おはよう
「シン シン 大好きだよ」「シン 愛してくれ 私の瞳を見てくれ。お前の瞳を眺めていたい」
「真ッ 」「シン君。そろそろおきなさいよ」「新堀。リンゴ剥いてるんだが食わないのか」
……。
……。
「新堀さま 新堀さま。 真様。おきてくださいませ」
俺はぼやけた視界に大写しのその少女の顔をみつめた。
「ただいま」
計器につながれた俺の身体を確認する。どうも事故にあったらしい。
変な。夢だったな。
「おかえりなさいませ」
少女は優しい笑みを浮かべてくれた。
「林檎を水鏡さんと名乗る方が剥いてくださいました」水鏡。懐かしい名前だ。
今は亡き少女の期待を込めた瞳を思い出す。その瞳にはあの星空と『輪』が広がっていた。
「シン。シンならなれるよ。素敵な。立派な王様に」
王様。か。
夢うつつのまま俺はその少女を眺める。憧れて。憧れて。恋しく思って。帰りたかった故郷の象徴。
ああ。こんな幼い顔でこの子は泣くんだ。気品のある冷たい容貌と暖かな笑みを持つ娘。
うん。昔の俺が惚れた子は、こんな子だった。
そんな感傷はけたたましい病室の変化に遮られる。
ああ。『あれ』は昔じゃない。『今』なんだ。
回復を喜ぶ闖入者。俺の相棒である遥。
そして『初対面のはずの』水鏡達に俺はまだ動かぬ腕をふるために力を込めて。
激痛にのたうった。
あの約束は。夢だったかも知れない。
あの涙は。夢だったと信じたい。あの絶望は。苦しみは無かったとおもいたい。
しかし、あの夢でできた傷は。交通事故と明らかに異なる傷は。俺の身体に今なお残っている。
だから俺は知っている。あの約束は。まだ有効なのだと。
だが、今はもとの学生時代の、『懐かしい記憶』を感受したいところだ。
胸を張りながら鼻を鳴らしてみせる相棒、遥や水鏡。穏やかに微笑む少女に引きつった笑みを浮かべ。
ほとんど動かない首を動かして窓の外を見る。
空に伸びる飛行機雲が、あの世界の『輪』に似ていた。