過去への追跡
一方、セスを追う影がふたつ。
「待てや!コラァ!」
北斗の怒声が響く。対照的に無言の柏崎がその後を追う。セスの姿は見えずとも、魔法使い特有の勘で気配を追うことは出来る。やがて森を抜けようかとした時、別の気配を捉えて北斗と柏崎は立ち止まった。
知っている気配、だが凍るほど冷たい気配は2人の辛い記憶を呼び戻した。
北斗と柏崎は、その場で身動きもせず、その気配の位置を探る。
「久しぶりだね。北斗。」
不意に声をかけられ、2人は身構えた。その視線の先には黒い鎧をマントで覆った男がいた。
「キルスてめぇ!」
そう叫んだのは北斗だった。
「双剣使いのキルス…。」
柏崎が囁く。
「おやおや、柏崎さんまで。あなたの師匠に鍛えて頂いたこの剣で、弟子のあなたを切りたくはない。ここは引いてもらえませんか?」
そう言うと、キルスは両手の剣を2人へと向けた。
「なに勝手な事を言ってやがる!お前を捜してここまで来たんだ!ここでお前を切り刻む!」
北斗の両手が光を帯び始めた。
「相変わらず怒りっぽいですねぇ。
すぐ怒る魔法使いは苦手です。」
キルスが苦笑いで答えた。
北斗の両手から放たれた光の刃がキルスに放たれた。しかし、黒い物体がキルスの前を覆うようにして飛翔しながら光の刃を防ぎ、そのままキルスの背後の闇に消えていった。
「まだ他にいやがるのか!出て来やがれ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。」
キルスは苦笑いのままだ。
「隠れてたってわかるんだよ!」
北斗のその言葉に応えるように、闇の一部が動き出した。全身を黒い鎧で覆い、その顔までもマスクで覆われているため、表情さえわからない。それがかえって不気味だ。
「あぁ、出て来ちゃいましたか。」
キルスの顔がさらに歪む。
黒い騎士の右手には先程の黒い物体がある。
「やっぱりさっきのはてめぇか!」
北斗がまたも叫ぶ。
黒い騎士は黙って、その黒い物体を前に突き出した。その瞬間、シュルシュルと音を立てて、紐のように形が崩れた。さらに生き物であるかのように、立ち上がり瞬く間に黒い剣に姿を変えた。
キリトは振り向かなかったが、その気配から、黒い騎士の意思を感じ取った。
「アークさん、手出しは無用に願います。これは私の仕事ですからね。」
その言葉に暫し沈黙を挟み、アークと呼ばれた黒い騎士は、その剣を引いた。
「どっちだって構わ…」
北斗の肩を、柏崎が掴んだ。
振り向くと、柏崎が首を横に僅かに振っていた。
「ダメ。」
柏崎はそれだけ言った。
多くを語らなくても、相手の言いたい事はわかる。幾つもの戦いを共にくぐり抜けて来た戦友だ。
北斗も痛いほど感じていた。その力の差を。怒りだけではどうにもならないものがある。
その沈黙の意味を悟ったのは、キルスも同じだった。かつての戦友として。
「ここは引いて下さい。これ以上、剣を交えても意味がない。引いて頂いければ、私も切らずに済みます。」
こみ上げる怒りを抑える代わりに、北斗の目から涙が溢れた。悔しい。
仲間を裏切り、命を奪い、闇へ寝返った仇が目の前にいる。それを撃つことが出来ない自らの無力さ。怒りで震える肩を、柏崎が再び掴んだ。
「では、失礼します。」
微笑みながらキルスは背後の闇へ消えて行った。アークはその剣を再び黒い物体に戻し、キルスの後を追って闇へ身を溶かして行った。
溢れる涙を拭った手で、北斗は森の闇に光の刃を放った。木々の枝を切り落としながら、光の刃は闇に呑み込まれていく。ただ、怒りに任せて放ったのではない。後を追って来るであろう、仲間への道しるべとして放ったのだ。
それに応えるように、間もなくシモンとなお、そして残りの1人が合流した。
「あいつは仕留めれましたか?」
僧侶姿の男が尋ねた。
「いや、逃がしてやった。」
北斗の精一杯の強がりだった。
「まぁ、仕方ないですよ。」
僧侶は笑って、北斗の頭をポンポンと2度叩いた。その優しさにまた涙が溢れそうだった。
「あらら、どうしましたか?」
北斗は涙をこらえるので必死だった。
「キルスが……いた。」
柏崎の言葉に、僧侶の顔が凍りついた。
「ジョーカルド…ごめん。撃てなかったよ…ごめん…」
北斗の声が震えている。
「ばかですね〜!当たり前ですよ。彼を討ち取るなは私なんですから!だから泣かないでいいんです。
それでいいんです。」
その笑顔が余計に辛かった。
5人は峠の道へ戻りながら、互いを語った。
僧侶の名はジョーカルド。ここから遥か南のレムラントと言う国の寺院で親を戦争で亡くした子供達の面倒をみていた。なおとキルスはそこでジョーカルドに育てられた。柏崎はその寺院のそばの鍛冶屋で修業をしており、同時に剣の扱いも並の剣士など及ばぬほどのものであるらしい。北斗南は街を守る軍隊の出身で、光の戦士として名を知られていた。口の悪さは軍隊時代の名残なのだろう。平和な街だったが、マグス軍隊の急襲を受け、全て焼き尽くされた。残った民衆と軍隊によって、反乱を試みるも、裏切り者の密告により未遂に終わり、その多くが処刑された。その裏切り者こそが、キルス。あの男だった。
難を逃れた5人は旅を続けて、ここでシモンとセスの戦いに遭遇した。
森の奥から、剣を交える金属音を聞き、たまらず北斗が加勢をしたらしい。その金属音とは、おそらくシモンがシャーマンブレードを叩き折った時の音だろう。
シモンは少し安堵した。聖王騎士団の生き残りと言う事は知られたくはなかった。しかも剣王などという通り名は、今の自分には相応しいものではない。生き残りが聞いて呆れる。俺は只の死神だ。シモンはそう思って悔いる日々だったのだ。
「剣士様のお名前は?」
なおのその問いに、一瞬戸惑った。
「ルース…」
「ルース様、よろしくお願い致します。」
なおの笑顔を始めて見た気がした。
自分の名前を偽った事が苦しかった。