第三魔導学園の長い一日 その四 <改>
学園まであと少しのようだ。ついさっきシキちたちは無事に先行部隊を撃破したとの連絡がきた。第四学年と救出隊が帰還するのを待っているとのことだった。それを聞き四年生の顔も明るくなった。
「オーク接近!」
どうやら進行方向に敵が出現したようだ。
「数は十です。いや、横からゴブリンの群れがっ!」
(少し不味いかな?)
疲弊しているこの隊でオークだけならまだしもゴブリンまで相手にするのは至難の技である。
「ゴブリンはわたしとハルちゃんに任せてください。皆さんは前方のオークに! いいわよね、ハルちゃん?」
「はいっ! 頑張ります!」
トウワがハルカに呼びかけ、トウワたちは右側からくるゴブリンの群れを相手にすることになった。
「まずはわたしからいくわ! 【ウォータートルネード】」
水の渦で群れを周囲の木ごと削りとる。そこに追撃としてハルカが魔法を撃つ。
「【ストーンフォール】」
頭上から岩を降らせるハルカ。
「半分くらい残ったわね」
「どんどんいきますよ!」
そう言って、ハルカは落ちていった岩のいくつかを再び上に浮かばせる。そしてまた落とす。浮かせる。落とす。浮かせる。落とす。
(……ってどんな無限ループ!? っていうか岩の下に変な色のシミが見えるけどあまり気にしないほうが良さそうね。知らない方がいいこともあると思うの……)
「ハ、ハルちゃん? もうその辺でいいと思うよ。」
「あ、そうですか」
(ハルちゃんがちょっと怖いよ……)
後輩の容赦なさに戦慄する副会長だった。
トウワたちがゴブリンを撃破し、第四学年のところに戻ると、まだオークとの戦闘中であった。第四学年ならば、もう片付けていてもおかしくはないはずである。だが現実に戦闘は継続中であった。
「手伝いましょうか?」
「お願いします」
トウワは苦戦している理由にすぐに気づいた。地面に倒れているオークと戦闘中のオークの数は合計で二十体。さっき見つけた数は十体。
「ねぇ、オーク増えていませんか?」
「あの後さらに十体ほど来まして……」
今、ここにいるのは六体だから九体は倒したということになる。消耗していたとしてもそこは四年生。さすがの腕前である。
(乱戦なのであまり広範囲の魔法は使えないわね)
「ハルちゃん、いくよ!」
「【ガイアソード】」
ハルカは地面から四本の剣を作り出す。その剣を【レヴィテーション】で浮かせてオークの一体に向けて飛ばす。何度も何度も執拗にオークを切りつける剣。それは乱戦のなかで、実に効果的なものであった。
「【アクアチェーン】」
対するトウワは攻撃魔法を使わなかった。トウワが考えていた通り、味方を巻き込む可能性のある魔法は使うことができない。だからトウワは戦い方を変えることにしたのだ。
水の鎖が二体のオークの動きを止める。
「今です!」
『はいっ』
風紀委員会の四年生を中心にオークを撃退する。そのなかの何人かの生徒が縛られているオークに剣を突き立てた。
「トウワ先輩、終わりました!」
「お疲れ、ハルちゃん。でも、まだ気を抜いたらダメだよ」
「はいっ」
そしてトウワは今の戦闘で負傷した人の怪我を治し始めた。
そうしてトウワたちは無事に学園へ帰ることができた。
第三魔導学園西門に第四学年は到着した。第三魔導学園には東西南北に一つずつ門がある。
彼らは無事に学園に戻ることができたからか、それぞれ顔に笑みを浮かべていた。
彼らとともに帰還したトウワとハルカも、一息ついていたときだった。
「おかえりー」
能天気な声が聞こえてきた。
「ただいま、シキちゃん」
「ただいまです、会長」
学園へ戻ってきたトウワに対していつもの調子で挨拶をするシキ。緊張感がないのはシキだから仕方がない。
「シキちゃん、他の皆さんは?」
「みんな少し休憩中。私は見張り? みたいなことをしてるー」
「偉い、偉い」
「また子ども扱い!?」
不満そうに頬を膨らませるシキを放置するトウワ。なぜトウワがシキを放置したかというと、どうせ暇だから彷徨いていたのだろうと考えたからだ。そしてそれは間違ってないのだ。
トウワは生徒会室へと歩き始めた。そんなトウワを慌ててハルカは追いかけていった。
「あ、おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
「ただいま、アキちゃん、リョウちゃん」
「ただいまです、アキホ先輩、リョウカ先輩」
生徒会室に行くとすでにリョウカとアキホがいた。紅茶を飲んでいたようである。
(あれは……)
「リョウカ、腕を見せて」
「はい」
「そっちじゃないわ、左腕よ」
「…………」
リョウカがトウワに右腕を見せてきたが、トウワが気になるのは左腕の方だった。
なお渋るリョウカであったが、トウワがさらに強い口調で言う。
「ほら、早くしなさい」
「……はい」
リョウカは観念して左腕をトウワに差し出す。
「骨折しているわ。すぐに治療するから。それにしてもどうして黙ってたの?」
「トウワ先輩ならきっと治そうとされると思ったからです。先輩の魔法はかなりの魔力を使われますから、ただでさえいつ敵が来るかも分からないの状況で、余計な魔力を使われるのは……」
(この子はわたしの心配をして、黙っていたの? まったく気を使いすぎよ……)
「大丈夫、癒しはわたしの本領よ。さぁ治すわよ【カラドリウス】」
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。それと……ありがとうございます」
「気にしない、気にしない」
トウワは、リョウカがそんな気遣いをしてくれたことがとても嬉しかった。
派手な音をたててドアが開いた。
「みんな戻ってきたよー」
トウワたちが生徒会室に戻ってきてから一時間ほどして、シキが部屋に入ってきた。
「本当ですか!」
「ミツルギ先生だけまだだけどねー」
「それよりシキちゃん、ドアを開けるときはもっと静かにね」
「はーい」
悠のことはここにいる人全員が心配していなかった。いや、一人心配している者がいた。
「ミツルギ先生大丈夫でしょうか……」
「だいじょーぶだよ! 先生だもん」
理由になっていないような台詞でハルカに答えるシキ。そんなことをしているうちに、またドアが開いた。
「おじゃましますよ」
「しつれーします」
「失礼します」
アレウスたちが入ってきたのだ。
「怪我があれば治しますよ?」
「治療が必要なレベルの怪我はないから大丈夫ですよ」
「問題ねーですよ」
「自分も大丈夫です」
だが怪我はなくても疲れはあるようで、声に疲れが滲んでいた。
「皆さんお休みになられたらどうですか?」
「私は大丈夫ですよ」
アレウスはそう言うが、今は少しでも休むべきだろう。
「ボクはお言葉にあまえさせてもらいます。もちろん敵が来たら出ますけどね」
「自分も少々休ませていただきます」
風紀委員会コンビは休むようだ。
「生徒会の皆さんはどうするのですか?」
アレウス先生の言葉に役員たちは声を揃えて返事する。
『おやすみなさい!』
満場一致で休憩することに決まった。
◇ ◇ ◇
悠は樹上で息を潜めていた。現在悠は敵の本隊と思われる集団の数を確認している。微弱な電磁波を放って敵のおおよその数を探知しているのだ。これは魔導具を使用して数をカウントする。
「おおよそ三千ってとこでしょうね」
街にいる国家魔導隊はおよそ二百。戦力差が絶望的である。ゴブリンが二千、残りがオークといったところであろうか。
「!」
現在悠は限定的に能力を解放している。そのおかげで見えた強力な魔力。
(この魔力量は……)
「やはりオークの王もゴブリンの王もいますね」
運が悪い、普通ならそうとしか言えなかった。しかし悠はそうとらなかった。
(ピンチはチャンスということもあります。王が確認できるところまで出てきているのだから討ちやすい、と考えましょう……)
しかし、この状況で王のいるところまで突っ込むのは難しい。一度戻って許可をとろう、と思い、悠は学園に帰った。
悠が第三魔導学園西門に着いたのは、午後二時くらいであった。少し周りのオークやゴブリンを狩っていたら時間がかかってしまったのだ。
(子どもたちは今どうしているかな。怖がってないかな。不安になっているだろうな……)
いつも通り子どもたちが心配な悠であった。
悠はそのまま学園長室まで向かう。
「キョウさん」
「今戻ったのか?」
「はい」
「数は?」
固い表情で悠に問いかけるキョウ。
「ゴブリン約二千、オーク約千です。ゴブリンとオークで分かれて二方向からきます。」
「いつ頃攻めてきそうだ?」
「この進軍速度では、狙いは夜かと……」
「そうか、助かった」
「いえ、いつもお世話になってますから」
キョウは表情を崩し、微笑を浮かべていった。
「少し休んだらどうだ?」
悠も先ほどまでの固い感じのない言葉でいった。
「では、一時間程度休ませてもらうわ」
「みんな頑張ったようね」
生徒会室に悠が入ったとき、シキ、トウワ、リョウカ、アキホ、ハルカが眠っていた。今日の作戦がうまくいったのだろう、役員たちは穏やかな顔で寝息をたてている。夜になったらもう一仕事あるのだ。今はゆっくり休むのがいいのだろう。
そして悠も、役員たちを起こさないように眠りし始めた。
日が傾き始めたころ、悠はというと生徒会役員、風紀委員会のメンバー(アレウス含む)、何でも屋とともに最後の確認をしていた。わざわざ敵が攻めてくるのを待つ必要がないということで、こちらから攻めることになったからだ。
「ということで、私が王を討ちにいく間、都市にやってくる雑魚をお願いするわ」
「ミツルギ先生にとっては雑魚でもオークはそこそこ強いですよ」
不思議そうに首を傾ける悠に、一同は呆れ顔である。
「ミツルギ先生、王はオークとゴブリンの二体いるのでしょう。どちらも先生が倒すおつもりで?」
「そのつもりだけど……」
リョウカがそんなことを聞いてくるが、アレウスには学園の生徒の指揮を頼んであるうえに、王が相手だったら生徒たちでは少し心配だということもある。
「ミツルギ先生、周辺のゴブリンやオークがいなければ、ここにいる子たちで王を倒すこともできるのでは?」
「確かにフォーブレイ先生の言う通りですけど……」
王はなんとかなるとしても取り巻きが邪魔で、王との戦闘中に後ろから攻撃されたらこの子たちでも危ないでしょう。
「ゴブリンの方は任せてあげてもいいのでは? 下手な国家魔導隊の方々より強いですよ、皆さんは」
確かに手が多いに越したことはない。悠は迷っていた。
「みんな、お願いしてもいい?」
「もちろんだよー」
一同の気持ちを代弁してシキが答える。
悠はそれを聞いて笑みになった。
「オーク千体の方は手出し無用よ。王国魔導師団の人たちにもそう言っておいてもらえる?」
「ミツルギ先生!? 大丈夫なんですか?」
「問題ないわ、学園長にも出てもらうし。それよりもみんなも無理しないでね?」
「オッケー」
「わかりました」
「了解ですわ」
「任せてください」
「はいっ」
「わかってますよ」
「了解しました」
「リョーカイ」
「ミツルギ先生もお気をつけてください」
第三魔導学園西門で一人の老人がぼやいていた。
「なぜ儂まで……」
「たまにはいいでしょ? 少しは暴れないと腕が鈍るわよ」
愚痴をこぼすのは学園長。容赦なく仕事を押し付ける悠。二人の間には確かな信頼があった。
(この人も規格外の癖に、気分屋だからね)
悠は密かにため息をついた。
「アレ、使っていいかな?」
「この場合は仕方あるまい、思う存分やればいい。なんとか誤魔化そう」
「じゃあ、いきましょうか」