問題解決……?
学園へ戻った悠たちを待っていたのは、一足先に戻っていたアレウスと、オークの半数を撃退したキョウであった。西門で二人と合流し、そのまま生徒会室へ行くことになった。生徒会室はここにいる全員が入っても余裕があるほど広いため、そこで報告を行うことにしたのだ。
第三魔導学園の生徒会室は三つの部屋の総称である。役員たちが普段から使う部屋、この部屋が主に生徒会室と呼ばれている。その他は資料が保管されている資料さ保管室、学園にいる生徒用の会議室である。
「どうやら上手くいったようですね」
廊下を歩いていると、アレウスが悠に話しかけてきた。
「フォーブレイ先生が道を作り、そのまま敵の増援を食い止めたと聞きました。そのおかげで、物量に押し潰されずに進めたそうですね。フォーブレイ先生の働きあってこそだと思います」
「そんなことはありませんよ」
「謙遜しなくてもよいですよ?」
「いえ、謙遜とかではないのですが……」
アレウスは苦笑しつつ話す。
「私なんかよりも、ミツルギ先生の方こそ活躍されたとか。王種を一人で討伐してしまったのでしょう?」
「それはそうですが……、フォーブレイ先生もできますよね?」
「どうでしょうか? 買い被り過ぎですよ」
そう言ってはぐらかすアレウスに、悠もそれ以上は尋ねなかった。
そうこうしているうちに、生徒会室に到着した。生徒会室に入ると役員たちは他の人たちに椅子を出し、自分たちも席についた。
「さて、疲れているところをすまんな。報告を頼む」
「まず王種二体ですが、どちらも討伐を確認しました。ゴブリンとオークは生徒たちと私でおそらく三割は撃破したと思います」
「王国魔導師団からの情報ですが、今回の襲撃に加わっていたゴブリン、オークの三割ほどは樹海へ逃げていったとのことです」
悠、アレウスからの報告を受けて頷くキョウ。
「ご苦労じゃったな。それで、王種発生の原因は分かったかの?」
「不明です……」
「やはり……か……」
苦い顔で言うキョウに、リョウカが質問する。
「学園長、『やはり』とはどういうことなのですか?」
「何から話すべきかの……」
そう言って考え込むキョウ。
「私が話しましょうか?」
「そうか、では頼む」
悠がキョウの代わりに話し始める。
「三年前にも今回のような事件が起きた。それは知っている?」
その言葉に息を飲む一同。それはつい先ほどトウワが話していたことだった。
「余り詳しくは知りません。三年前に大規模なゴブリンの群れが攻めてきた、とだけは聞いておりますわ」
「その時のゴブリンの群れ、率いていたのは王種だったのよ」
「えぇっ!」
悠の口から出た言葉に、思わず声をあげて驚いたハルカ。
「す、すみません」
周りからの視線が集まったのを感じて、思わず赤面してしまう。
「ハルちゃんが驚くのも無理ないわ。いくらなんでも王種が出すぎよ」
トウワが言った通り、王種にまで変異するような魔力の濃いところは普通そうあるものではない。
「簡潔に言うと、王種がここ数年で多数出現しているの」
「そんなに魔力が濃いところだったらすぐに見つかりそうなものですが……」
「王国の上層部もアキホと同じ考えで、何度か樹海に調査隊を送ったんだけど、成果なしよ」
「手詰まり、というわけですか」
「考えられるとしたら樹海の深層といったとこだけど……」
樹海の深層にはオーク、ゴブリンなどとは比べ物にならないほど強力な魔物がいる。当然そのような場所を探索できる人員は限られている。
「『ギルド』にも依頼しているらしいけどね」
悠の言う『ギルド』とは、『魔物討伐組合』のことである。この組合は依頼を受けて、能力の見合った者が魔物を狩るため派遣されるというシステムになっている。これは国に所属しているわけではなく、民間の組織だ。現在では大陸中に支部がある。能力さえあれば、国に雇われるよりも高収入を得ることも可能である。
「ですが樹海の深層は、宮廷魔導隊レベルかギルドのAランク以上の実力が必要ですよね?」
「ええ、だからほとんど調査が進まないのよ」
ギルドのランクというのは、実力ごとに区別されるため、依頼を受けるときの指標とするものである。特S、S、A、B、C、D、Fの七つからなり、特Sというのは竜種を一人で討伐できる能力が基準であるため、ほとんど存在しない。そのため、大陸十二門ほどではないが幾つかの特権を持つ。ちなみにその大陸十二門といえば、特Sランクの者を簡単に倒すことができる者ばかりである。つくづく規格外な連中である。
ただでさえ広い樹海の中であるのに、調査できる人員が限られる。これは調査において深刻な問題であった。
「その事は後で考えるとしようかの。ひとまず皆、今回はよくやった。戻ってゆっくり休んでよい」
「みんな、お疲れ様。寮に戻っていいよ」
「ねむーい」
「さあ、みんな戻りましょう……。ほら、シキちゃん、寮まで頑張って」
目をごしごし擦るシキを先頭に生徒会メンバーは生徒会室を退出した。続けてヒノ、ミヅキも部屋を出る。
「ジジイ、俺も寝るわ」
トウヤが最後に出ていき、部屋に残ったのはキョウ、アレウス、そして悠の三人となった。
「……それで、まだ話すことありますよね?」
「うむ」
「厄介事は嫌ですよ」
「さっさと話してください。ルイとネルが心配していると思うので早く帰りたいんです」
「全く、お主らは老人に厳しいな……」
アレウスと悠のキョウに対する扱いが雑なことに泣き真似しつつ、キョウは話し始めた。
「貴族の何人かが怪しい動きをしている」
「私たちには関係ないのでは?」
不思議そうにアレウスが尋ねると、苦い顔をしてキョウが言う。
「私兵を使って樹海を探索していたとしてもか?」
「本当ですか?」
「彼等の屋敷には同じ人物が出入りしているのを確認している」
「その人物の正体は?」
「分からん。それに姿を晒していたのもわざとかもしれん。事実部下たちは後をつけようとしたら、撒かれてしまったからな。こちらの動きは気づかれていたのじゃろう」
殺されなかっただけましだ、と言ってキョウは笑う。
「どこの家が動いているか、判明しているのですか?」
「今のところ男爵家が五つ、子爵家が三つじゃ。まあ、それだけとは限らんがの」
アレウスは答えを聞いて大きなため息をつく。
「厄介事は嫌と言ったんですけどね……」
「何言っておる、ギルド特Sランカー【光刃剣聖】のアレウス・フォーブレイ。大概のことならお主にとって簡単なことじゃろう」
「簡単だからといって厄介でないわけではないのですよ……。力(物理)で解決できることなら別ですが、権力は面倒です」
同意とばかりに悠も頷く。
「私の息子と娘が危害を加えられなければ私から動きたくはないですよ」
「ハッハッハ。お主らにもその力を借りることもあるかもしれぬ、という話じゃよ。そんなことにならないようにするがの」
そしてキョウは二人にもう帰ってもよいと伝えた。
アレウス、悠も立ち去ったあと学園長室にキョウは戻っていた。
「さて、どうなるかの……」
朝日が上るとき、王都からの呼び出しがくるだろう。あからさまに怪しい一部の貴族たち、危機感の薄れた王国上層部、悠たちには伝えなかったが帝国にも何かが起きているらしい。問題は山積みだ。
「面倒じゃな……」
キョウは憂鬱そうに呟き、明日からの対応に考えを巡らせた。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
今は真夜中、家も真っ暗です。いろいろなことがあったため、帰るのが遅れてしまいました。疲れたので早く眠りたいです。キョウさんからの話を考えるのは後にしましょう。
家の中に入り、寝室を覗くとルイとネルは眠っていました。二人で寄り添うようにしています。今回の事は都市内の人々も不安だったでしょう。もちろんこの子たちも例外ではなく、怖い思いをしたに違いありません。
「ごめんね、今日みたいな日に一緒に居てあげることができなくて……」
その年齢よりもずっと思慮深く、落ち着いているルイが、怖がるネルを励ましている様子が目に浮かびます。ルイだって本当は怖かっただろうに……。
「お母さん? 帰ってきたの?」
二人を覗き込んでいたら、ルイが目を覚ましてしまったようです。
「ただいま、ルイ」
「お帰り。お母さん大丈夫? 怪我してない?」
私の心配をしてくれるルイに笑顔で大丈夫と返します。
「よかったー」
そんなことを言うルイ。私なんかよりもずっと大変だったでしょうに。
「ルイ、怖かったよね、大変だったよね」
「……うん。でも、お兄ちゃんだから頑張ろうって……」
ルイを優しく抱きしめます。
「お疲れ様、ありがとう」
「お母さんも、お仕事お疲れさま」
毛布が動いたと思ったら、もう一人の子どもが起きてしまいました。二人とも起こさないようにと思っていたのに、どっちも起こしてしまいました……。
「……おかあさん?」
まだ少し眠そうなネル。次の瞬間猛烈な勢いで抱きついてきました。
「……おかえりなさい」
「ただいま、心配かけた?」
「うん」
ルイを左腕に、ネルを右腕に抱きしめ、しばらくそのままでいると、二人ともうつらうつらとしてきました。
「ほら、ちゃんと寝なさい」
「……やだ、おかあさんと寝る」
「……ぼくも」
うん、やっぱりうちの子どもたちは最高に可愛い!
「ちょっと待ってて、すぐ寝る準備するから」
シャワーを浴びて、すぐに寝室へ向かうと二人はすでに夢の中。……まあ、そうなりますよね。
「おやすみ、ルイ、ネル」