スクールボーイ勇者
国民的超有名名作ロープレを無事にクリアして、勇者は再び旅立ちを決意。
ずっとゴロゴロしていたせいで、髪はボサボサ、服は皺だらけ。
(みすぼらしい僕)
寝巻き代わりのスウェットは、毛玉だらけになっちゃった。
「ブランケット・豚丸。新しい服を用意しましょう」
「いいの?」
「勇者ですもの」
(やったあ)
小さな手がくるりと円を描けば、いつものまばゆい光が勇者を包んで、あっという間にファッショナブルでかつ、動きやすいスポーティな服に様変わり。
「有名なスポーツブランドのジャージ!」
「似合っていますよ」
左胸に刺繍された憧れのロゴに、勇者もご満悦。
レンガの道を進む足取りも軽い軽い。
(あっ)
緑萌ゆる草原を一人と一妖精が往く。
光り輝く世界でのんびり気楽かつ安全を保障された二人旅。
(街だあ)
高いレンガの塀に囲まれ、守られているの街の名は「リトナ」。
「勇者ブランケット、寄っていきましょう」
「もちろん!」
知らない街をぶらりとウォーキング。
(これこそ、旅の醍醐味ってやつ)
初めて見る露店に並ぶ、初めて見る果物。
「どうだい坊や、試しに一口!」
店頭のオヤジが一切れ、爪楊枝に指して勇者に献上。
「いいの?」
「モチのロンでさ。お味見だけでも大歓迎!」
「いただきまーす」
とろり、と口の中で溶けていく甘い果実。
(おいし~い)
うっとりと頬を押さえる勇者に、隣の店からオバちゃんが叫ぶ。
「坊や、こっちも食べてみな!」
「いただきまーす」
口中に広がるうまみが、大洪水や!
「坊や! こっちもこっちも!」
一口食べ終わればその隣から。お味見の誘いは途切れない。
「はあ、美味しかった」
グルメロードは満腹になったところで終了。
ピ=ロウに差し出されたおしぼりで、口の端についたソースを拭く品のあるブランケット。
そして、レベルアップ。ファンファーレとともに、ブランケットはレベル9。
「まだ名前は『ブランケット』のままです」
「うん」
5上がるたびに名前が変わるんじゃないかな、なんて予想をしている賢い勇者。
グルメロードの先には、素敵な学校が建っていて。
周りには登校中の子供たち。
「あ、豚丸君! 早くしないと遅刻しちゃうよ!」
(大変だ!)
笑顔のヒデ君に手を引かれ、勇者も走る。
玄関で靴を変え、先生の目を気にしながら廊下を駆け抜けると、チャイムが鳴り響く中ようやく教室へ到着。
「危なかったねえ」
「うん」
カバンから教科書を出して机の中にしまって、先生の到着をみんなで話しながら待つ、騒がしいさわやかな2年3組。
「昨日のアレ、観た?」
「観た!」
人気のテレビは俺たちのマストアイテム。みんなで推し芸人を誰だ、いやこっちだと話し合う。
テンションがグワっと上がったその瞬間、教室のドアは容赦なく開いた。
「皆、席についてー」
先生が来たら雑談はおしまい。だってここからは授業、お勉強の時間なんだからね。
出席の時はもちろん、いい声で返事をしよう。
「ブランケット・豚丸!」
「はい!」
もちろん勇者もいい返事。
これでレベルが上がって、とうとう大台に突入だぜ。
ブランケット、レベル10。
「レベルが上がって、『綿毛布・豚丸』になりましたよ」
机の下から微笑むのは、頼もしい相棒ピ=ロウさん。
「やったあ」
喜ぶ勇者に、惜しみない拍手が送られる。
「やったね、綿毛布!」
「綿毛布!」
暖かい祝福に包まれれば、勇者は更にレベルアップ。なんと、もう11に。
「さあ、一時間目は国語だ」
先生の宣言で教室は静まり、みんな教科書を取り出してお勉強モード。
ユキちゃんの教科書を読み上げる声が響く中、あれあれ、勇者は少しぼんやりしているみたい。
(綿毛布になっちゃった)
ブランケットから、綿毛布へ。
(日本人らしい名前になったけど)
「おい、綿毛布、なにをボーッとしてるんだ?」
いつの間にか勇者のすぐ前に来ていた先生が、笑顔で髪をクシャっとしてくる。
「てへ」
照れる綿毛布に、クラスメイトたちも笑う。
朗らかな教室。白い歯の眩しい、青いジャージ姿の先生。
(あれ?)
また、チクリと胸が痛む。刺すような、ドキッとした感覚。
(僕は知らない)
優しい優しい、教室の中の小さな事件。
ゆっくりと響く、みんなの笑い声。それが少し、遠くに感じられてきて。
(あれはどこなんだろう)
脳裏に浮かぶ、白い世界。
頭から離れない、夢の中の場所。
(僕はなにもかも知らない)
楽しい試食ロードも、愉快な学校の仲間達も。
どこまでも上がっていく凧も。
美しい草原も。
緑色のお父さんも。
(あそこだけ、はっきりと知っている)
白い白い世界。
暖かく自分を包んでいく静けさ。
降ってくる、灰色の影。
遠くに響く、大きな音。
(あれは?)
それさえ思い出せれば、全部がわかるような気がして。
けれど思い出してしまうと、いけないような気がして。
「よし、続きは綿毛布に読んでもらおう!」
はっとして、顔をあげる勇者。
あっ、国語の教科書が逆さま! これじゃどこから読むのかわからない。
「ここからだぞ」
先生の大きな手が逆さまの教科書をひっくり返して、ユキちゃんが読み終わった箇所を指差してくれる。
照れくさい気持ちになって立ち上がり、続きを読む綿毛布。
スラスラと、朗々と。
小鳥が鳴くような美しい声に、みんなはうっとり。
「綿毛布、素敵!」
「綿毛布さん愛しています!」
一気にクラス中の人気者。勇者を慕う者に、男も女も関係ない。
放課後、勇者はいい気分で通学路を下校中。
クラスのみんなに囲まれて、おしくらまんじゅうしながら歩く。
それも、住宅街に着いたら少しずつ解散。
「綿毛布、また明日!」
最後の一人、ジロー君に手を振ったら、勇者はぽつん。
(あれ)
日の暮れかけた町並み。ゆったりとした下り坂の途中、見えるのは、夜ご飯の匂いを漂わせる家、家、家、家。
(僕はどこに帰るんだろう?)
「綿毛布・豚丸」
ここは頼もしい妖精の出番。ピ=ロウさんの登場でご安心下さい。
「こちらです。今日はせっかくですから、宿屋に泊まりましょう」
「宿屋!」
それはファンタジーでロープレ的な、魅力あふれる単語。
(はじめてのやどや)
「INN」と書かれた看板を下げたそこで、勇者は主人と向かい合う。
「はい、勇者さんお一人ご案内!」
「あの、未成年が一人で泊まっても大丈夫ですか?」
宿屋の主人は大きな体を揺すってワッハッハ。
「勇者さんは宿屋に泊まるものでしょう」
(ほっ)
部屋についてすぐに、ルームサービスが運ばれてくる。
暖かいスープと焼きたてほかほかのパン。
「メインはお魚とお肉、どちらにします?」
「うーん。どっちもいいなあ」
「じゃあ両方で!」
なんとも気前のいい主人。
クローゼットの中には、寝巻き代わりの浴衣が二組。
清潔なタオルとか、歯ブラシとかコップとか。
急須にティーバッグ、お茶請けもあるよ。
(ホテルもいいね)
大きなベッドに勇者はゴロン。
体がほどよく、フカフカに沈みこむ。
「はい、メインディッシュお待ち!」
じゅうじゅうと鉄板で焼かれるジューシーな一枚肉。もちろんビーフ。
鮮やかなオレンジ色のソースのかけられた、白身魚のソテー。
「いただきます!」
「めしあがれ!」
食べ終われば、当然の如くデザートが運ばれてきて、勇者はご機嫌。
「しあわせー」
お風呂に入って、妖精に一つご注文。
「iPadが欲しいなあ」
「どうぞどうぞ」
大きな画面で、昨日の夜よりド迫力。
例の有名なゲームアプリは当然のごとくダウンロード済み。
無邪気に遊んで、眠くなったら寝て。
電源を落とさないまま、部屋が明るいまま。
綿毛布、節電、節電!