
「誰かなあ?」
ピ=ロウは黙ったまま、ふわふわと勇者の横を泳ぐように飛んでいる。
わかっている、その誰か。
だけど、知らないその誰か。
優しいかな?
ちょっと、怖いかな?
暖かいかな?
それとも……。
勇者の足が止まる。
レンガはでこぼこと、しかし計算し尽された長い長い長方形に形を整えて足元に広がっている。
足の下から伝わる、レンガ職人のいい仕事。
(こわい)
(会うのがこわい)
「綿毛布・豚丸」
なぜか涙を滲ませる勇者に、妖精は優しく語り掛ける。
ふんわりと周囲を飛びながら。
光の粒を撒き散らして、綿毛布を祝福しながら。
「大丈夫です。ここは、正反対の場所なのだから」
下を向いた勇者の見ているものは、レンガと草と、ピ=ロウの撒き散らすキラキラ粒子。
レンガの赤茶色の中に浮かぶ、薄暗いどこかの玄関。
古めかしい引き戸の向こうに散らばる、汚れた靴。
現れた人。
迎え入れられた僕。
出てきた麦茶。
弾まない会話。
知らない兄弟。
拒絶。
(ああ)
「綿毛布・豚丸、いけません。顔をあげて」
ピ=ロウの強烈な右アッパー。
小さな小さな拳のはずが、パねえ威力で勇者の顎を打ち抜いて。
「ここは思い出す場所ではありません。ここは、取り戻す所なのです」
(取り戻す?)
「さあ行きましょう。あなたはこの旅で、大切なものを全部、手に入れるのです」
きょとんとしつつも、足はなぜか勝手に前へと進む。
勇者の履いている、ピカピカの革靴がレンガの上でタップ。
歩くたびに燕尾服の後ろのピラピラが踊る、愉快な旅の道。
(なにを?)
ダメと言われてもまだ続く、自問と自答。
(すべてを)
十四歳の誕生日。
旅立つ、記念の日。
お父さんに見送られて、王様に挨拶をして、レンガの道を辿って。
(そうだ。この旅は……)
十四歳じゃないけど。
記念の日ではないけれど。
いや、ある意味記念の日かもしれないけれど。
(正反対)
正反対の、世界を往く。
(それなら安心)
近づいてくる立派で、近代的な、都会の街。
そこで待つ人。
「綿毛布!」
歓迎の声とともに開いた扉。
幸せな黄色に塗られた暖かい木のドアの先で待っていたのは?
「お母さん!」
愛しい息子を、両手を広げて迎え入れる母。
そこに飛び込む、綿毛布・豚丸。
「会いたかった、会いたかった」
「会いたかった!」
「YES!」
母子の抱擁で、ぎゅんぎゅん上がる経験値。
綿毛布の次の色々全部を飛び越えて、レベルはMAXの99。
「カンストして、『マイヤー毛布・豚丸』になりました!」
それは最高級の暖かさ。上質な眠りをお約束します。
妖精はクラッカーを出して、勇者を祝福。
パン、パンと鳴り響く炸裂音と、飛び出すカラフルな紙テープ。
金と銀の小さな四角が部屋中を輝かせ、勇者はいい旅夢気分。
「お母さん、一緒に家に帰ろう」
「ええ、家族で仲良く暮らしましょう」
キレイで優しくてスタイル抜群で髪型もオシャレで、メイクも今風のイケてる母ちゃんはすっくと立ち上がり、つけていたエプロンを台所へ投げ捨てた。
「ドレスアップしなくっちゃ!」
「おまかせ下さい」
ここは頼もしい妖精の出番。
小さな手がくるりと円を描く。するとまばゆい光がお母さんを包み、背中が大胆に開いた、セクシーでありながら決していやらしくはないオシャレでリッチなドレス姿に。
首元にはパールのネックレス。大粒でゴージャス、リッチでゴージャス。その長さはなんと、腰まで!
「さあ、行きましょう!」
ドレスに合わせた、真っ赤なピンヒールで。
勇者はオシャレな燕尾服でエスコート。
(お母さんだ)
ヒールのおかげで上げ底されている、背の高いお母さんの顔。
見上げるマイヤー毛布に、微笑みかけるその優しい表情。
(お母さんだ)
胸にこみあげる、熱い感情。
短かった人生の中で、ずっとずっと求めていた人。
(あれれ)
熱い胸の中に落ちる、氷の塊。そんな、冷たい気持ち。
(お母さんは)
隣にいる、はじける笑顔のキレイなお母さん。
(正反対)
僕を見ようとしなかった、疲れ切った冷たい横顔。
(ここは、全部が)
勇者は気付く。
この場所の意味。
豚丸と呼ばれていた、僕の人生。
それが終わってからやって来た、この不思議な場所。
「マイヤー毛布、いけません。思い出してはいけません」
目の前をくるくると飛ぶ、可愛い妖精。
よく見てみればそれは、ただ一人のともだちだった、優しいあの子の顔をしていて。
「これは、すべてを得る旅ですよ」
小さな困った顔に、勇者は頷く。
「うん」
(わかった)
母と進む、目抜き通り。
街の出口へ向かうレンガの道を、二人で。
待っていたのは大きな大きな扉。
手で押すとそれはすうっと開いて、いらっしゃいと、金色の草原が迎え入れてくれる。
「来た来た!」
「マイヤー毛布! 野球やろうぜー!」
王様の野球チームが手を振って勇者を誘う。
思わず、母を見上げる豚丸。
「いってらっしゃい」
駆け出せば、妖精の粋な計らいでもうユニフォーム姿。
「マイヤー毛布、お弁当作ってきたわよ~!」
今日も緑色の優しい優しいお父さんは、観覧席でキャッキャと大騒ぎ。
ピカピカのグローブを手にして、笑顔でボールを投げる勇者・マイヤー毛布・豚丸。
「豚丸、ナイスピッチ!」
「豚じゃないよ、豚に似てるけど、タクって字なんだから!」
「わあ、ごめんごめん」
投げれば三振、打てばホームラン。
勇者大活躍。
試合は圧勝。
家に帰れば、あったかいシチュー。
お父さん、お母さんと一緒に。
ご飯が終われば熱いお風呂で汗を流して。
ベッドに入ればすぐに、寝息がスヤスヤ。
憧れの川の字で、おやすみ、勇者。