08 一言主
作中暴力表現があります
マナと二人両手を繋ぐ鎖を掴まれ、引き寄せられて男がジャンプと唱えた次の瞬間周囲の景色が変わった。
山の中に少しだけ開けた土地、炭焼きの場所なのか板作りの建物とドーム状の土屋根と煙突を持つ窯らしきもの。いまは使われていないのか焼き窯のそばの薪置き場らしい吹きさらしの建物には背の低い草がいくつか侵食して生えている。
建物から少し離れた場所に焚かれている焚き火の明かりで見える範囲はそれくらい、ほかに民家があるかどうかわからない。
足元をみると地面に白い粉で二重の円が描かれ、外部の円は円周に四箇所棒が立てられて肩の高さほどを紐で繋がれ四角く囲われており、棒の上端につけられた飾りらしいものが淡く光を放っている。
「おら、ついてきな。おとなしく従っていれば痛い目にはあわせねぇからよ」
男が手かせを繋ぐ鎖を持ち、魔法陣らしき場所から私とマナは引き立てられた。サイは気絶したのか男が左脇に抱えて運ぶようだ、ちなみに右手は私たちを魔法陣から出した後は鎖から手を離してフリーにしてる。相手が女とはいえ警戒を忘れない様子に知らず背筋に冷や汗を感じる。
「予定ではおまえら全員を掻っ攫ってくる予定だったんだが、囮が役立たず…いや、あの男が意外とやり手だったみたいだな、黒子連中が手も足も出なかったのは今まで見た事ないわ。……そこを右に進め」
私たちを先に歩かせて数メートルのあいだを空けて後ろから男が歩く、踏み固められた小道を進むと道に面して扉を設けた細長い木造の建物が見えてきた。
「扉のわきで待ってな、めしは食った後だろうから出さないが寝床はあるから地べたで休むよりはましだろ」
そう言って扉を三回叩いたあと、すこし間をおいて二回叩く。
内側から閂を外す音がして扉が外に開く、建物の中は薄暗くオレンジ色の光がゆらゆら揺れている、扉を開けた人物は手入れのされていない蓬髪をガシガシと掻きながら脇にどいて道をあける。
「四人連れてくると聞いてたが見たところ三人のようだな、ひとりしくじったか? 」
扉を開けた人物のほかに部屋の中に居た人物は二人、武器の手入れしていた者と卓で地図を広げている者。地図に書き込みをしていた方が入って来たフードの男に話しかける。
私とマナが先に入るよう促し、フードをした男が最後に入室したのを確認して蓬髪の男が扉に閂を下ろし、扉の脇の木箱に座る。
「情報では男ふたり女ふたりのはずだったんだが、ひとり変わった奴が居てな、全員連れてこれる状況じゃなくなったんで高く売れそうなやつ優先で掻っ攫ってきた」
そう言ってフードの男は脇に抱えていた少女を持ち替えて彼女の両脇を「高い高い」をするように抱き上げて部屋の中に居る人物に見せる。
「ほお、ずいぶん変わった奴だな、ぱっと見だと北の耳長のようだがエルフには尻尾は付いてないはず。獣人にしては顔が普人とほぼ同じ、と言うか魔導人形と言っても信じそうなくらい毛が薄いな 」
まぁ魔導人形なんぞ大迷宮深部の宮殿跡ならともかく、そこらで拾えるシロモノでない、と笑う地図男
「男を連れてくるのが面倒くさくなった、て趣味優先なわけじゃないよな、全員連れて来れなくなった状況とはどういうことだ、囮の自由民兵ふたりとクロコを15名も連れて行っただろ」
砥石で投げナイフを研いでいた男が手を止めて詰問する。
「あぁ、確かに自由民兵の奴はトロルを二匹も引っ張ってきて注意を惹く役は果たしたんだが、受け答えに失敗したのかトロル以外に野営地に近づく奴が居るとバレたみたいでな、照明弾焚かれてクロコは全部倒された」
「ワンダラー捕縛が出来る奴らならそれくらい装備が整ってるだろうが、突入タイミングはおまえが指揮してたはずだ、判断ミスじゃねえだろうな? 」
暗に照明弾焚かれている最中にGOサイン出したのじゃないかと確認の言葉
「トロルと戦ってる方面にやつらの主力が集中してて、ワンダラーは護送車の影に避難、護衛はひとりだけだったんで照明弾燃え尽きたのを見計らって反対側から行かせたんだよ、そしたら第二弾を焚かれたんだ」
「OK。相手が用心深く策を複数めぐらせて居たのはわかった、連中がどこの部隊かわかるか?」
「ワンダラーの護衛についてた奴、俺は奴を知ってる。『赤い牙』の銀髪鬼だ」
「銀髪鬼……だとすると隊を率いてるのは『グジョウの修羅』ブルータークか、クロコだけじゃ荷が重たかったな、奴と事を構えるなら本国の術者五名以上揃えてでないと無駄に屍を増やすだけだ」
卓で地図に書き込みをしてた男がペン先を拭いて柔らかな布で包んで腰の革製の小物入れに収め
思案顔で地図をトントンと叩いてつぶやく
(本国……この人たちはこの国の人ではない、てことかしら?)
単なる人攫いではなく、この連中の背後に大きな組織が控えているらしい事に私は暗澹たる気分になる。
少々手荒い洗礼を受けたものの『赤い牙』の隊長は「この国の法に則った組織・集団に属した人物」であり、彼の部下もこちらが犯罪とかを犯さない限り無闇に暴力を振るうような連中ではなく統制が取れている人たちであった。
「自由民兵どもが捕まったとなるとこの場所も移さないと拙いな、せっかくワンダラーが大量に手にはいると思ったが欲をかいてすべてを失うのも愚かだ、ワンダラー六人と珍種が手に入っただけでもよしとするか」
地図男はふところから巾着袋を取り出し、フードの男の目の前の卓に置く
「戻ってきたばかりで疲れていると思うが次の拠点に【転移陣】を設置して此処へ戻って来い、魔石もそれだけあれば足りるだろう」
「人使いの荒いお方で、まぁそれだけの報酬もらってるからいいですけどね、水の一杯くらい飲ませてもらってもバチはあたらねぇと思いますが」
「イゴール、クトォーの奴にいらねぇと言うまで飲ませてやれ」
ナイフの手入れしていた男が入り口の木箱に座っていた蓬髪の男に指図する
イゴールと呼ばれた男は木のふたを外した水がめからひしゃくで汲んだ水を陶器で出来た湯呑み茶碗に注いでフードの男に渡した。
「エドも一緒についてってやれ、クトォーがこの地図の場所に【転移陣】を用意している間に移送用馬車を調達して欲しい、金子はこれくらい有れば幌馬車の二輌は手に入れられるだろう」
地図男が足元に置いてあったカバンから皮袋を取り出し地図と一緒にナイフ男の目の前の卓に置く。
「夜道を野郎二人で急ぎ旅か、嬉しくて涙が出てきますわ」
「軽口叩く元気があるならさほど疲れは無いな、そこのガキを置いて準備しな」
エドと呼ばれたナイフ男は斜革ストラップに組まれたホルダーに投擲ナイフを6本収め、砥石を足元のカバンに仕舞って立ち上がる。
クトォーと呼ばれた男は蓋付きの木箱のうえにサイをおろし左腕のコリをほぐすようぶらぶらと振る。
見た限りにおいてこの場の4人の力関係は地図男が司令塔、ナイフ男が副官でフード男と蓬髪男で部下か手下、と言った感じだろうか。
エドとクトォーが闇に溶け込んだのを確認して入り口の扉に閂を掛けて蓬髪の男は再び入り口近くの木箱に腰掛ける。
「さて、お嬢さん方には色々聞きたい事がある。 イゴール、木箱を三つテーブルの周りに並べろ」
いす代わりというところだろうか蓬髪男が卓の入り口側を除く二箇所にふたつとひとつ木箱を置く
入り口から見て左側、地図男の右手に当たるところに私とマナが座るよう指図し、私たちと反対側にサイを座らせるようだ。
「おい、そこの珍種。寝たふりはやめて座るんだ、耳が動いてるから起きてるのは判ってるぞ 」
うぅ~と不機嫌そうな声をあげてサイが木箱に座り、卓にひじをついて頬に手を当てた体勢で地図男をにらんだ。 狸寝入りだったのか、きつねぽいけど。
「大して時間をかけるつもりはない、素直に問われた事に答えれば奥の部屋でゆっくり休んでもいい」
「人にものを聞く前におじさんが何者か言ってくれないかな」
「はは、これは活きのいいガキだな、怖いもの知らずなその物言いは嫌いじゃないぞ」
そう言いつつノーモーションで左手で裏拳をサイに向かって振るったがサイは慌てたそぶりも見せずスウェーでかわす。
「すぐに手を出すのは安っぽいよ、人を使う立場なら言葉で動かしてみてよ」
「ほう、身体能力はなかなかのもんだな、……そうだな、『言葉』で従わせろと言うならその身で確かめてもらうのが良かろう」
裏拳をかわされて恥をかかされたと思ったか口角をやや引きつらせて笑みらしいものを浮かべたが、右手で自分の右目を蔽い、顔をサイに向けて命令調で宣告する。
『動くな』
一瞬こいつなに言ってるんだと不審な表情を浮かべたサイだったが、地図男が手を伸ばしサイの頭を鷲掴みにしても自分の身体が身じろぎしない事に気付き驚愕で目を瞠る。
「俺の特殊技はな、『一言主』と言うものだ」
地図男はそう告げて左手はサイの頭を掴んだまま握り締めた右の拳を振り上げる。
「顔はやめとけ、売り物の値段が下がる」
蓬髪男はあきれ半分笑い半分で窘めの言葉を吐く。
地図男は舌打ちひとつ叩き、サイの水月を殴る、ぐえっと蛙が潰されたような声で小柄な身体が木箱から板張りの壁へとふっ飛ばされた。
「売り、物……か、攫った、人間を、売る、という事は、お天道様、に、顔向け、できない事を…生業とする、輩か」
受身を取れずに板壁にぶつかり、そのまま床に転がされた状態でもサイの心は折れずに居るようだった。呼吸が乱れて言葉が途切れ途切れであったが。
「あまり憎まれ口を叩くもんじゃない、傍から見て気分が良くなるもんじゃないし、話が進まん」
蓬髪男はそう言い、サイのそばに歩み寄りしゃがんで糸が切れた人形のようにぐったりとしたサイの両脇に掌を差し込んで持ちあげる。
「とりあえず座って話を聞け、問われた事だけ返事すればそう無茶はしないさ、たぶんな」
蓬髪男はサイをふたたび木箱に座らせたあとサイの背中を軽く拳でトントンと叩いて横隔膜の痙攣を抑える処置をとる。身体が固まったわけではなく、蓬髪男がサイの両手をひとつずつ卓のうえに置いて一応の「聞く体勢」をとらせたあと彼がもといた場所に戻る。
(無口キャラと思ったら意外としゃべる人だったのね)とエミは蓬髪男に対する認識をあらためる。
「いまさら取り繕う事も無しだな、ああっ、俺たちは『人攫い』と言われる者さね」
物静かだった雰囲気を脱ぎ捨て裏家業者らしいオーラを放ち地図男は座りなおす
「だがそこら辺のちんけな盗賊風情と一緒にされるのは沽券に関わるからそこらはきっちりと分けさせてもらおう」
「お前らは『放浪者』と呼ばれる存在で、俺たちはそれを確保して欲しがるお偉方に引き渡す役割を振られている、これは理解出来るな?」
「夜陰に乗じて護送車を襲うのが盗賊とどう違うのか良くわからないけどね」
「おまけの珍種が茶々入れるんじゃねぇ! まだ痛みが足りねぇか!?」
「カリウス、ガキの言う事にいちいち腹立てるな。 チビも奴を煽るな、話が進まん」
地図男の名前はカリウスか、これで人攫いメンバーの名前は全部出たなとエミは内心メモする。
「でだ、ある筋からの情報ではお嬢さん方は『地球から来た』と聞いている」
「テラン?」
聞きなれない単語にマナが聞き返す
「ああ、此処とは違う異世界、そこから来た連中はなんらかの異能の力を持ち、そいつらを手に入れた者には富をもたらす……と過去に現れた連中と関わったお偉方の考え、さ」
こちらを値踏みするような目つきでジロジロと見てくる、おもに胸元に視線が来るのが癇に障る。
「もっとも異世界から来る、と言ってもその世界はひとつじゃなくいくつか有るらしいとの言い伝えなんだが『テラン』以外の場合は獣人や矮人――古い時代に此処に来たらしいが――魔道の力の無い連中で森に隠れて棲んでる弱小な種族が大部分だ」
ちらっとサイの方を見たカリウスは薄ら笑いを浮かべて続ける
「今まで見たことの有る獣人とは少々毛色が違うがテラン以外から来た所詮は亜人だからお前はそうたいして高値はつかないだろうが『初物好き』な数奇者だと欲しがるかもな」
地図男からは見えなかっただろうが私から見てサイの尾がボワッと膨らんだ、いわゆる怖気が立つ、と言ったとこだろう。
「テランから来たとなれば売るのもそう難しい話じゃない、治癒の力とか土地を豊かにする力は引く手あまただ、また、そういう力は女のほうが持ってる可能性高いからクトゥーの予想もあながち根拠が無いとは言えん、そしてテランから来た女との間に子を為したという話も両手の指で収まらないくらい聞く」
まぁ野郎より女子の方が連れてくるのが楽だろうとカリウスは苦笑いする。
「でだ、おとなしく素直にお前たちが持つ能力を自己申告してくれたらこちらも嬉しい」
カリウスはイゴールに指図して奥の方にある部屋から肩掛けカバンと黄ばんだ数枚の紙を持ってこさせる
その中から一枚の紙をつまみ、腰の小物入れから筆記道具を取り出す。
「協力してくれるなら『手形』を作ってやるから名前と能力を言いな、まずはそっちの紅毛」
名前を言ってないから外見上の特徴で呼ばれるのは理解は出来るがなんかカチンとくる。
「わたしの名はエミ、『手形』と言うのは身分証明書と思って良いのかしら? 」
「おう、名前と能力、本人の掌紋が押されて身元引受人の署名が記されていれば移動の諸手続きが円滑に済む」
「それなら問題無いわね」
入国管理法なんてこの世界に有るかわからないけど今のわたしたちは身元証明する手段が無いのも事実
ここで簡易な物でも手に入れられるのは好都合かもしれない。
「エミ、と言ったな お前さんの能力を言って見ろ」
サラサラと紙にペンを走らせながら質問してくる、全部の能力を言う前に拘束具を外してもらえるか交渉して見るか。
「この手枷と鎖を外してもらえないかしら、ステータス確認しようと思ってもこれつけてると読めないのよね」
「『魔封じの枷』か、それを嵌められる前に自分の能力確認はしてなかったと言いたいのか? 」
「この世界に来てすぐ捕まったからね、『鉱物鑑定』はわかったけど細かい部分を見ている暇なかったの」
「そうか、手枷を外すかどうかは後にして、今度はそちらの茶髪の女 名前と能力を言え」
「……私の名前はマナと言います、回復魔法の初級持ちとしかわかりません……」
「ほう、治療士のひよっこ様か、他の連中に比べて人に愛されそうな良いもの持ってるな」
「他の連中って、私たち以外の人の能力とか知っているのですか? 」
「ああ、お前たちの前にも『ワンダラー』を手に入れたが、そいつらの持ってる能力はあまり『外聞のいいシロモノ』とは言い難かったな、『魅了』とか『技能窃視』『スキル奪取』とか『隠形』『外見変更』などな、魔術師ぽい奴の『四属性適性大』『魔力回復大』とかが可愛いといえる程度にはな」
あぁ、何と言うかそれは確かに人に知られたらお近づきになりたくない部類の能力かもしれない、元の世界でもこの世界でも「裏家業」と呼ばれるタイプの職に向いてるような……
「エミは山師向きで、マナはどこぞの屋敷でお抱え治療士として大事にされるだろうな、それじゃ『手形』の用意してやるから手を洗いな」
イゴールと呼ばれた男が木製の洗面器みたいな容器に水を半分ほど満たして卓の上に置く
「この紙の指定された欄に本人が署名し、左手に朱墨を塗ってこの丸い円内に掌紋押しな」
右手にペンを持たされ、指定された場所に私とマナは名前を書く
左手のてのひらに筆で朱色の液を塗ろうとしたときサイが口を挟む。
「ボクたちの前に捕まえた人達は今この建物の中に居るの? 連中と話させてくれないか? 」
「何でそのようなことを?」
「ボクたちがどのような扱いをされるのか、先におじさん達と会った人の扱い見ることで参考になるでしょ」
「それは後からでも充分だろ」
「手枷を外すのを後回しにして『手形』を作るのを急ぐのは何故? 手形作った後でも手枷嵌めたままじゃないの? 」
「ああ、手枷を外す手段を俺が持ってないと疑っているのか、手枷を外す鍵は此処にちゃんと有るぜ」
そう言ってカリウスは懐から革製の小袋を取り出し、金属製の何かを見せた
「こいつは金属細工の特殊技能持ちでな、数種類しかパターンの無い手枷の合鍵なぞ茶碗一杯ぶんの湯を沸かす間にすべてひねり出して作り上げる事が出来る」
「ボクらの前に出会った人たちも手枷を外してあげた? 」
「その通りだ、納得したら手続きの邪魔すんじゃねぇ」
「その人たちも『手形』を作ってあげた? 」
「おうよ、奴らも嬉しいと感謝したぜ」
「なら会わせて貰っても問題ないよね? 」
「そいつらは此処にはもう居ないな、先に場所移動したので会うなら後日別の場所だな」
カリウスがそう告げるとサイは目を眇めて発言した
「……あんたは嘘をついている」
会話のどこで「嘘」と確信したのか推理を楽しんでください
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ルビの一部修正しました