死霊と影と
「急いで村人を集めて、地下へ避難させてくれ!この人数では防ぎきれない!」
セイクの指示が響く。
「いや、手遅れだ。」
アークの言葉で、皆の動きが止まった。
暗い路地の奥から響く笛と太鼓の
不気味な調べ。
「死霊使いヘラとその従者の軍団だ。ヘラと楽器を持った2人が厄介だが、あとは操り人形だ。」
そう言って、アークが剣を構える。
笛と太鼓の音が近づくにつれて、ありとあらゆる闇と言う闇の中から、
鎧騎士が現れた。その数12。
ヨッシー、魂、志村の3人の剣士が迎え撃つ。その間を縫うように、北斗の光の刃が闇を裂く。
「アンナ!」
アークの叫びに赤いアーチャーが、
死霊使いの位置を探りに闇へ跳躍した。
「シモン、我々は従者を撃つぞ。」
アークに名を呼ばれて、ルースは
一瞬ためらったが、黒い騎士の後に続いて音を響かせる路地へ向かった。
「全て打ち倒せ!次が来るぞ!」
鎧騎士の喉元を切り裂きながら、セイクが剣士達を鼓舞する。
しかし、皮肉にもセイクの言葉通りに、新手の闇の部隊が家々の屋根に姿を現し始めていた。
屋根の上に潜む影のひとつが声を発した。
「半蔵様、いかがいたしましょう。」
「無駄に死にに行く事はない。」
半蔵と呼ばれた影は、冷ややかに答えた。
「よろしいのですか?」
「あの寝返った闇闘士アークに加えて剣王シモンまでいる。ヘラの人形どもとやりあってる奴等もなかなかの手練れ揃いだ。それに…」
半蔵は村の外れの闇に目を向けた。
「援軍が来る。馬が1…2…3頭か。しばらく見物させて貰おう。」
その言葉を聞き、もうひとつの影が、他の屋根の上に潜む影達に手で
合図を送った。
剣と剣がせめぎ合う金属音に紛れて、馬の駆ける音が紛れ込む。
広場へ旋風の如く駆け込む軍馬。
その背に跨る男は、両腕を拡げボウガンの矢を左右の闇へと放つ。
「宴はまだまだこれからだ!」
男の放ったボウガンの矢が屋根の上の影を射抜いた。
「ロー!遅いぞ!」
セイクが叫ぶ。
それに続いてもう一頭の馬が駆け込んで来た。しかし、その背には誰も乗っていない。それを見て半蔵は悟る。
「図られた!散れ!」
半蔵が指示を出す。自らも引こうとした行く手を阻む人影がある。
両手に剣を構えたそな人影が、半蔵に語りかけた。
「ずいぶんと控えめなんだな。出て行きにくいなら、このザック様がお供してやってもいいぜ。お嬢ちゃん。」
「紳士のつもりか?」
「まぁ、口説こうなんて思っちゃいないさ。ただ、ひとりぼっちで寂しかろうと思ったまでさ。」
ひとりぼっち?半蔵が周囲の気配を探る。後方にひとりいる。しかし、何かが違う。
「あんた、この村の人間かい?」
問いかけたのはザックだった。
「いえいえ。旅の僧のジョーカルドと申します。ですが訳あって、今はザック遊撃隊の傭兵みたいになってますねぇ。」
「ははっ!隊長んとこの兵隊か。またまた、凄い男を雇ったもんだな。」
そう言ってザックが笑う。半蔵が振り向くと、ジョーカルドの周囲に幾つもの影が倒れている。いつの間に…。
半蔵は深く息を吸い、それを吐き出すように言葉を発した。
「飛燕昇竜疾風迅雷禊…」
半蔵を囲む様に、凄まじい竜巻が立ち昇る。周囲の屋根を引き剥がし、それが凶器となって、ザックとジョーカルドを襲う。
立ってはいられない。ザックとジョーカルドはその場にしゃがみ込み身動きが取れない。ただでさえ、足場の不安定な屋根の上だ。風に巻き上げられた瓦礫は凶器でもあるが、盾にもなっている。
風が一瞬、光を帯びた。
「ザックさん!剣を離して!」
ジョーカルドが叫ぶ。
竜巻の中に稲妻が走り、その電撃がザックの剣へ放たれた。
全身の毛が逆立つ様な衝撃と光と轟音の中、ザックは屋根とともに家の中へ崩れ落ちて行った。
その光景を見上げる剣士がひとり。
「うわぁ。派手だなぁ。」
既に4人を倒した志村が呟く。
「なに余裕ぶっこいてんのよ!あんた!」
ヨッシーも無傷だ。
「ルースは何処だ?」
魂 燃太郎も加わる。
「上からも来るぞ!」
レイスの喝が入る。
降り注ぐ矢を、4人が剣で薙ぎ払う。
「目には目を、矢には矢を!」
ローのボウガンが屋根の上の影を射抜いて行く。
「12人編成で一分隊みたいだから、一個中隊となると200人近くになりますね。流石に厳しいなぁ。」
志村のぼやきが始まった。
「こちらも応援が来る!それまで死守する!」
セイクの一喝で、緊張が戻った。
「だぁ〜っ!ちきしょう!あの女
、次に会ったらただじゃおかねぇ
!」
屋根を破壊された家の玄関から、埃まみれになったザックが出て来た。
「また男前が上がったな、ザック」
ローが馬上から笑う。
「やかましい!それよりクレイグの野郎は何処に行った!?」
「まぁ、心配いらんさ。それより、セイク隊長が待ってるぞ。」
村への襲撃者達は、全て倒した。
今は、鎧騎士の骸をセイク達が調べている。
「うわぁ。趣味悪いなぁ。」
志村は思わず声を挙げた。
鎧騎士の兜を外すと、それは人ではなく、藁を束ねた人形であることが分かった。
「藁人形を依代に使ったか。らしいと言えばらしいな」
北斗も目を見張る。
「やだもう。センス疑っちゃう。気持ち悪い!」
ヨッシー、お前が言うなよという顔をしながら魂 燃郎が素朴な疑問を漏らす。
「こんな人形で兵隊作れるんなら、兵隊には困らんですね。」
一同が沈黙する。あまり考えたくない可能性だ。
「しかし、こいつらは魔法で動かされていたのか?だとしたら、その魔法使いを倒せばいい。アークが言っていたのは、その事だろう。」
セイクが北斗に尋ねる。
「魔法は魔法でも、死霊を使っているから、必ずしも術者がそばにいて操る必要はない。最初に命じれば、こいつらはその命令を果たすために、各々動くからね。」
「それ程の術者はそうはいないだろう。」
「確かに、一度にこれだけの数を使える術者はそうはいない。」
「そうですねぇ。死霊魔術師となると、そうそういませんねぇ。」
屋根から降りて来たジョーカルドが話しに加わる。
「ジョーカルド、怪我してるのに無茶するな。」
北斗が気遣う。
「いや、個人的に興味があったので。あれは忍ですね。独特の技を持ってました。」
「しのび?なんだいそりゃ?」
ザックとローが合流した。
「先程はどうも。お怪我はありませんでしたか?」
「ああ、あんたのお陰で直撃は免れた。落ちるぐらいはどうという事はない。ところで、忍って何だ?」
「昔から諜報活動を主な生業として来た人達ですねぇ。主君を決めてそれに従う流派と、金次第で誰にでも従う流派があるようですねぇ。あの忍は金で雇われた忍だと思います。」
「どう違うんだ?」
ザックが首を捻る。
「金で雇われる方は、常に戦場に身を置く事になりますからねぇ。それだけに技も実戦的、かつ効果を求められることになりますねぇ。」
「早い話しが、あれだ、要は強いって事だろ?」
「まぁ、そうなりますねぇ。」
ジョーカルドが苦笑いで答えた。
「忍も死霊術を使えるのか?」
セイクが待っていたかのように尋ねる。
「忍とは別ですねぇ。死霊魔術師は。ヘラというのがそれでしょう。
噂には聞いてましたが、実在するとは思いませんでしたねぇ。」
「我々で撃てるか?」
「伝説になる程の魔術師ですからねぇ。難しいかもしれません。対抗出来るとすれば、アルベールさんぐらいですかねぇ。」
「アルベール?」
「アルベール司教。ノーランドの寺院の、え〜と、まぁ僧侶ですね。あの人が動くかなぁ。」
セイクの疑問に、話しを聞いていた志村が答えた。
「問題があるのか?」
「何だが、いろいろ面倒な方ですからね。どうだろう。」
「ってか、よしりん。何であーたがそんな事を知ってんのよ?」
ヨッシーが割って入って来た。
「あれ?話してませんでしたっけ?
以前、ノーランドにいたんですよ、僕。」
「なぁ〜にしてたわけ?」
「遊んでました。」
「なんかムカつくわ。」
志村はヨッシーに拉致され、鎧騎士の回収に駆り出された。
「可能性は低いとしても、一応アルベール司教には使いを出そう。
間に合わないかもしれないが。」
セイクはため息まじりに言った。
「とにかく、この藁人形は焼却しておくべきですねぇ。また、動き出すかもしれません。あと忍びの死体も、とりあえず縛っておきましょう。」
ジョーカルドが提案した。
「そう言えば、クレイグは何処行った?」
ザックが思い出したように、ローに尋ねた。
「さぁ、自由人だからな。」
「軍人だろ。規律は守らんと。」
「ザック、お前が言うのは違う気がする。」
「本隊はどうした?」
セイクが会話に入る。
「テラモト隊長以下、重装騎士団一個分隊、歩兵一個中隊は明日には到着できるかと。」
「そうか。テラモトの部隊なら心強いな。それまで、持ち堪えられればいいが。」
皆の疲労も溜まって来ている。長引くのは避けたい。敵部隊と数の上では同等になるが、化け物相手となるとこちらに分が悪い。得体の知れない敵が多過ぎる。
ルースとアークはまだ戻らない。
何事もなければ良いが。
しばらく待って、帰ってこなければ応援を向かわせよう。
セイクはそう考えながらも、イブンの死に心を痛めていた。
しかし、それ以上にショックを受けているナオを見てはいられなかった。