託された運命
路地の暗がりの奥に、舞い踊る人影がふたつ。ローブで身を包んだそれらは、各々が太鼓と笛を持ち、同じメロディを繰り返し奏でている。
「私は右だ。」
アークは右へと回り込む。
シモンは左へと回り込み、同時にその胴体を切り裂く。
手応えはあった。
しかし、演奏は止まらない。
少しずつテンポが上がって来た。
それに合わせて舞も激しさを増す。
人外の者であることは分かっている。ただの斬撃では通用しない。
更に激しく舞う従者のローブの隙間から、シモンとアークへ向けて鞭が襲いかかる。
シモンとアークは、鞭をかわしながら間合いと取る。
演奏する腕とは別に、他にも腕があるのか?いや、本体はないのかもしれない。
魔力で操られているのか?
魔力を水に例えれば、
魔法使いや魔剣は器。
器がなければ、魔力は留まれない。
ならば…こいつの器は…
2人の剣士は、ほぼ同時に従者に向けて剣を突き出す。
楽器ごとローブを貫いた。
ウオォォォォ…
断末魔の叫びを残し
魔界の演舞は幕を閉じた。
舞踊る従者2体を撃破したシモンとアークの元へ、アンナが現れた。
「ヘラはすでに撤退した後でした。」
「それでいい。」
アークは労うように答えた。
「そちらの方は?」
アンナがルースを訝しげに見た。
「この男がシモン•レイスだ。」
アークの返答にアンナは動揺を隠せない。この男を撃つためにここまで来たのだ。しかし、絶大なる信用を置く師でもあるアークは討ち取るどころか、共に戦っている。何故だ?
「この男はシモンだが、マグス皇帝を追い詰めた頃の剣王シモンではない。ただの抜け殻だ。剣を交える程の価値も無い。」
アークはアンナを諭すように言った。
シモンは否定もしない。確かにその通りだった。剣王という名を捨て、今はただの傭兵ルースだ。どう言われようとも、何も言えない。
「では、これからどうされるのですか?」
アンナは更に戸惑いを増す。
「剣王と剣を交え、討ち取る事が私の目的だ。剣王なき今、マグス軍に加勢する義理など無い。だからといって同盟軍に加担するつもりもないが…。」
アークは漆黒の剣を再び抜いて、ルースへと向けた。
「かつて剣王と呼ばれたこの男の死に様を見ておきたい。しばらく同行する。そんな余興も必要だろう。」
アンナはアークのその言葉の意味を、これまでの経験から即座に理解した。
ナオは広場の隅で、ユキに抱きかかえられるように座っていた。
広場の中央では、集められた人形に火が点けられ大きな炎が上がっている。その揺れる炎をナオは無表情のまま見つめていた。レムラントが陥落したあの日も、このような炎の中にいた。いろいろな感情が湧き上がっては消えていく。
「まったく、イブンは何考えてたんだろうね。こんな小さい子にいろんなものを背負わせて。」
今はイブンの形見となったブレスレットを見ながら、ユキがボヤく。
「確かにそうかもしれないが、イブンがナオにブレスレットを託したのは別に意味があるように思えるがな。」
いつの間にかセイクが寄り添うように立っていた。
「どんな意図があったにせよ、この子には重すぎるよ。かわいそうだとは思わないのかい?」
「そうかな?」
「この子は確かにその辺の子供よりかは、心は強い。でも、だからって……。」
「少なくとも、このブレスレットをイブンの故郷へ届けるまでは、この子は生き残らなきゃならない。」
「それはナオがやらなきゃならない事なの?」
「ナオだからこそやって欲しいんだろう。ナオにとっては生き残る目的が出来たわけだ。復讐よりかは生きる理由としてはマシだと思うがな。」
「生きる理由ねぇ…。」
ルース、アーク、アンナが路地から広場へ戻る。その3人を、複雑な思いで剣士達は迎えた。
アークの真意を皆は知らない。
敵にしておくのは厄介だが、味方になれば心強い。だが、信用も出来ない。
「私はアーク、こちらはアンナという。許されるのであれば、貴君らの軍に加えて欲しいのだが?」
沈黙が広場を包む。剣士達の視線はセイク隊長に集まった。しかし、すぐには答えは出せない。苦悶するセイクの横を、ナオがアークへ向かって歩き出した。
ナオはアークの前まで来ると、その左手のグローブを剥ぎ取り、傷口に消毒薬を塗り包帯を巻き始めた。
黙々と包帯を巻くナオの姿を見て、
セイクはため息をついた。
「分かった。好きにするがいい。」
仕方のない選択だった。敵を増やしたくはない。今、ここで再び事を構えるよりは、総攻撃に備えて体制を整えるほうが先決だった。
「志村、燃郎、見張りを頼む。残りのものは今のうちに寝てくれ。ザック、ローは話しがあるから来てくれ。」
セイクは指示を出し、ザックとローを連れて屋敷へ戻って行った。
「いゃあ、お嬢さん、先日は失礼しました!」
志村がアンナに語りかけた。アンナの軽蔑の眼差しを気にもかけない。
「アークさんも噂以上にお強いですよね〜。あの技、今度教えて下さいよ〜!」
「貴様、何者だ。」
アークの低い声が響く。
「いえいえ、何者って程でもないですよ。ただの見習い剣士です。まぁ、とりあえず休む場所用意してますので案内させてもらいます。」
志村は笑顔で2人の前を歩き出した。
「ちょっと待ちなさい!しむりん!
あんた、何気に見張りサボるつもりでしょ!?」
ヨッシーに襟首を掴まれ、志村が引き戻される。
「やだなぁ、サボるだなんて人聞きの悪い。僕はただ、案内しようとしただけですよ〜!」
「いいから、あんたは見張りしなさいよ!」
ヨッシーに追いやられ、渋々と配置に着く志村。
「なぁ、志村。」
魂 燃郎が不意に声をかけた。
「はい、何ですか?」
「俺達、何か忘れてないか?」
「さぁ、何かありましたっけ?」
志村は頭を掻きながら答える。
「忘れるぐらいだから、大した事でもないんじゃなぁ〜い。」
ヨッシーは気にも留めていない。
その時、背後から微かに声がした。
「あの……」
3剣士は振り向きざまに剣を抜き構える。その剣先には男が立っていた。
「もやし!いたのか!」
「てめぇ!存在感を出せ!」
「ちゃんと息しなさいよ!」
散々な言われようで、もやしは涙目になっている。
「だいだい、あーた!藁人形より存在感無いってどーなのよ!」
「すいません。」
「どこにいたんだよ!」
「燃郎さんの後ろ…」
「声出せよ!」
「すいません。」
「ちょっと、あーた!」
「すいません。」
「まだ、何も言ってないわよ!」
「すいません。ほんとすいません。」
もやし。この男、ある意味只者ではないかもしれない。
「だいだい、あーた!藁人形より存在感無いってどーなのよ!」
「すいません。」
「どこにいたんだよ!」
「燃郎さんの後ろ…」
「声出せよ!」
「すいません。」
「ちょっと、あーた!」
「すいません。」
「まだ、何も言ってないわよ!」
「すいません。ほんとすいません。」
もやし。この男、ある意味只者ではないかもしれない。
しかし、もう1人、存在を忘れられた男が馬に乗ってやって来た。
「何をやってんだ?お前ら。」
馬上から3人に声をかける。
「クレイグ!あんたこそどこに行ってたのよ!?」
ウィンティス軍のシルバーにブルーのラインの鎧に身を包み、涼やかな顔で見降ろしている。
「俺か?俺は周囲の見回りだよ。」
「嘘おっしゃい!あーた、また迷ってたわね!」
クレイグは親指を立てた。
「グーじゃないわよ!どんだけ方向音痴なのよ!信じらんない」
大丈夫なのか?明日には命を落とすかもしれない状況下において、この余裕。苦笑いの奥で、志村はそう考えていた。