05 野営地にて その1
ガタンッと音がして身体が揺すられ、木の壁に軽くぶつかった衝撃で目が覚める
旅人帽のおかげで痛みは無かったが、護送車の中の薄暗さと手足の枷で「あぁ、自分は囚われの身なんだ」と改めて異世界に来たんだと感慨深く感じた。
おでこの打撲と手の切り傷の手当てや牢屋代わりの護送車に意識不明の状態でただ放り込むのではなく、タオルで枕代わりの緩衝処置してくれたところを見るとこの世界の傭兵は意外と質が高いのか___「赤い牙」が特別なのかは知らないけど___彼らと出会えたのは幸運の部類に入るかもしれない。
薄暗がりの中動くものに気付く
前方___馬車が動く間身体が傾く向きを後方と仮定してだけど___から何かが床をこする音
旅行帽のひさしを持ち上げてその方向に顔を向けると、手を伸ばすと触れるか触れないかの距離に8つの目
一瞬ドキリッと心拍数上がった感覚がしたが、自分が最初の気絶から意識回復した時、車内に先客らしい少年少女が居たのを思い出した。
「ぁ…あのぅ、ボクに何か用ですか?」
数は向こうが多いし、先に車内に居た先客なのでとりあえず状況把握と情報収集を兼ねて話しかけてみる。
「!! 女の子?!」
「しかも『ボクッ娘』だぁ!」
「ちょっと、あんたたち挙動不審な態度とらないっ!」
「…………」
ハーフコートの人が驚いたのは、たぶん外見から少年と思ってたのだろうけど、革の胸当ての人の言葉がちょっと性的嗜好にヤバそうな響きで「ビクッ」と反応した自分は悪くない、…と思う
赤毛の女の子はそんな自分を気遣って少年達を叱ったのはなんかうれしい。
その隣の栗毛の女の子が無言のうちにキラキラした目でこちらを見つめてたのはちょっと気になったけど。
「怪我してるようだけど、痛みはどう?」
「手の方はちょっとジクジクするけど、出血も止まって動かす程度は大丈夫みたい、頭も腫れはだいぶ引いて少し表面は痛いけどあと少しすれば問題ない、と思う」
「殴られたりしたの?」
「ううん、走って逃げようとして転んで木の幹に頭ぶつけたの、魔法で転ばされたけど殴られたわけじゃない」
「そっかぁ、手当てしてくれたからあの人たちは見かけによらず悪人てわけじゃ無いみたいね」
「うん、ブルーって人、怖そうな感じだったけど乱暴な人じゃないと思う」
傭兵って職業柄か紳士とかじゃないけど盗賊のようなゲスな空気は感じ取れなかった
「それにしても『コレ』はちょっとまいったな」
ハーフコートの少年がジャランと鎖の音立てて両手に嵌った手枷を胸の前に掲げる
「ケンの鎖を切れないかと魔法を試してみようとしてもうんともすんとも反応しないし、『インベントリ』に収めていた武器も取り出せないみたいだ」
「異世界もの定番の『魔法封じのアイテム』て奴かな」と革胸当ての少年が相槌を打つ
「もしくは僕たちが収容されているこの檻が魔法を無効化している、とも考えられるけどね」
会話を聞いてるとこの二人は異世界冒険ものに詳しそうである、参考になるなぁとジーッと見つめていると
「ほらほら、あんたちがオタ知識丸出しで会話してるからこの娘怪しんでいるわよ」
「ひでぇ、そりゃこの場で薀蓄披露してる場合じゃないと思うけど他にする事ねぇし、駄弁ってても目くじら立てるほどじゃねぇと……」
「私達だけならいくらでもオタ会話してもかまわないけど、この娘を置いてけぼりに自分達だけ通じる会話するのは不親切だって思うの」
情報収集の為黙ってて彼らの話を聞いてたけど、彼女から見たら「不審者を見る警戒した様子」と感じられたようだ、気配りの出来る子のようで自分の中で好感度上昇、別に百合趣味に目覚めたわけじゃないからねっ。
「ごめんなさいね、自己紹介が遅くなったわね、私は『エミ』よろしくね」
「あーっ、そう言う事か、すまんかった。 僕の名は『カズキ』魔法使い見習いだ」
「オレの名は『ケン』料理人見習いと戦士見習いっス」
「私の名は『マナ』将来薬師を目指しているひよっこです、よろしく~」
戦士二名に魔法使いと回復役か、バランス取れたPTだなぁと思っているとマナさんが期待の篭った目でこちらを見つめている、……あっ、ボクも自己紹介しないといけないよね、人として大事な事忘れそうだった
「……ボクの名前は『サイ』、獣人で種族は狐人です、よろしく」
「せりあん? 」
「ふぉきしー? 」
この世界での『獣人』の呼び方だとはすぐ判らなかったようだ、自分だってステータス画面見るまで種族名が「狐人」だって知らなかったわけだから当然か。
そういえば旅人帽を被ったままだと気付き、怪我をしてない方の左手で脱いで胸の前に帽子を抱える
暗くてよく見えないが少年二人は口をあんぐりと開き、マナさんは手を口の前に当てて驚いたように見受けられた。
「「ケモミミィィィィッ、キターーーーーーッ!!」」
期せずして少年二人の叫び声がハモった、どんだけ気が合うんだよ
「あんたたち、ほんっっっっとにオタ丸出しでなっさけないわねっ! 」
「すんませんでした」「ついモノホンのケモ耳っ娘目の当たりにしてわれを忘れて失礼しました」
エミさんの突っ込みチョップを脳天に喰らい、ボクの前でDOGEZAする少年二人の姿
あーっ……その気持ちは判らんでもない、前世では自分もケモナーだったし、もし立場が逆だと土下座してたのは自分だったと自覚している、口には出さないけどなっ。
「村を出て街へ行く途中、家出人と判断されて保護されたんだと思う、たぶん」
親と死に別れて村を出たとブルー達にしたのと同じ設定の身の上話を彼らにも話した
おそらく、あの「白い部屋」に居た人達だと思うけど、今はまだ地球の日本出身だと打ち明けるのは躊躇われた。
話した範囲では悪人じゃなく、抜けた感じはするけど気のいい人達だと思う、街道で出会ったとしたら一緒に行動するのも良いかな、とこの短時間でそう思うくらい楽しいと感じた。
……でもこの世界に送られる前に警告された「一年後の生存率一割」と言うのが自分を臆病にさせる、「放浪者」はこの世界では危険分子と警戒されているなら固まって行動するとそれだけ人目に付く。
騙しているようで胸が痛むけど、傭兵の長の話では連れて行った先で身の振り方の助力はしてくれるようなので、その時彼らもこの世界に緩やかに受け入れられる形で落ち着いたら『一緒に行動しようか』と申し入れてみようかな、虫がいい考えだと思うけど。
「あのひとたち、人攫いじゃないと思うけど、この先どうなるんだろ……」
ブルーと会話した限りにおいて『赤い牙』は治安維持を任せられるほどの武力と規律正しさを持つ者だと見て取れる、だが自分はこの世界の事はほとんど知らないまま囚われの身となった。
今のところ「保護対象」として見られていると思うが現代日本と違う世界なのだ、日本だと中学生くらいの年齢は「大人から保護される子供」の認識だが、「白い部屋」での説明だと親元を離れて自活する年齢と設定して送り出しているとの事だった。
「先のことはなってみないと分からないっスねぇ」
「それはそうだが、身も蓋も無いな」
「馬車の揺れが無くなったのに気付きました? その前ちょっと傾斜を上ってたみたいだから休憩地に入ったと思うっス」
「…………」数瞬の沈黙
「言われるまで気付かなかったわ、ケンさんすごーいっ!」
「ふっ、DOGEZAしつつも周囲に気を配る、これが『出来る男』と言うものっス 」
「いや、自分で言うと台無しだから」
和気藹々としてるなぁ、元の世界でも知り合いだったのだろうか。
観音開きの後部扉が開き、ボク達は外に出るよう告げられた
「もうすぐ日が暮れるのでこの野営地で我々は休憩を取る、この野営地には厠も整備されているのでお前達も用足しするならここで済ませておくといいぞ、ここ以降は領都に着くまでは野外排泄(いわゆる野糞)するしかないからな」
渡された木製コップに満たされた水を飲んでいるとそう言われたのであやうく噎せるとこだった。
「高速道路のサービスエリアみたいなものかしら」
「ただの原っぱじゃなく柵や杭があちこちに有りますし、あの細長い箱は馬の飼い葉桶と水のみ桶のようですね、よく見えないですが腰ほどの高さの土を盛った所に何名かが布袋と木の枝の束を運んでいるのはたぶん竈じゃないかと思います」
料理人(見習い)と言ってたケンさん観察力パネェです。
厠は四隅を木の柱で支えて屋根が数枚の板を打ち付けて雨除けとなるわりと立派なつくりである
ただ、便座に腰掛けても顔が見える程度の高さまでしか板で囲いは設けられていない、用足しのとき死角となる部分を無くす為だそうだ。
用を足したあと厠のそばに置かれている水がめから柄杓で水を汲み、排泄物を洗い流す。
地面を掘って設けられた排水路は広場から一段下がった場所に1m四方の石組みで40cmほどの深さの野壷に繋がっている、石で組まれているが漆喰で目止めされていて漏れを防いでいるようだ
溜まったモノは近郊の農家が回収して肥料として利用する仕組みとなっている。
街道に数箇所設けられている「休憩地」の設置は領主の管轄であるが、施設の補修管理は『郷士』と呼ばれる半農半士に託される、と馬の手入れしているスキンヘッドのおっちゃんが教えてくれた
休憩地に着いた「赤い牙」の面々は、桶を持って川に水汲みが4名ほど、炊事の支度している人が2~3名、馬車から人の肩ほどまでの長さの大鎌を取り出した人の後を数名が歩いている。
「あれは? 」
大鎌を持った人プラス数名の一行を両手で指し示して聞いてみると
スキンヘッドのおっちゃんは「騎馬や牽引馬の飼葉を集めに行く連中だな」との事
その辺に放して自分達で食べる事が出来ない以上馬の餌を集めるのは団員の仕事である
鞍や轡を外し、疲労した筋肉をマッサージでほぐして一日の労務をいたわるのは騎馬兵と馬車の御者役の役割で、草刈場と馬の繋留地間を刈り草かついで往復するのは雑務役の仕事だと
そうやって傭兵団での仕事を覚えていずれは「馬持ち」になるのが平役の目標らしい
馬はそれ自体の価格もかなりするし、鞍やその他の馬具も良いものはかなりする、そしてなにより体調や精神面のケアなど餌の要素も含めて維持費はそうとうなものだと、個人がおいそれと手が出せるものではなく、軍の騎士が貴族の子息がかなりの比率占めるのも金銭的条件がものを言うからだ
傭兵は与えられた任務を果すだけなら三流、与えられた仕事を上手く成し遂げ次に繋げてようやく二流
部下を持ち、彼らを使いこなせて初めて一流の仲間入り。
そういう事を教えてもらうと異世界でもファンタジーという気分は削られ現実的で世知辛いな、と思った
川から水を汲みに行った連中が戻ってきたのをボーッと見ていると、手にした桶を馬車の後部にあるやや大き目の樽に傾けて樽の下部にある木製のパイプから出た液体を瓶らしい容器で受け止めている。
「あれは何してるの? 」
「ああ、あれか、馬にやるなら川から汲んだ水をそのままやっても問題ないのだが、炊事に使う水や行軍中に飲む水はそのままだと虫や草の切れ端など腹壊す元だから浄化樽で濾してる奴を使うことにしてる」
簡易性だけど移動式ろ過装置を用意してるのか、異世界は思ったより文化的かも。
竈の近くでは根菜らしいモノの皮むきしてる人、粉に水を混ぜて練ったり捏ねたりしてる人が何名か居る
異世界で料理している風景見てると好奇心が湧いてくるけど近くで見学する事できるかな?
「あのぉ…料理の準備してるの見に行っても良いっスか? 」
同じ事を考えていたのかケンさんがおっちゃんに目をキラキラさせて頼んでいる、料理人の血が騒ぐ、て奴かな
「薪運びや水瓶を竈に運ぶくらいなら見習いに手伝わせるだろうけど、料理の下ごしらえに入ったら当番以外は近づいちゃなんねぇ、これはうちらの決まりだ、他所はしらねぇけどな」
……デスヨネーッ……人の口に入る物を作る現場に部外者がちょろちょろしちゃまずいですよね……
がっくしと傍目で見て分かるくらい肩を落したケンさんの頭をがしがしと乱暴に撫で擦りながらおっちゃんはニヤリと笑い
「土埃が入ったら怒鳴られるが、素材が何か分かる程度の距離とっての見学は許されるだろうよ、機嫌が良ければな」
そういっておっちゃんは竈の場所で寸胴なべに水瓶から水を注いでいる黒毛オールバックのスリムマッチョのおっちゃんに声をかけた
「おいスティーブ、この子達が料理作るおまいさんの仕事振りをそばで見たいらしいが差し支えないか? 」
「おう、煙でむせないよう離れたとこでおとなしく見てる分にはかまわんぜ」
やったーとばかりにケンさんと二人で見に行こうとしたが、女子ふたりの様子がなんか変だ
荷馬車の方を見たり広場のあちこちをきょろきょろするのは判らないでも無いが、こそこそと小声で話し合ってて座っているつま先で地面をぐりぐりとえぐる様に掘っている
「エミさんとマナさんはどうする? 一緒に見に行かない? 」
女の子だから料理に興味があるとは決め付けられないけど、異世界で料理をするところを見る機会はなかなか無いと思い誘ってみる。
「っ、あぁ、いまはちょっと、見に行く気には、なれないかな? 」
気のせいか息を詰めるような話し方でエミさんが応える、マナさんは少し顔が青ざめたようで返事が無い
具合が悪いのか、さきほどまではそんな様子は露ほども感じられなかったが……
よく見ると座っている太ももの間に手枷を嵌められている手を入れてぎゅっと何かに耐えているようだ
もしかしたら…と、ある考えが浮かんだが間違っていたら恥ずかしいので
ケンさんにちょっと待っててと伝えてからエミさんたちに近づく
「もしかして厠の使い方が分からなくて困ってる?」
ブルー達傭兵の方々は野壷の方に行って直接用足し(立小便)してて、厠の扉を開けて用足ししてる人は居ないようだったから彼女達はあそこがトイレだとは認識してない可能性がある、と思ったからだが……
「かわやって何?」
……うん、ばっちゃまと暮らした事があるから田舎の汲み取り式便所の事だとすぐ判ったけど
都会育ちだと「かわや」とか「ボットン」はすぐに思い浮かばないよね
「うんちやしっこをその辺でするのではなく、出たものを肥料にする為集めて置いておく場所の事、つまり便所ね」
そう説明すると「あの半端なドアの高さで顔隠せないじゃない」と抗議の声
いや、ボクが建てたわけじゃないけど周りを見渡せる事で用便中の隙を少なくするためじゃないかと納得させる
「でも……あの……」
歯切れの悪い言葉でエミさんが涙目になっている、マナさんの顔色は蒼白く、言葉も無い
あ、用足し後の事思ってるかな、自分も経験あるし
「これ使って」
そう言って懐に分けて収納してあった自家製ちり紙を取り出し二人に手渡す
「ありがとっ……貴重なものだと思うけど、本当にいいの? 」
「お礼はいいから、早く行かないと誰かが先に入ったらお漏らししちゃうよ? 」
エミさんとマナさんは今にも泣きそうな顔で聞いてきたけど今は早くトイレに行かないとヤバイんじゃないかと。
「大」の方は三つほど個室(?)があって、ふたりが使うには余裕があるが誰かが先に入ると終わるまで待つのは大変だろう。
その言葉を聞いた二人はあわてて立ち上がり、ありがとうの言葉を繰り返しつつ厠の方へ小走りに駆けて行った、足枷が無ければ短距離走でも良い記録が出そうな勢いであった。
「それじゃボクたちは料理の様子を見学にいこか」
予定外のやりとりで時間を費やしたけど当初の目的の異世界調理見学に話題を戻す
「気前良くあげたみたいだけど、いいのか? 」とカズキがたずねてきた、そばに居たのか。
「服の中に入れてたのはあれで全部だけど荷物鞄の中にはもっとあるから大丈夫」
手持ちの物全部あげたので後でブルーに頼んで肩掛け鞄から手持ちの懐紙を補充せねば
竈の近くには木箱を幾つか積み上げて板を渡した即席の調理台が設けられていて、赤やオレンジ、白や紫の根菜と思えるものが水洗いされて置かれてあり、何人かが皮むきしてる。
一見しただけでは元の世界のニンジンやカブ、イモ類に似ているが味も同じとは限らない。
川の水をろ過した水を入れた瓶から何度か注がれた寸胴なべを見る、異世界でも同じ用途だと同じ形態しているのか、なんといったかな「収斂進化」と言うやつだったか……
数人が皮むきしてるそばでさっき寸胴なべに水をためていたオールバックおっちゃん、スティーブさんが布袋から白い布と黒っぽい赤紫色のなんかの塊と蒲鉾板サイズの長四角の板を取り出した
白い布を丁寧に調理台に広げた後、赤紫色の塊に蒲鉾板みたいなのでコツコツと叩いて何かを確かめている様子、あの音は燻製肉なんて生易しいもんじゃなく、相当硬い素材じゃないか。
指先からひじまでの長さ、およそ40cmの木材みたいなそれを布の上に置いて、板を右手で持ち__左手は塊が動かないよう押さえて__奥から手前に引く、すると板からシュルンと紙の様に薄いものが飛び出した、あれって……
「『カツオブシ』じゃないかっ!!」
自分の内心の声を代弁するような声がとなりから聞こえた、うん、調理師ならわかるですよね
ただ、自分の知っているそれとはサイズが倍以上だし色もちょっと異なるからすぐ思い出せなかっただけで……つかこの世界でもカツオブシ(仮)が有るんだな……
「これは『ドリ・ボニート』て言ってな、ボニーって魚を干して燻し、熟成したものだ、良いスープの元となる。 砦や本部でなら鳥や獣骨で長時間煮込んでブイヨン作るんだが、行軍だとこいつが手軽で便利だ」
そう言いながらドリ・ボニートを削る手を休めずおっちゃんは説明してくれる
この世界で意味不明だと思える言葉を発したのに怒鳴らず「これはなになに」と教えてくれるなんて見かけによらず優しい人たちなんだなぁと胸の中が熱くなる
削り節__この世界風に言えば削りボニート__を布で包んで太目の糸で縛り、寸胴なべに投入する。
そしてスティーブさんは一抱えも有る鉄製丸底鍋__いわゆる中華鍋__を寸胴なべのそばの竈に載せ
熱くなった鍋に皮袋から油を注いで、蒼い油煙がうっすらと立ち上ったのを確認して刻んだ野菜をゴロゴロと注ぎ込んで木製の大きなヘラでかき混ぜる
根菜の皮むきしていた人達は開いた場所で今度は粉を練った物をこぶしよりやや小さい塊にちぎり取り、丸めたあと伸し棒でピザみたいに円盤状に成形した物を次々並べていく。
丸底鍋で炒めた根菜を寸胴なべに移した後、清潔な布で軽く鍋をふき取り円盤状の練り物を鍋に貼り付けるように置いていく。
「あれは『種無しパン』じゃないかな、ナンとかチャパティみたいな無醗酵パンに似ている気がする」
異世界と言えば「黒パンと野菜シチュー」と思ってたけど来て見ないと分からん物だと眼うろこの連続だとつぶやくケンさん、うん、同感。
パン焼きの続きを部下にまかせたスティーブさんは木箱から植物の葉で包まれた何かを取り出し、木製のお椀と一緒に調理台へ並べる
植物の葉で包まれたものは何種類かあるようで、そのうちのひとつを広げてあらわれた赤茶色の塊を指で幅を測り、ナイフで切り分けてお椀に入れ、寸胴なべから玉杓子でスープを取っておわんの中で溶いて行く
「あれはもしかして味噌か?」とカズキさん
「味噌みたいだが、においがちょっと違うみたいだ……もしかしたら『チャン』かもしれない」
そうこうしているうちに溶いた液体を寸胴なべにゆっくりと流しいれ、ときどきなべから湯を取り溶け残りを全部流しいれた後木製ヘラでゆっくりかき混ぜている。
そうこうしているうちに馬の世話と武具の手入れが済んだ面々が集まってきた
調理台の上は片付けられて焼きあがった無醗酵パンと木のお椀に入れられたスープが並べられている
ブルー達騎馬グループは食器を受け取り広場のあちこちに据えられている石のベンチに腰掛けて食事を取り始めた
馬車グループは鉄製の三脚と籠を組み立てかがり火用の薪をあしもとに並べてる
「あの人達は一緒に食事とらないの? 」とスキンヘッドのおっちゃんに聞くと
騎馬乗りが先に食事を済ませて、馬車グループが食事とる間に周囲の監視とかがり火の着火準備をする、と教えてくれた
使用する薪の消費量とかチームの管理責任者の仕事である事と、一度に全員が食事取ると監視業務に隙が生じるので屋内任務でも野外任務でも時間差置いて設けるとのこと。
なるほどなー、と感心すると同時におなかがキュルルと鳴った
それで「監視対象」であるボクたちの食事はいつになるのでしょう?
「ははは、お前達はブルーが食事済んだらスティーブが渡してやる事となってる、もうすこし待ってな」
背後の気配に気付き振り向くとエミさんとマナさんが口からよだれが垂れそうな表情で調理台の上を見つめている、食事無しではないことに安心すると同時にこの世界での初めての料理にワクワクする__お昼の干し肉と水の食事は「料理」ではないのでノーカウント。
ブルー達の食事が済み、立ち上がって広場の各所に歩いていったところでボク達にスープとパン、それに木製のサジというかレンゲが手渡された
「ベンチに座ってだと持ちにくいだろうから立ったままだがテーブルに置いて食べたほうが食事とりやすいだろう」とスティーブさんが言った
「テリーが気に入ったみたいだからおかずをひとつ増やしてやったぞ」
テリーはスキンヘッドのおっちゃんの名前らしい
パンの上に出汁をとった後調味料を加えて鉄なべで炒めたらしいボニートの佃煮(?)が乗っけられている
「おっちゃんありがとっ!」笑顔と元気な声で礼を言うと
「ははは、ガキは元気と素直が一番さな」と目を細めて笑い返してくれた