第三魔導学園の長い一日 その六 <改>
シキにオークの王が迫っていたとき、トウワはゴブリンたちを相手にしていた。その場にいたゴブリンは見事な連携でトウワを足止めする。このままでは援護に向かうことができない。
「しつこいわ! いけっ」
トウワが手をかざすと、水の渦が細長く伸びていき、ゴブリンたちの身を抉る。
(まさか王種が二体もいるなんてね……。流石に分が悪すぎよ)
「シキ! 左からだ!」
トウワの耳にヒノの叫びが飛び込んできた。咄嗟にシキの方に目をやると、今まさにシキがオークの王に槍で貫かれようとしているところであった。トウワは防御魔法を構築しようとするが、既に間に合うタイミングではなかった。
「シキちゃん!」
シキは珍しく困ったような顔をして、苦笑していた。
「私の教え子になにしてくれてんの!」
その時、銀色の閃光と共に馴染み深い声が聞こえてきた。
『先生!』
その閃光はオークを横から蹴り飛ばした。
「遅くなってごめんね。間に合ってよかった。気をつけなさいよ」
『…………』
「何その反応? 何でみんな無言なの?」
「えーとその格好、何の冗談ですか?」
「ボクの耳、おかしいのかな? 目の前の人っぽいものからミツルギ先生の声がしやがるんですが……。いや、それとも目が変になったのかな……」
「何で人っぽいもの扱いなの、私……」
「先生、普通の人はそんな耳生えていませんし、尻尾もありませんわ」
「モフモフだー」
いまだに戦闘が続いていることすら忘れて、全員が目の前にいるものに目線が釘付けとなっているが、仕方ないことである。なぜなら目の前にいるのは、いつもの黒髪ポニーテールに刀を持った悠ではなかったからだ。銀髪紅眼の狐耳&狐尻尾の声だけ悠という謎の人(?)がいた。というか尻尾多い。そしてモフモフしている。誰もが思わずモフリたくなるような尻尾だった。
会話中にミヅキが戻ってきた。吹き飛ばされたあと、オークが周辺に群がってきていて、なかなか突破できなかったのだ。
「グッ……」
ミヅキは敵の攻撃を避けながら合流してきた。先ほど蹴られたときに肋骨が折れているのだろう。呼吸が苦しそうである。
「あ、ごめんミヅキ、任せっきりにしちゃって」
「本当ですよ、何してるんですか皆さん。自分一人ではさすがに厳しいです」
ヒノが軽く謝ると、ミヅキが愚痴をこぼす。
「まぁこの格好のことは後回し、まずは元凶を叩きましょう」
そう言って悠は敵と向き直る。
「そうですね、では予定通りオークの王はお願いしますよ」
「もちろん、みんなもそこそこ戦えてるみたいだし、ゴブリンの王は予定通りお願いね」
「はーい」
それだけ言うと、先ほど蹴り飛ばしたオークの方へ行ってしまった。
「先輩方、大丈夫か?」
「他のみんなはどうしたの?」
ミヅキの治療をしながら、トウワはアキホとハルカが無事かを尋ねる。アレウス? 第三魔導学園に来て、まだ数年の若い先生だが、彼はソロで竜種を狩ったこともあり、その強さは本物だ。これは第三魔導学園の生徒なら誰もが知っていることである。よって心配する必要なしである。
「後ろからすぐに来るみたいですよ」
「何でこんなに早くここに?」
凄く微妙な顔をしてトウヤが言った。
「あの先生的な謎生物が、ものすごく強力な魔法で周囲の敵を虐殺した……」
「……」
もはや何も言えないトウワであった。
「先輩、アタシはミツルギ先生があんなことできるなんて聞いてないですよ」
「あら、ハルちゃん怪我ない? あったら治すわよ」
「あっ、大丈夫です……って話そらさないで下さい!」
「いや、わたしもあれ知らないし……」
ハルカを相手にしながらトウワは考える。
(なぜ王種が二体も……。それにこの短期間で二度もの魔物の来襲、いったい何が?)
◇ ◇ ◇
「ダウン復帰したオークの王、倒してしまってもいいですよねっ!」
いつもよりテンション高い悠は、首にかけていた銀十字架のネックレスを外して空に放り上げる。
「アスカロン!」
その言葉と同時に十字架が輝き、一瞬の後に悠の身長よりも大きな両手剣が突き刺さる。
普段悠がつけている銀十字のネックレス。あれは待機形態で、本来の姿はこの巨大な剣。悠が大切な人たちから貰った、アスカロンという銘をもつ剣。
オークの王は土属性魔法を使えるらしく、地面から槍を作り出して投げてきた。悠は地面からアスカロンを抜き、飛来する槍を切り裂く。
オークの王の元へ、周辺からオークが集まってきた。恐らくこれらが精鋭なのだろう。王はさらに槍を作り出し、周りのオークたちに持たせる。そしてそれらを悠に向かって一斉に投げつけてきた。
しかしその攻撃は無駄に終わった。悠は一つ残らず全ての槍を雷魔法で撃ち落とす。魔法とは本来詠唱や技の名を告げることを必要としない。あくまで詠唱とは発現させるためのイメージを補助するものである。つまり無詠唱でも可能なのだ。
突然二体のオークが悠の左右から現れた。奇襲のつもりなのだろうが、敵が潜んでいたことなど悠はとっくに分かっていた。九本の尻尾のうち二本をそれぞれオークに向け、雷を放つ。オークたちは地面に崩れ落ちる。
(私の尻尾は凶暴です。なんてね)
魔法を使用するには、発現媒体が必要となる。通常生き物の体は全身で一つの発現媒体となっている。魔導師や騎士は、武器にも媒体を着けるため、魔法の並列制御は二つ、もしくは三つまでというのが普通だ。しかし悠の尻尾は一本一本が発現媒体となっているのだ。それは一本につき、一つの魔法を制御することができるということである。
「終わりです、【ライトニング】!」
周辺の敵を無視して王の元へ一直線に駆け抜ける。そのまま右腕を落とす。そして続けて一閃。
(ハラワタをぶちまけなさい!)
腹部を大きく裂かれたオークの王からは、滝のように血が流れていた。
「倒した?」
思わず呟いてしまった悠。
(これはフラグが!)
そんなことを思ったからだろうか。悠はオークの王から強い魔力を感じた。
「マダ、シネヌ……コンナトコデハ……」
(復活した!? あと二回変身を残しているとでも!? 伊達に王種ということではないようね……)
王種とは元々大気中の魔力濃度があまりにも濃いところにいた、ある程度の強さを持った魔物が変質してなるもの。元の長所をさらに伸ばした性質をもつ。オークの特徴の堅牢な皮膚、そのタフな体は自然治癒力もかなりのものがある。
魔法とは精神の、そして魂の力である。そのため気力で力が上がるということがあり得てしまう。
(だからって死の間際に限界突破というわけですか。主人公補正でもついてるんですかこのオークには!?)
「ガァーッ!」
オークの王の叫びとともに大地が隆起する。
「【ハイブースト】」
悠は尻尾から風を噴射させ空中へ回避する。九本の尻尾で姿勢制御を行い、オークの王と対峙する。
王種の魔力量、そしてその力を甘く見ていたことを悠は自認する。王の周囲は土槍が半径五十メートルほどに渡って出現していた。
「ツブス」
オークの王が復活した右腕を降り下ろす。上空を見上げると、かなりの数の岩が悠に向かって落ちてきた。
悠は風属性魔法で足場を作った。そして静かに剣を構える。悠の持つアスカロンに魔力が流れ込んでいく。
「一刀両断、【空破氷刃】」
氷属性を宿したアスカロンを振り抜く。氷の刃が空を裂き、一瞬で岩を砕いていく。しかしこのままでは、周辺で戦っている味方にも破片が降り注ぐだろう。
「【サンダーヴォルテックス】」
悠は竜巻を作り出し破片を集め、雷によって破片をさらに細かく粉砕した。
「これで終わりですか? なら次はこちらの番です」
悠はアスカロンに風属性を付加する。【ハイブースト】で一気に近づき横をすり抜け様に斬る。だが、当然ながら強化された治癒能力でオークの王の傷が治る。
「こっちが本命!」
それもすべて想定内であった。悠は尻尾を全て進行方向に向けて、風を逆噴射させる。オークの王に反応する暇を与えず、背後からアスカロンを突き立てる。
「飛び散れ!」
アスカロンの刀身から烈風が吹き荒れ、オークの王の体内を抉った。足が吹き飛び、内蔵も飛び散る。いくら治癒力があったとしても体内から吹き飛ばせば、と考えての攻撃だったのだが……。
「えっ?」
ここまでのダメージを与えてなお、オークの王は抵抗した。辛うじて残った腕で悠の足を掴んで足止めをしつつ、上空から巨岩を落としてきた。先ほどとは違い数こそ一つであるものの、サイズは比べ物にならないくらい巨大。直径百メートルほどはあるだろうか。もはやオークの王は事切れて物言わぬ肉片となっている。しかし、悠を巻き込むことには成功していた。
それでもオークの王にとって不運だったのは、相手にしていたのが悠であったということであろう。
悠は鋭い視線で巨岩を見つめて、九つの尻尾を全て天に向ける。同様にアスカロンも岩に向かって突きだす。アスカロンと九つの尻尾の一つ一つに光が集っていく。そして光が集束していき、ついには解き放たれた。
「【ライジングブラスター・フルバースト】」
紫閃の剣が黄昏の空を照らした。