トンネルを抜けたら。異世界だった
トンネルを抜けたら雪国だった。
川端康成の世界ならそれでいいのだが、『俺』の場合ちょっと違う。
「なんだこいつらはぁああああああああああああああああっっ?! 」
竹刀入れに竹刀と木刀が、肩に防具を担いだまま俺は走る。走る。必死で走る。
別に好きで走っているワケでも剣道部の部活の一環でもない。走らざるを得ないからだ。
というか、逃げている。もう必死で逃げている。竹刀袋と防具袋を投げ飛ばして逃げたほうがいいと気づかない程度には必死で逃げている。
武士の魂だから捨てないとかそんな高尚な考えは当時十七歳の『俺』には無い。とにかく逃げている。というか逃げさせろ。
青々とした森の中、『俺』は必死で逃げていた。
後ろからは腐臭を放つ不気味なバケモノが三体迫ってくる。人間にもサルにも似ていてそのどちらでもない。耳は猫の様に尖っているが間違っても猫みたいに愛らしい存在ではない。
木の葉を蹴散らかし、風を切って進み、木々にぶつかりつつ、蔦をさけ、水気の残った腐葉土で脚を滑らしそうになりながらも逃げる逃げる。逃げる逃げる。
「ひょえええええぇぇぇっっ?! 」
応戦? チキンな『俺』に出来るわけが無い。というか、竹刀袋の存在すら忘れている。
せめて防具袋を捨てる知恵が当時の『俺』にあればよかったのだがそれも無い。
ゴロゴロと転がり、呻く俺に三体の魔物が近づいてきた。
錆だらけの剣を持った三体の魔物は俺の顔を掴み、キィキィと叫ぶ。
緑色と輝く木漏れ日の美しい森に似つかわしくないバケモノ三体は俺の顔を見ながら何か叫びあっているが。
何言ってるんだ。こいつらは。
「伏せろッ 真ッ! 」
突如、空から人が降ってきた。
美少女ならよかった。なんでコイツだよ。
と思ったが、僥倖なことに奴の両脚はバケモノの一体を思いっきり踏みつけていた。
『いい仕事しますね~。これはいい仕事だ。職人芸の踏みつけですよ。これが無限増殖ですね。これは古伊万里の』
どこぞの鑑定士のような言葉が俺の頭の中に浮かんだが。
「真ッ?! 竹刀袋の『中身』をだせっ! やれるかっ?! 」
その人間は拳を構えなおすと、もう一体のバケモノを容赦なく蹴り飛ばした。お前動物虐待で訴えられるぞ。
あれ? 動物なのか。コレ。
俺は慌てふためきつつ、やっと持っていることに気がついた竹刀袋から木刀を取り出す。
そういえば武器を持っていた。勝てるかどうかは解らないがやるしかない。
「さっさと手伝ってくれッ! 真ッ 」
二体の化け物を相手に素手で立ち向かう男に俺は応えた。
「うっせぇんだよっ! 遥ッ 」
その言葉と同時に俺の渾身の『面』がバケモノの頭を叩き割った。