妖怪
それから数日、
和哉は学校やバイトの合間に、真琴は任務の合間に、というように、二人は時間を見つけては戦闘訓練を続けていた。
(…目で追えなくても霊力の流れを感じて相手を追う…だいぶ馴れてきたな)
肩で息をしながらも和哉は成果を実感していた。
(信じられない成長…この数日の間で中位中等クラスの戦闘ができるようになった…いや、成長っていうのとはちょっと違うな…和哉は元々それくらいの力は持ってた。私はそれを引き出すきっかけを与えただけ…)
刃を交えながら、真琴はつくづく霊能者の持つ才能に感心する。
「これだから霊能者は…」
真琴は少し苦笑い気味に言う。
「…ん?どういう…」
戦闘を終え、黒刀をしまう二人。
「人間には普通霊力はないけど、稀にそれを備えてる霊能者は、並の精霊をなら軽く超えるくらいの力を持ってたりするの。」
「へえ…」
「へえって、和哉もそうだよ。潜在的な才能で、常に訓練してきた精霊を超えてしまう…ほんと才能って、何なんだろうね。」
そう言う真琴の顔は少し曇っていた。
「…自分ではよく分からんけど…」
「まあ、まだまだ私には敵わないみたいだけどね。」
少し空気を悪くしてしまったと思い、笑顔を作って言う真琴。
「…ここ数日で何回首が飛んだことか…」
和哉はあの耐えがたい感覚を思い出し、身震いする。
「でも、初歩的な戦闘技術はだいたい会得できてるし、もう任務に就いても充分やれると思うの。次の任務からは和哉にも来てもらうよ。」
「とうとうか…。」
気が引き締まる和哉。
「そうね、明日の夜、夜間巡回があるから、それが和哉の初任務ね。」
「よし。この道を選んだからには…やることやらないとな。」
和哉は緊張した自分に気合いを入れる。
「まあ巡回だから、必ず戦闘になるってわけじゃないし、もう少し肩の力抜いても大丈夫だと思う。」
「そうか…まあ…」
そう聞いて和哉は少し緊張がほぐれるのを感じる。
「それじゃあまた明日、その頃に連絡するから。」
「ああ、分かった。」
和哉は黒耀館を後にした。
翌日の夜、真琴から連絡が入る。
「任務、始めるよ。いつものとこで待ってる。」
「分かった、すぐ行く。」
和哉は緊張しすぎて少しお腹が痛くなっていたが、無理に気合いを入れて真琴の元へ向かった。
指定の場所に着くと、真琴の他にもう二人死神がいた。
「来たね。まずは紹介しとくよ。こっちが西岡大、そっちが宮内聖。二人とも私の班の班員、これからは戦う仲間だから。」
宮内と紹介された死神は、歳は和哉より少し上くらいだろうか、若い死神で、もう一人の、西岡と紹介された死神は、30代くらいの少し体の大きな男で、常にニヤニヤしている。良く言えば愛想が良いのだろうが、正直和哉はきもいと思った。
「あ…あの時は助けていただいて…これからよろしくお願いします。」
和哉は、真琴に初めて出会った時にいた二人だと気づいた。
「お、僕らのこと覚えてくれとったんやなぁ。こちらこそよろしくの。」
相変わらずニヤニヤしながら西岡が答える。
「よ、よろしくな…!」
宮内は、どうやら人見知りのようだった。
「それじゃあ行こうか。」
人目に付かぬよう、死神三人は建物の上に飛ぶ。
「あ、ちょっ…」
足に霊力を溜め、跳躍に力を加える、覚えたての技術だが、和哉も三人の後に続く。
「そういや巡回任務の意味、教えてなかったね。」
屋根から屋根へ移動しながら真琴が言う。
「あー…そういえば…流界が起きてもそれは霊界から認知できるって言ってたな…」
「そう。だから神獣に関しては巡回任務は必要無いんだけど…」
「妖怪とか怨霊は…ってことか。」
察する和哉。
「君、わりかし頭もきれるんやなぁ。その通りやぁ。妖怪や怨霊の類いは、空間の歪みなんて伴わんけんのぉ、人間界におらな感知できんのやぁ。」
西岡が口を挟む。
(何かこの喋り方むかつくな…)
と思ったが、
「そうなんですか…」
と、決して表には出さない。
「だから、神獣の場合はほぼ確実に対処できるんだけど…妖怪、怨霊は…間に合わなくて犠牲者が出ることもある…」
和哉は少し甘くない現実を知り、口をつぐんだ。
しばらく移動を続けるうちに、和哉はわずかに霊力を感じた。
「…あれ、今なんか…」
立ち上まる和哉。
「どうかした?」
「あ、いや…今ちょっと霊力を感じたような…」
「…私は感じないけど…二人は?」
西岡と宮内のほうを向く真琴。
「いえ、何も。」
首を振る二人。
「ごめん、気のせいかな。行こう。」
和哉は任務を邪魔したくなかったので、気のせいだと割りきった。
「そう、ならいいけど…」
再び巡回を続ける四人。
どれくらいだろうか、幾ばくかの時間が過ぎた頃、
「…!…今度は気のせいじゃないよな。」
確かに霊力を感知する和哉。
「うん、出たね。」
「班長、範囲内ですが、結界は…」
西岡が尋ねる。
(こいつ…真琴には普通の喋り方なんだな)
和哉はどうも西岡のあの喋り方が好きになれなかった。
「そうね、お願い。」
それを聞くと、西岡は少し霊力を解放する。
すると、あの時と同様、紫の輪状のものが広がる。
「結界…」
和哉は一応説明は受けていた。
「和哉にもそのうち会得してもらうからね。結界が張れないと単独での戦闘は許可できないし…」
「えっと…確かこれは、空間を複製してるんだったよな…?」
「そう。一定範囲内の空間を複製して、その中にある霊力を伴うもの全てを閉じ込める。霊力のないものはこの空間に来れないし認知することもできない、ここを通る者は複製前の元の空間を通過するだけ。」
「つまりは別の空間を生成してるってことだよな…」
「まあ、そんなところね。」
真琴は大鎌を出現させながら答える。
三人もそれに習う。
宮内が槍状の黒刀、西岡が大型のナイフ状二刀の逆手持ちである。
「来た…」
四人の前に、額に二本の角を生やした、4メートルはあろうかという体躯を持つ大男が現れた。
(…まじ帰りてえ…)
和哉はすでに弱気だった。
「手洗鬼ですね…」
宮内が呟く。
「これは…妖怪?」
和哉は目の前の巨人に刀を構えながら尋ねる。
「そう、妖怪。けっこうな大物ね。集中して行くよ。」
そう言うと真琴は手洗鬼に向かう。
部下二人も班長に続く。
「くそ…やるしかないよな!」
和哉も巨人に向かって突進する。
そこに振り下ろされる巨大な拳。
「うおっと…!」
和哉はわりと素早く反応し、避ける。
拳はアスファルトの地面にめり込み、鈍い振動が広がる。
「和哉!こいつ、動作は鈍いけど一撃が重いから気をつけて!」
和哉を気にかけながらも手洗鬼の拳を軽く躱し、確実に傷を負わせていく真琴。
「これなら、なんかやれそうかな…!」
和哉は何度か攻撃を躱し、調子を掴む。
「和哉、強めの一撃、足元にお願い!」
「了解!」
和哉は右手に霊力を溜め、言われた通り強めの一撃を放つ。
それは右の足首付近に着弾し、巨人は膝をついた。
動きが止まった瞬間を見逃さず、宮内と西岡はすかさず腕を落とす。
そして、低いうめき声と共に完全に怯んだ巨人の首に、真琴の大鎌が振り下ろされた。
「妖怪、手洗鬼。退治完了ね。みんなお疲れ。」
ふう、と一息つく真琴。
首をはねられた巨人は、砂のように崩れ散っていった。
「確か妖怪には魂はないんだったな。」
「うん。妖怪は思念の集合体だからね。」
黒刀を収めながら答える真琴。
「じゃあとりあえず任務終了?」
「それがなぁ、まだ回ってないところが少し残っとるからなぁ、そこを回ってから任務終了やな。」
和哉は真琴と会話していたが、なぜか西岡が答える。
「あ、そうですか…。」
「じゃあ残り、行こうか。」
真琴がそう言うと、西岡は結界を解く。
(さっきから何か感じるんだけどな…)
和哉はずっと前からかすかに感じていた感覚に首をかしげながらも、三人の後に続き、巡回任務に戻る。
が、
四人の様子を密かに伺う者の影が確かにそこにはあった。
その後、四人はしばらく巡回を続け、最初の場所に戻ってきた。
「これでようやく任務終了。みんなお疲れ様。」
真琴が終了を告げる。
「はあ…けっこう疲れたな…」
和哉はだいぶ体力を消費しているようだった。
「まあ、初任務でいきなり手洗鬼だからね。でも、いい動きだったと思う。」
「そうか…?まあ、お前の鎌に比べれりゃ、どうってことなかったかな。」
冗談を言えるだけの余裕が戻る和哉。
「それ、褒め言葉として受けとっとくね。…それじゃあ、今日はこれまでね。お疲れ。」
「うん、お疲れ。お二人も、お疲れ様です。」
死神たちに別れを告げ、和哉は家路につく。
(そういや…あの感覚もいつの間にか消えてるな。やっぱ気のせいだったのか…)
和哉はふと思い出すが、考えたところで仕方がないと思い、そのことについては忘れようと思った。
「彼、優秀ですね。とても素人とは思えないですよ。」
宮内がそう言うと、
「確かに。初任務でこれなら、今後期待できますね。」
西岡もそれに同調する。
「そうね…。」
(和哉はもう、この二人より強くなってる…今日は緊張していつもほど力が出せてなかったみたいだけど…)
上から目線で和哉を評価する二人に、真琴はそんなことを考えていた。
一方、
自宅に着いた和哉は、一気に疲れが押し寄せ、そのままベッドに倒れ込んで眠りに落ちた。
こうして和哉の初任務は無事に終了した。