小さな魔法使い
シモンはすかさず二刀目をセスへと放ったが、その剣をセスは素手で受け止めた。
「ああ、舐めてたよ、あんたを。
やはり簡単には殺せんな。」
そう吐き捨てシモンの腹を蹴り上げた。不意打ちをくらいシモンは剣を放してしまった。こんな事は始めてだ。最初の一撃で大抵は勝敗は決まる。相手が人間なら。油断していたのは自分の方だった。こいつは化け物…。
シモンの意識が薄れかけたその時、
木々の闇から声がした。
「バーチカルギロチン!」
怒声と共に現れた光の刃が、剣を掴んだ左腕を切り落とした。
森を揺るがすような咆哮を轟かせ、
セスはその目を赤く染めた。皮膚は剥がれ落ち、その下から別の肌が姿を現した。
「怖い怖い。そんなに怒らないでよ。挨拶みたいなもんでしょ。」
木々の闇の中から女が現れた。
妙な形の杖とマント。魔法使いか。
しかし、その魔法使いの後からもう1人、2人と人影があらわれた。
最初の魔法使いが、背の低い人影に声を掛けた。
「ナオ、あんたに任せるよ。こいつはあたしのタイプじゃないし。」
「かしこまりました。」
声を掛けられた影は、顔を覆っていたフードを後ろへとやった。まだあどけない子供だ。
ナオはてくてくと歩き出した。
セスのその姿を見ても、恐怖など微塵も感じていない様子だった。
「ガキ!貴様か!俺の腕をやったのは!?」
「いいえ、先程のはあちらの方です」
ナオは振り向きもせず、後ろを肩越しに指差した。その淡々とした大人びた口調が妙な気迫を帯びていた。
セスもそれなりに修羅場を潜り抜けて来ている。ナオは強い。セスの経験がその身を引かせた。
なおは切り落とされた腕から、剣を取り上げ、シモンへと差し出した。
「剣士様、どうぞ。」
その瞳の奥に底知れぬ意思をシモンは感じ取った。
「すまない。恩に着る。」
シモンさえ、ナオの静かな気迫に押されていた。この子供は、いったいどんな世界を見てきたのだろう。
ナオの気迫に押されていたせすは、我に返り足元に落ちていたシモンに折られたシャーマンブレードの刃先をその手に取った。セスの手の中で、それは再び淡く光を帯び始めた。
「まだ分からないのですか?そんな妖刀に頼る時点で、あなたは自分に負けているのです。」
ナオはセスに向きなおり、冷たい視線を送った。
「かっ!人間のガキに説教されるとは。まぁ、笑い話しには持ってこいだな。」
セスは月の光に剣先をかざした。土が盛り上がり出す。シモンは再び剣を構えた。
「こいつらに相手してもらうか。
まぁ、役には立たんと思うが。
余興ぐらいにはなる。」
セスの言葉に呼応するかの様に、
ふたつの土人形が姿を本来のものへと変えていった。ひとつは人間。その傍らに大型の犬として。
人間の方は脇を締め、顔の前で両の拳を構えた。犬の方は特に何もしない。ただ、なおを見つめている。
「この男は喧嘩屋だ。拳だけで飯を食ってた。俺にまで喧嘩ふっかけてきやがったから斬ったが、まぁそこそこやるぜ」
セスの目が嘲笑に歪む。さらに続ける。
「この犬は…知らねぇ。山岡なんて人みたいな名前だったか。この男と一緒にいたから、ついでに斬った。」
ナオは無表情ながら、声を震わせた。
「ついでに…斬った…」
途端に周囲の空気が冷たくうねった様な気がした。いや、うねらしている。この少女が。
「あーあ、怒らせちゃったよ。どうすんの、これ。」
セスの腕を切り落とした魔法使いが、呆れた風に残り2人の影に語り掛けた。
「さぁ、どうしましょう。」
影の1人が答えた。もう1人の影は何も語らない。
「後は頼んだぜ、ザ•マン。犬…お前はどうでも好きにしろ。」
ザ•マンと呼ばれた男は背中で答えた。それを見届け、セスは後ろへと跳躍する。その姿は木々の闇の中へと溶け込む様に消えた。
「逃がすか!このヘタレ!」
あの腕を切り落とした魔法使いが、
後を追い、闇へと消える。
「柏崎さん、あなたも北斗さんのお手伝いお願いします。」
無言の影は、やはり無言で北斗と呼ばれる魔法使いの後を追った。マントの裾から見えた肌は女のものだった。
ザ•マンの拳がなおを襲う。シモンが咄嗟に左腕で受け止めた。凄まじい衝撃にシモンは顔を歪める。魔力を帯びた拳は、シモンの身体に響き渡る。
更なる猛攻を受け止めたのは、ナオの小さな手の平だった。
「剣士様、下がって下さい。」
ナオの言葉はわずかに怒りに震えている。それを察して、シモンは身を引いた。
体制を立て直す為か、ザ•マンは後ろへと引き、間合いと取った。
その刹那、ナオの唇から呪文がこぼれ落ちた。
「ラブ…ファントム」
囁く様な声だった。ナオのその小さな身体から、煙のようなものが湧き上がり、すぐさま形を成した。
長い黄金の髪は風になびき、透き通るような白い肌は、月光を帯びて青にさえ見える。その肌を覆う鎧を身につけたその姿は、戦いの女神と呼んでもいいだろう。これがナオの力の源か。シモンは悟った。
ザ•マンはひるむ事なく、ファントムに拳を振り抜いた。しかし、その拳は宙を切った。いや、ファントムを捉えたがすり抜けたのだ。
ファントムの渾身の右脚の一撃がザ•マンの顔に向けて放たれる。
しかし、それを受けたのは犬の山岡だった。だが、受け止めきれずザ•マンと共に地面へと叩きつけられてしまった。
「土は土へ帰りなさい。」
ナオの言葉を聞いたわけではないだろうが、ザ•マンと犬は寄り添う様に形を崩して行く。
「また…守れんかったなぁ…ごめんなぁ…山岡…わしの男パンチ…貫けんかった…」
ザ•マンは崩れながらも、その手で犬の頭を撫でた。犬は嬉しそうに目を閉じた。やがてふたつの土の塊となるまで。
「いや、貫いたよ。お前の拳は俺の心を貫いた。」
そう言って、シモンは剣をその土の塊に突き刺した。
「この剣にしがみつけ。お前の無念。俺が預かる。」
僅かな青い光が、剣を伝い登った。
シモンが振り返ると、もうファントムの姿は消えていた。悲しげに見つめるナオだけがそこにいた。