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谷口さんと山内さん

新入社員の初恋事情

作者:

『中堅社員の恋愛事情』の続き。女の子視点です。

まぁ、上記を読んでいただかなくても多分差し障りはないかと思いますが…。

 何故でしょう。わたし、最近おかしいんです。

 頭が沸騰したようにぐるぐるして、仕事が何も手につかなくなって……ずっと、あの人のことばかり考えてしまって。

『俺、君のこと好きになっちゃったかも』

 あの日、あの人が話していた『好きな人』のことがどうしても気になってしまって、帰ろうとする彼の姿を追いかけたわたしに、エレベーターの中であの人はそう言いました。

 悪戯っぽく笑うあの人の――谷口(たにぐち)さんの顔が、それ以来ずっと頭から離れません。あの時のことを思い出すたびに、胸がキュウっと絞られるように痛んでしまうんです。

 あんなの、冗談ですよね?

 なのに、どうして……どうしてわたしは、こんなにもドキドキしているのでしょうか。こんな気持ちは生まれて初めてです。

 いったいわたしは、これからどうしたらいいのでしょうか……。


「おはよう、山内(やまうち)さん」

「……っ、おはようございます」

 声をかけられて思わずどもってしまったわたしを可笑しく思ったのか、谷口さんは控えめにクスリ、と笑いました。そういう一挙一動がすごく扇情的で、わたしは思わずうつむいてしまいます。

 しかし、悶々と考えてしまっているわたしとは裏腹に、当の谷口さんは今日もいつも通りです。ここまで何事もなかったような態度をとられてしまうと、なんだか憎らしく思ってしまいます。

 ――あの日のことは、やっぱり冗談だったんですか?

 他のみんなも見ているオフィスの中で、わたしはついそんな風に谷口さんを責めてしまいそうになります。

 そんなことをしても、後々面倒なことになるのは分かりきっていることだというのに……。

 特に最近は、周りの社員さんたちに「結局、好きな奴って誰なんだよ」とか「さっさと暴露しなさいよ~」とか、何かと好奇の目を向けられている谷口さんです。そこでわたしが先ほどの質問をしてしまっては、あられもない噂が立ってしまうのは明白でしょう。

 ここはわたしも、何事もなかったかのように振る舞わなくては……。

 倒れてしまいそうな気をどうにか奮い立たせ、わたしも自らのデスクへとつき、仕事を始めることにしました。


 ですが、目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものでして……。

「ねぇ、絵梨(えり)って最近よく谷口さんのこと見てるけど……もしかして、好きなの?」

 仕事もひと段落終えた昼休み、隣の女子社員さんにいきなりそんな風に聞かれ、わたしは飛び上がりそうになってしまいました。

「う、うぇっ!?」

「動揺しすぎ」

 クスクス、と彼女は笑います。それにつられるようにして、周りにいたほかの社員さんも、わたしを見て笑っていました。うぅ、何故だか最近谷口さんだけじゃなくて、いろんな人に笑われているような気がします……。

 この人たちに目をつけられてしまうと、もう逃げ場がないということは分かっているんです。そういうことに対して、すごく貪欲な人たちだからです。

 わたしはとにかくこの場をどうにかやり過ごそうと、曖昧に笑いながら否定してみせました。

「そ、そんなこと……あるわけないじゃないですか」

「ふぅん?」

 先ほどの女子社員さんが、ねっとりとした目でわたしを見つめてきます。まるで蛇のようです。怖いです。

「それにしては、顔、真っ赤だけど?」

 ハッとして、わたしは思わず自分の頬を押さえました。どうしてでしょう、そこは熱気を持っていて、すごく熱くなっていました。まるで自分が、発火装置にでもなってしまったかのようです。

「違います……ちょっと、熱があるのかもしれないです」

 苦し紛れではあったけれど、とっさにそんな嘘をつきました。

「へぇ、それは大変」

 ちっとも大変だとは思っていなさそうに、女子社員さんは言いました。「これは早退した方がよさそうね」なんてわざとらしく言いながら、わたしの荷物をてきぱきとまとめていきます。止めようとするわたしのことなどまるで眼中にないように荷物をまとめ終えると、そのままどこかに向かって歩いていきます。

 やがて彼女は、別の場所で男性社員さんたちと昼食を共にしていた谷口さんへ、わたしの鞄を差し出しました。

「……何?」

 これにはさすがの谷口さんも、何事だとでも言わんばかりに眉根を寄せながら尋ねています。

 しかしそんな谷口さんの様子などまるで気にせず、彼女はにっこりと少々気味が悪いほどの満面の笑みを顔いっぱいに貼り付けながら、嬉々とした声で谷口さんに言いました。

「絵梨――山内さんが、調子悪いみたいだから。心配だし、送ってあげてちょうだいよ」

 おろおろとしながらその様子を見ていたわたしに、谷口さんがふっと視線をやりました。目が合ってしまうと、まるで条件反射のようにわたしの顔はみるみる熱くなっていきます。

「そうだね、確かに、調子悪そうだ。顔がリンゴみたいに真っ赤だよ」

 口元に意地の悪い笑みを浮かべながら、谷口さんが言いました。そして食べかけのお弁当を片付けてから立ち上がると、流れるようなしぐさで彼女から拉致されたわたしの鞄を受け取り、こちらへと近づいてきます。

 「行こうか」と、谷口さんはわたしを促しました。けれどわたしの身体はすっかり強張ってしまい、動くこともできません。

 仕方ないな、というように、谷口さんは一度ため息をつきました。そして――……。

「――ひゃっ!?」

 わたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。あろうことか、谷口さんが動けないわたしの手を絡め取ったのです。

「な、な……」

「行くよ」

 金魚のように口をパクパクと開閉させることしかできないわたしに、谷口さんはそう言って微笑みました。そのままわたしの手を引っ張り、出口に向かってずんずんと歩いていきます。どうしましょう、これではまるで愛の逃避行ではありませんか。

 オフィスから上がる社員さんたちの黄色い声にも構わず、そのまま谷口さんはわたしを連れて、オフィスを出てしまいました。


「……にぐち、さんっ、谷口さん!!」

 わたしよりもずっと長い足で、しかも早足でずんずんと歩いて行ってしまう谷口さんに、わたしは息も絶え絶えに声をかけました。しかし彼は一心に前しか見つめておらず、わたしの声など届いていないようです。

 エレベーターを待つところで、ようやく谷口さんは止まってくれました。

「……っ、はぁ、はぁっ」

「大丈夫?」

 息を整えようと必死になるわたしとは対照的に、谷口さんにはちっとも疲れた様子がありません。少しだけ落ち着いたところで、わたしはキッと眉を吊り上げながら谷口さんを見上げました。

 しかしこうして向かい合ってみると、彼とわたしの身長差というものは一目瞭然です。谷口さんの胸のあたりまでしか身長のないわたしが彼の顔を見上げるためには、目いっぱい首をそらさなければなりませんでした。

 谷口さんはわざとらしく驚いたような顔をしました。

「何だい、怖い顔して」

「何だい、じゃないですっ。一体どういうつもりなんですか!」

「何が?」

 わたしの精一杯の抗議にも、谷口さんは相変わらず飄々と笑っています。わたしの好みの顔立ちであるところが、さらに癪に障ってなりません。

 わたしはいつもなら使わないであろう大きな声を張り上げながら、谷口さんに掴みかかるように近づきました。

「こんなことして……っ、明日もし噂になっていたら、一体どうするおつもりなんですか!?」

 谷口さんは少しだけのけぞりながらも、こう尋ね返してきました。

「嫌なの?」

「い、嫌って……」

「俺との噂を立てられるのは……そんなに、嫌?」

 少しだけ寂しそうな声色で言われるのに、胸がどくん、と音をたてました。それは良心からくるものだったのか、彼自身にドキッとしてしまったからなのか、わたしにはわかりません。

 わたしは思わず彼と距離を取り、顔をそらしてしまいました。

「そんな……嫌って、わけじゃ」

「じゃあ君は、俺のこと……好き?」

「えっ」

「俺は好きだよ」

 思いがけない言葉に、一瞬頭がフリーズしてしまいました。おずおずと彼の方を見てみると、彼はまじめな表情で、まっすぐにわたしを見ていました。

「いつも空回りしながら一生懸命頑張ってるところも、普段は無口でおとなしそうだけど、実はすごく根が強くてしっかりしてるところも、俺と目が合った時に見せる、リンゴみたいに真っ赤に上気した小さな顔も……」

 射るようなその視線からは、逃げることなど許さないというような雰囲気がビシビシと伝わってきます。

 頭の整理が追い付かないわたしに、さらに追い打ちをかけるように谷口さんの言葉は続きます。

「あの時『好きになっちゃったかも』って言ったのは、半分冗談だった。なのに……気付いたら、目で追ってた。知らないうちに、本当に好きになってたんだよ、君のこと」

 わたしは目をそらすこともできないまま、ぐるぐると走馬灯のように浮かんでは消える思いに頭を混乱させていました。

 好き……?

 スキって何? すき焼きの略称ですか?

 わたしが黙り込んでいると、谷口さんが促すようにもう一度尋ねてきました。

「君は、どうなの。俺のこと……どう思ってる?」

「……」

 どうしよう、身体が熱い。心臓が荒れ狂うようにどくどくと早鐘を打って、もう少しで口から出ていってしまいそうです。

 この気持ちは……いったい、なんだろう。

 めちゃくちゃだけど、整理なんてついてないけど、ありのままに答えた方がいいですよね、これは。

 せっかく彼が、伝えてくれたんだから。

 すぅ、と小さく息を吸って、わたしは彼から目をそらさないまま、答えました。

「……あなたに対して抱いているこの気持ちが何なのか、わたしにはまだわからないんです」

 谷口さんは表情を変えません。ただ先ほどと同じ真剣な表情で、わたしをじっと見据えています。

「あなたのことを考えると、自分では制御できないぐらいに大きな何かが、わたしを支配します。あなたがわたしに笑いかけてくれるだけで、ふわふわした気持ちになってしまいます。あなたが他の女性社員さんとお話をしていると、胸がちくりと痛みます。わたしだけを見ていてほしい、と思ってしまいます」

 そこまで言い切ると、わたしは大きく息をつきました。さっきから息がしにくくてならないのは、何故でしょう。

 ふ、と谷口さんが表情を崩しました。その柔らかな笑みに、わたしの顔がまた熱くなってしまいます。

「じゃあ、俺が教えてあげる。その気持ちが、いったい何なのか」

 言いながら、谷口さんは先ほどまでつないでいたわたしの手を再び絡め取りました。それは彼の口元まで引っ張られたかと思うと、手の甲にわずかな柔らかい感触が伝わってきました。

 手にキスをされたのだと理解するのに、数秒かかりました。

「っ……」

 何も言うことができないわたしに、谷口さんは再び意地悪な笑みを浮かべて、まるで内緒話でもするかのようにそっと囁きました。

「さっそく明日、オフィスで交際宣言をしようね」

谷口さんに振り回される、山内絵梨嬢です。

谷口さんの下の名前を明かす日は、果たしてくーるのーかなー←


この続きを書くとしたら、多分デート話かな。

それか、オフィス内の誰か視点で二人を見守る話でもいいですね。

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