逆落とし
『王族』をふんじばった俺たちは内通していた別の『王族』と共に反乱奴隷達と闘技場の外に出た。
「不思議。空気が美味しく感じる」シズルはそういって息を呑む。
とはいえ、小さな街中の正規軍はさっきぶっとばした兵士30人足らずだろうが、
かといって防衛軍がいないわけではない。そして正規の兵士たちより乱暴で残虐だ。なんせ魔物だしな。
「約束どおり片方の『種』を貰うからな」
裏切り者の名を受ける『王族』はそういうと楽しそうに俺たち二人を見る。無視する俺たち。
もし、『男』が生まれたら彼女は『小久保』をしのぐ権勢を得る可能性がある。
充分すぎる報酬。らしいが。
「俺には操を立てている女がいるんだ」
そう。俺は名も知らぬあの娘のことがいまだ好きだ。何年たっても好きだ。
彼女が待っていると信じているから、こんなクソみたいな世界で生きられる。
俺たちの元雇用主は楽しそうに笑う。
これからの権勢を期待しているのだろう。俺たちは彼女にとって『道具』であり、
子供を生み出すために厭々身体を差し出すための魔物である事実は変わらない。
いや、一般人としての地位を持つ魔物より低い扱いなのだろう。
だが、魔物に身体を預ける必要なく、子供を作れる。
この意味はこの世界にとって大きい。らしい。
「しかし、『男』が生まれるとは限らんぞ? 」遥が釘を刺す。
「そうだな。生まれないほうが嬉しいかもしれない」「は? 」
「貴様らのような醜い魔物を身体に宿す。それは百の魔に絶え間なく穢され続けるより。恐ろしい」
そういって彼女は血を吐くように言う。俺は何も言うことが出来なかった。
「この世界には『愛』とかいう言葉は無い」
遥は前にそう言った。その意味を俺も再確認した。
彼女はそれでも俺たちに抱かれることを選ぶ。『王族』の血を絶やさぬために。
伝説の魔物。『男』を手に入れるために。
「お前の名前を聞きたいんだが」
元雇用主に『お前』はどうかと思うが。聞いておきたい。
「蜻蛉だ」姓は無い。王族にはないらしい。
「俺は」「聞きたくない」蜻蛉はぴしゃりと言い切る。
「血を。知を。武を。すべて備え、美しさも持つ私が。何故貴様らに」
震える彼女の様子は。歳相応の乙女に見えた。
「行くぞッ 」
長きにわたり耐え、反乱の下準備を行ってきた。
蜻蛉やその他の王族を取り込んだ俺たちは闘技場に乗り込み、この世界で唯一戦いを知る彼女らの協力も取り付けた。
あとは、魔物どもからこの世界を取り戻すだけである。
俺は。遥は。この世界を。『滅ぼす』
「シン」
シズルが俺の腕を掴む。気付けばシズルは美しい乙女に育っている。
何度も。何度も迫られているが、断っている。
俺がシズルに。この世界に惹かれているのも。事実だ。
閑話休題。
逃亡に見せかけて縄梯子などを駆使して崖に昇った俺たちは、敵の陣地の背後を突いていた。
勿論、崖しかない。ここから飛び降りるなんて正気じゃない。馬が潰れてしまうかもしれない。
だが。やる。
「見ろ。みんな」
山羊が崖のような坂を飛び降り、走っていく姿が見える。この世界にも山羊に似た生き物はいる。
「ヤギにできて、俺たちに出来ないことはない」
無茶苦茶な理屈だ。山羊と俺たちは違う。だが。押し通す。
「続けッ!!!!!!!!!! 」
馬はシズルに習った。本当に有能な娘だ。
俺の指示に馬は嫌がった。そりゃそうだな。
だが、おれたちならいけるだろ。な。
俺の叱咤を受けて、俺の馬は崖を飛び降りた。
轟々と木々の枝が襲いかかり、風が俺の頬を、身体を切っていく。
「うわアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
恐怖蛮勇勇猛畏怖に絶望。全て入り混じった先に。あいつらが見える。
あいつ等を。倒さなければ『人』に未来はない。
「みんなっ! 」「うんっ!!!!!! 」
少女達が叫ぶ。この世界には『男』は俺たち二人しかいない。
それまで『奴隷』でしかなかった少女たちが、主人に逆らうという自己否定を行う。
そのためには。俺たちがいる。今までの自分たちを否定し、新しい自分たちを肯定する存在が。
「まけるなあああああああああっ!!!!!!!!!! 」
遥も俺に続く。
「いくわよっ!!!!!!!!!! 」
少女達は思い思いの騎馬に乗り、一気に崖下の敵陣に襲いかかった。
俺たちの騎馬の音は雷のように鳴り響き、手に握った松明は新たなる時代への炎となり光となって敵を打ち砕く。
怒号と悲鳴、犯されながら殺される少女を敵ごと貫く槍。次々と少女達を口に運ぶ魔物に雨のような矢が降り注ぐ。夜闇の中『人』が襲ってくることはないとタカを括っていた魔物どもは鎧や武器を身につける暇も無く、少女達の長槍に貫かれ、俺の剣に斬られ、遥の小剣の餌食になる。シズルの投げたネットに絡められた大型の魔物に群がる少女達に紅蓮の火炎が迫り、物言わぬ黒い柱にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺は迫る。巨大な魔物に。だがその前に俺の倍はある人型の魔物が立ちふさがる。
「貴様が『男』の片割れか」
その魔物は俺の背丈ほどの斬馬刀を振る。
「だとしたらどうする」
「『小久保』様の為に殺すのみ」
俺の目の前で次々と女の子達が焼かれていく。
「お前、あれをみて何も思わないのか」「? 奴隷の上に。反乱者。救いようが無い」そうかい。
「お前を殺すのに、ためらいが無くなっていいことだ」俺は剣を握った。
戦闘そのものは奇襲が成功した時点で決している。
俺の戦いはコイツを倒して、後ろで暴れる魔物を倒すこと。
そして、このばかげた世界を壊すことだ。
「お前程度に邪魔されるいわれは無いんだよッ 」
「こいっ 伝説の『魔物』の力を見せてみろッ 」
俺は必ず『お前たち』を助ける。助けてみせる。