04 とあるOLさんの場合
高校時代の親友の結婚式に参加する予定で前日の夜行バスに乗った筈なのに
気がつけば真っ白な空間に居た。
一人だけなら『これは夢だろう』と思ったのだけど、この空間には他にも何名か居て彼らの話し声の内容が嫌がでも何らかの異常事態が発生していると認識させる雰囲気である。
そんな不穏な空気の中「異世界へ行ってもらいます」と告げる声がした
(えっ、なにそれ、そんな事に関わる暇なんてないんだけど)
5年ほど前高校卒業して地元に残った彼女とIT産業に憧れ上京した私
仕事に追われ気がつけば有能で性格の良い男性は次々独立して会社を去っていき、残った連中はセクハラ上司やパワハラ上司、社交感覚が欠けたか何本かネジのぶっ飛んだ同期にバイト感覚の抜けない新米連中、後者は3ヶ月も居つかず次々入れ替わるので今では顔と名前を覚えるのも止めた。
それなりに技能に自信があり、何人かの部下を任せられる程度の地位で給料は悪くは無かったが夜10時過ぎに一人暮らしのマンションに帰るたびやさぐれた気分になっていたそんな日々に親友の結婚式の招待状が届いたのであった。
年賀状は毎年交換し合っているし、月に二・三度はメールで近況を知らせあっているのだけど
付き合っている男性が居たとは…………あーっ、そう言えば『おもしろい人が居る』と書かれた内容のメール受け取ってたわ、彼女は調理師学校行った後スイーツパティシエールを目指して洋菓子店で研修してて、同窓会とかで試作品など元同級生に味見してもらっているとかで、そのうちの一人の紹介で若い和菓子職人と知り合ったとか……チョコレートドラ焼きなんて私はちょっと思いついたとしても『ないな』と却下するようなものを売れ線になるほどの商品に仕上げるとか。
卒業して2年ほどは仕事が忙しく地元に帰郷する暇無くて、
ここ数年は留守電に『いつ帰ってきて結婚するの』と掛けてくる心配性の母親と顔あわせづらくて
『同窓会なんて』と帰郷を伸ばし伸ばししてきたのだけど
高校生活の三ヵ年、私が誰より気持ちよく話し合えた彼女の結婚式となれば不参加はありえない。
染めたわけでも無いのに明るい栗毛色のベリーショーットカット、ドングリまなこの表現がぴったしなつぶらな目、よくけらけらと笑い転げるけど決して下品とかではなくみんなから愛される明るさ
彼女のハートを射止めた三国一の果報者のつらをぜひ拝ませていただきたい、そしてぜひ彼の友人を紹介していただきたい、とささやかな下心を持ち夜行バスに乗ったんだよなぁ……
こんなわけのわからない場所に足止めしてるわけにはいかない、なんとか交通手段の確保を…と思って主張したんだけどねぇ、
どうやら死んでしまって「もとの世界には戻れない」との無情の言葉
『異世界転生』なんて部下のバイト生もどきが昼食時に同好の士相手に嬉々として話してるのを時折耳にした単語くらいしか馴染み無い話だ
これも社内コミュニケーション、と妥協して彼らがなぜ熱く語るほどの魅力あるのか聞いて置けばよかったか、とちょっぴり反省と後悔が浮かぶ。
灰色スーツの男性が色々説明してたがほとんど上の空で聞いていた、が、
異世界到着して1年未満の死亡率が9割と説明があったところで怒号や悲鳴で説明会場は騒然となった
(9割と言う事は90パーセントと言う事よね、ヨハネスブルグの危険度150パーセントよりまし、て感じかな? )
一度死んだ身と聞かされた衝撃でこれから行く先が危険地帯と聞いても感覚が麻痺してしまったのか、そんなピントのずれた感想を思い浮かべていた
彼らも送った人員が早期リタイアするのは望む事態ではない、と言う事である程度の便宜は図るとの事
「初期ポイントを20から増やすとかの条件とかは有りますか? 」
成人男性にしては小柄な男性__下手したら中学生と見間違えそうな身長の__が業務のちょっとした確認事項を問うような口調で座ったまま右手を挙手した姿勢で質問した
上着がブレザーだったら生真面目なクラス委員長と聞いても納得するような振る舞い
着ている服はやや着古している感じだが仕立ての良い背広で社会人らしさを主張している
新人ではなくそれなりに社会に揉まれ、なおかつ対人スキルも磨かれているように見受けられた。
彼の質問により『異世界に移動する際に今の年齢から若くする事でそれまで培った経験を還元する事を代償に初期ポイントを増やす事が出来る』と説明を引き出せた。
あの人と情報交換して一緒に行動したら生き残れる可能性高いかな? と思ったけど指定席から動けず、移動可能になった時話しかける前にその人は光の粒子に包まれて消えてしまった……
ポイント振り分け完了した人から異世界に送られると説明されたけど、あの人は一人で大丈夫なのかと他人事ながら気になった。
一人で見知らぬ場所に行くのが不安な典型的日本人感性の私としては旅の道連れがほしかった。
移動可能になった時に世代的に近い集団に話しかけ、交渉した結果三名ほど同行する人を得た。
調理師見習い、看護師、商社営業マン(学生時代ワンゲル部)
IT畑の私よりずっと潰しの利く職業経験者達で足を引っ張らないよう肝に銘じる。
ワンゲル部だった男性は若返るとき学生時代から今まで鍛えた身体が中学生くらいに戻る事でちょっと残念そうであった。
その嘆く様は少し気の毒には思ったが、私ともう一人の女性は内心『若くなれてラッキー』と小声で喜んだのは責められないと信じたい。
長身で引き締まった体格、精悍な表情の商社営業マン(ワンゲル部)は遠野一輝
横幅がありがっちりした体格、短髪で中央がやや長い髪型(ソフトモヒカンと言うらしい)の人は調理師見習いで洋食修行中とのこと、本人はベッカムを意識したらしいが芸人の「はなわ」が近いと思う、名前は小倉健
シャンプーのCMにでも出てきそうなキューティクルの美しいモカブラウン(暗褐色)の髪色で
鎖骨ににやや掛かるセミロングの看護師さんは川崎真奈
異世界へ行けば今の歳と違い各人ほぼ同い年となるけどカズキさんにチームリーダーになる事了承してもらった。
出発前の心の準備が出来たところで責任者と思える灰色スーツの男性にこの四名同じ場所に送ってもらうことをカズキさんが頼んだ
『いってらっしゃい、良き旅を』
そう告げると私達を包むように光の粒子の渦が巻き上がり、その眩しさで私は目を閉じた
そしてエレベーターで下降する時の胃が持ち上がるようなゆるい不快感でマナさんと繋いだ手に力が入った。
(あっそう言えばあの人、神様なのか天使なのか聞きそびれた)
眩しさが消え、目を開けたときに見えたのは延々と広がる草原、足元は踏み固められた赤っぽい土で芝生がはげた広場みたいな感じ。
周囲を見渡すと近くに少年と少女が居た、見覚えがある顔だったので一緒にこの世界に来た彼らだろう
のっぽでスマートな子はカズキさんで、ちょっとずんぐりとした体格の坊主頭はケンさん
髪の色が明るい茶色のセミロングの少女はマナさん
服はワンピース…というか、下にズボンはいてるので別の呼び名があったはずだけど思い出せない
「エミさん……かな? ずいぶん雰囲気変わりましたね」ケンさんが驚いたような声でつぶやいたのが聞こえた
あいにく手元に鏡が無いので自分の変化は気づきにくかったけど、視野からして背が中学入った頃に戻った感じ
中学卒業までの約一年でずんずん背が伸びて高校入学時に175を越えたとき周囲の女生徒は私を見上げるのがほとんどだった。
いくつかの運動部に勧誘されたけど中学生のとき上下関係の厭らしさに辟易してた私は放送部に入った
マイクでアナウンスするなら外見はあまり注目されないだろうと甘く考えていたけど
たしかに外見は問わないです、声の質が重視でその次パーソナリティーがものを言います女子アナウンサー。
適任な人はそれこそ両手の指でも足りないくらいの人気パート
うちの高校から声優になった人もかなり居たと後で知ったとき自分の無謀さに乾いた笑いが出た。
高校三ヶ年の大半は裏方として電源コードの施設置や回収、アンプやウーハースピーカーなど男子部員と一緒になり運んだのはきつかった、おかげで放送機材の知識と筋力が身についたのは良い思い出かな。
私の身に付けた服装もマナさんと同じ生成り色の太もも丈の上着にやや暗めの紺色のズボン、足元はハーフブーツ……後部に線ファスナーがついているところを見ると予想以上に技術は近代と言えるかもしれない、中世だとフックに革紐で縛るか縄で上部を括る仕様だと記憶している
男達も大体似たようないでたちで、カズキさんが腿までのハーフコートを羽織り、ケンさんが革製の胸当てを着けているのが一目見た相違点といったとこ。
「明るい茶髪だったのが、燃える様な紅色に変わって外人さんぽくなったですね」とカズキさん
うーん、前世ではその背丈も含めて『ハーフじゃない?』とよく言われたんですけど、そんなにモテた記憶は無いんですよね、ちょっときつめの顔で人は寄ってこなかったし
親友のおかげで『話してみるとわりとおもろい』とは言われたけど、高校の三ヶ年で告白受けた事は同性からだけだったのは思いだすと涙がでるわ……共学校だったのに。
そんな事を言うと男性陣は気の毒に思ったのかややぎこちない笑顔で目を逸らされた。
マナさんは『ドンマイ、気楽に話せば友達なんてすぐだと思います、エミさんはそんな気に病む事無いですよ』と慰めてくれた
うん、すべったかと思ったけどつかみは上々と思って良いよね?
私とマナさんの足元には布製のショルダーバッグとポーチが置かれているけど、カズキさんとケンさんは手ぶらのように見えたので聞いてみたら『異次元収納』と言う技能を持っているとの事。
どんな技能かと言うと預けたいものを脳裏に浮かべて【収納】と言えば手元から異次元に移動・保存する能力、取り出すときは指定して【開放】と唱える
なにそれ、二人とも肉体戦闘職と思わせてまさかの魔法使い?
問い詰める私にちょっとうろたえた二人は『異世界転移ものには欠かせないだろ?』と取り繕った
なんでも無制限に入れられるわけではなく、そのときのレベルにより容量か重量で上限が掛かるらしいが
それでも落し物したり盗まれる危険が私達よりずっと低い、ずるい。
別に秘密にしてたわけではなく、『白い部屋』で移動制限かかっていたときふたりは偶々隣り合わせに座っていて『ラノベみたいだなぁ』と雑談してて、それならと定番とされる技能を要望したらしい。
私達がそれを知らなかったのは要望した時に天使とテレパシーで直接個別会話してたせいだとか。
あの場で全員がその情報知っていたなら全員が欲しがる能力なのはわかる
気がついた者にチャンスを多く与えるが自ら考えようとしない者には強いてまで教えることはしない、と言う理屈も理解できる、納得しずらいけど……
恨みがましい目でみていたのだろう、こめかみの辺りを指で掻きながらカズキがばつの悪そうに言うには
白い部屋で技能得る機会終了ではなく、この世界で生きていけばこの先何度でも技能獲得する機会は巡ってくる、天使と会話するにはそれなりの整った施設で祈る形でコンタクト取る事可能なのだと。
あー、あの灰色スーツの男性は神様じゃなく天使だったんだ、そう言えば中間管理職ぽかったな
小学生の縦笛サイズの棒――ショートワンドと言うらしい――を何も無い空間から出し入れしたり、両刃のナイフみたいなの――ダガーだとか――をカズキが持ち換えしてるのを見てると驚いた顔して動きが止まった。
「どうしたの? 」
「なんか『おしらせ』みたいなのが来たっ! 」
話を聞くと異次元収納と武具を取り扱う技能がレベルアップしたと通知があり、自分達だけが見えるメッセージウィンドが開いてメールが読めるとか
それを聞いたケンさんもショートソードと小型の盾を出し入れして同じく告知が来た事を確認。
私とマナさんは「異次元収納」と言う技能持っていないので彼らと同じ特訓は出来ない
思わず「いいなぁ~二人だけずるーい! 」とぼやいてしまった。
「えっと、何らかのアクションとって見ればエミさん達にも通知が来ると思うよ? 」
「ゲームの定番行動だと『とる』『しらべる』かな? 」
「それ、アドベンチャーゲームだよね? 」
「『ポート○ア殺人事件』では重要コマンドだったな」
「いや、有名なのは認めるけど例えが古過ぎじゃね!? 」
なんやらカズキさんとケンさんが盛り上がっているけどレトロゲームの話だとは判る、でも私やった事無いし。
とりあえずこのまま突っ立ってても埒が明かないので足元を見てみる
赤茶色の土のところどころから親指の爪くらいから鶏卵サイズの小石が顔をのぞかせている
しゃがんでいくつか手に取り「しらべる」と声に出してにらんでみる
エミさんって見かけによらず素直なんだね、と背後の方で誰かが呟いてるのが聞こえたけど無視
五つほど何の変哲も無い石を見た後、ちょっと離れた場所に乳白色でつやつやした石を見つけた
手に取った瞬間
『♪ピロピロピロ~ン、月長石を見つけました、『探索』『採取』の技能がレベル2に上がりました』『運営主任からメールが入ってます』
これが二人が耳にした天の啓示ってやつか、ちょっと軽くて笑ってしまいそう
「キターーー!!」
ちょっとテンション上がって変な声になったけど「よかった……一時期はどうなるかと思った……」と暖かい言葉をかけてもらって目じりが熱くなったのは内緒。
その後四名で石拾いと調べもので全員『探索』と『採取』がレベル2に上がった
私は追加で『鉱物知識』『鑑定』も習得した、不思議と他の三名は習得できなかったみたい。
ケンさんが調べて「やや重たい赤茶色の岩石」としか表示されなかったものが『鉱物知識』を習得後の私が手にとって見つめると【鉄鉱石*品質:低】と出てくる。
1時間ほど採取・鑑定した収穫は月長石が大小3個、蛋白石が2個、水晶が20個、鉄鉱石は男性の握りこぶし大で40個の大漁でした。
石英は貴石じゃないけど火打石として需要があると鉱物知識が教えてくれたので捨てずにキープ。
「いくらで売れるかわからないけど換金出来そうなものが手に入ってよかったね」
「そうなると定番の『冒険者登録』が次の行動目標かな? 」
そんな事を話し合いながら四名はこの世界に到着した草原の広場から移動して現在4m幅の道路をてくてくと歩いている。
赤茶色の地面に舗装とまでは言えないまでも白っぽい砂を敷いた様子の路面は幾筋かの轍が刻まれており、人の活動痕跡からそう遠くない場所に集落があるだろうと期待は膨らむ。
緩やかなカーブを幾つか通り過ぎた後、街道の両脇に木を伐採した跡が見えてきて、それから耕作地と思しき木の柵に囲まれた場所やそれにつづく小道が幾つか視界に入ってくる。
「畑が有る、てことは集落近いですよね? 」
「この世界の移動手段がどんなのかはよく知らないけど、畑に行くなら徒歩だと何時間も歩く場所には作らないと思う、作業時間と移動時間考えるとここから徒歩二時間以内に住居がある可能性高いと思う」
「んーと、徒歩二時間と言うと10kmくらいと見て良いかな? 」
現代人それも首都圏で仕事していると鉄道無しでの移動はぴんと来ない。
山手線で一番駅間距離が短いところで500mだと雑学好きの友人から聞いた事有る、山手線11両編成の車両の長さが220mなので発車したらすぐ次の駅停車と笑って教えてくれた。
山手線一周距離が約35kmで一周するのに掛かる所要時間は約60分
もし首都大停電でストップした場合中央線を考慮せずに徒歩で移動するなら7~8時間かかると見た方がよいと聞かされた、その場合自転車乗りはいざと言うとき便利だと思うが排気ガスの中通勤手段として考えたくも無い。そんな事態が発生したら会社で寝泊りする方がましだ。
そんな事を友人に話すと「エミさん女を捨てるには早すぎ」と可哀相な娘を見る眼で見られた、解せぬ。
「海岸から見ての水平線距離が約5kmだから地平線に建物が見つけたなら徒歩1時間弱でたどり着けますね、ここが地球と同じくらいの曲率だと仮定しての話ですけど」
なるほど、ワンゲルくんは徒歩での移動経験あるからすぐに数字として判りやすく教えてくれる、でも街道の大部分は林やカーブで見通し悪いから地平線なんてそう簡単に出くわさないですが。
いろいろ山歩きの話を聞きながら歩いていると幾つめかの曲がり道過ぎたところで集落発見
「あの集落で冒険者ギルド登録しようか」
そうして私達が到着した集落は「ワーラ村」と呼ばれ、ギルドもなにも無い場所だと知るのはそう時間が掛からなかった……