おそろしい物質
惑星調査団の主要メンバー達が、大型宇宙船のある一室に集まっている。
半円状のテーブルを囲み、奥の大型ディスプレイ横に立っている白衣の研究員を、神妙な面持ちで見つめていた。
「さて、現在調査中のTI-9星についてですが、生命体の形態や住環境からして、我々にごく近いものであり、移住に適することが期待されていました……。ディスプレイをご覧ください」
手元の資料とディスプレイを交互に眺める面々。そして研究員は淡々とその生態について語り始めた。
汚染や人口爆発による将来の影響を考えた人類は、新たな移住先を探すために惑星調査団を結成した。
様々な星を渡り歩いたが、なかなか環境の恵まれた星はないものである。ようやく見つけた今回の星については、かなりの類似点があることが確認できたこともあり、大きな期待がされていた。
そこで、宇宙船で惑星付近まで近付き、小型自動探査艇を飛ばすことにしたのだった。そして今、その調査結果が発表される大事な会議が始まったのだった。
研究員の言葉に、いよいよ期待の高まる主要メンバー達。まだ話の途中だというのに、ひそひそと浮足立ったことをささやき合っている。
「ここしかありませんな」
「先住民がいますが、どうしましょう。友好星になるよう交渉して土地を……」
「いやいや、それにしても数が多すぎる。科学技術もこちらが圧倒的に上です、簡単に占領できるでしょう。もし役立つようなら奴隷や家畜にでもしましょうか」
そんな穏便でないことを言いながら、主要メンバーの一人がにやにやと笑った。
が、そんな明るい雰囲気も、次の研究員の言葉で沈黙に変わる。
「ですが、今回の調査によって安全性が懸念される要素が発見されました」
ディスプレイにはなにやらグラフや成分表のようなものが表示され、研究員は言葉を続ける。
「今回自動探査艇が採取した物質ですが、研究によって重大な結果が出ました」
息をのむメンバー達。
「その物質、資料の4ページ目にあります《IKU9》と名付けたその物質ですが、恐ろしいほどの中毒性がある物質であることがわかりました。そしてTI-9星には《IKU9》が蔓延しており、その星にいるすべての生命体がそれを摂取している状況です」
「それを摂取するとどうなるのかね?」
恐る恐る聞いたメンバーの一人に、研究員は資料を見ながら淡々と答える。
「研究結果では、TI-9星の生命体達はそれを摂取することでしか生命を維持できない状態になっています」
「なんと……! では、摂取しなければどうなるのかね?」
「その物質の供給を止めると、生命体はほんのわずかな時間で死に至ります」
部屋の中がにわかにざわつき始める。その様子を見ながら、研究員は続ける。
「今回は自動探査艇による調査であり、研究も厳重に管理された体制だったので問題はありませんでしたが、もし誰かが上陸してその物質を摂取していたら、その生命体のような状況になっていたかもしれません。TI-9星を移住先とするならば、その物質を中和するか消し去る方法が必要になるでしょう」
その方法はすぐにはもちろん見つかるわけもなく、その問題を除けば理想的な環境だったTI-9星への移住の件は、一旦保留となった。そして宇宙船は、星の軌道を離れ、また別の星系へと向かって飛び立っていくのだった。
会議を終えて、メンバーの一人が研究員と並んで廊下を歩いている。メンバーは心底残念そうに言った。
「いやあ、惜しいことをしたな。そのおそろしい物質さえなければなあ。ところでそこにいる生命体たちはそんな物質を摂取してることを自分で気づいているのか?」
「気づいているようだな。その物質に呼び名もついている。ほとんどの生命体はそれの摂取を当然のことだと思っているか、気にもしていないか。時にはありがたがる者もいるようだな」
「生まれた時から中毒になるというのは恐ろしいものだな。ちなみになんて呼び名だって?」
「ああ確か……」
研究員はとっさに思い出せなかったようで、資料のページをぱらぱらとめくって、あるページの手書きのメモを発見した。
「そう。クウキ、とか言うらしいな」
彼らにとって必要のない物質。それを受け入れる存在に対して、二人は変な生き物だな、と首をかしげた。
TI-9は「チキュウ」
IKU9は逆から読んで「クウキ」
なんちゃって。