たそかれとサボテン
「ねえ華ー、今日の放課後スタバ行かない?」
「あ、ごめん! 今日ちょっと用事あって……また今度誘って!」
6限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く教室。華は友達からの誘いを角が立たないように断りながら、密かに小さく息を吐いた。
今日一日、クラスの女子グループの会話に必死で頷き、空気を読み続けてすっかり心が擦り減っていた。どこか一人になれる場所に行きたい。
ふと教室の後ろを見ると、男子グループの中心でワイワイと楽しそうに話している一斗の姿が目に入った。ノリも良く、そこそこのイケメンで女子からの注目度も高い、クラスの人気者だ。
「あいつホント自由だよなー。……そういえば一斗って、何部だっけ?」
近くにいた男子生徒がポツリと呟く。
「さあ? 幽霊部員じゃね? いつも適当に部活バックれて遊んでるし」
そんな会話を聞き流しながら、華は一人で静まり返った北校舎の廊下へと抜け出した。
行き先も決めず、あてもなく歩く。静かな場所を探して校舎の端までやってきた時だった。
(……あれ?)
突き当たりにある文芸部室の前を通り過ぎようとした瞬間、少しだけ開いたドアの隙間から、夕日に照らされる人影が見えた。
普段は誰もいないはずの部屋だ。気になってそっと隙間から覗き込むと、中にいたのは――さっき教室で見かけた、あの一斗だった。
クラスでの賑やかな姿とは打って変わって、誰もいない教室で、たった一人真剣な顔で小さな鉢植えに向き合っている。手に持った小さなじょうろで、丁寧に水をやっていた。
(一斗くん……? なにやってんだろ)
いつも見せる顔からは想像もつかない静かな側面に、華は思わず目を奪われた。そのまま引き返せばよかったのに、吸い寄せられるようにドアをもう少し広く開けてしまう。
ギィ、と古びたドアが小さな音を立てた。
「うわっ!?」
一斗が肩を跳ねさせて振り返る。華も気まずさに固まった。
「あ、ごめん……驚かせるつもりじゃなくて」
「あ、いや……びくった……。華さんか」
一斗は手に持っていたプラスチック製のじょうろを慌てて後ろに隠し、顔を少し赤くして気まずそうに苦笑いを浮かべた。彼の前の机には、手のひらサイズの小さなサボテンがポツンと置かれている。
「一斗くんって……そこで何してんの? 部活?」
「いや、部員じゃないんだけど。……てか、これ見られたのヤバいな」
一斗は照れくさそうに頭を掻くと、諦めたようにサボテンを指さした。
「ただの趣味。ここでサボテンに水やってただけ。お願いだから男子には言わないで。絶対『乙女かよ』って弄られるから」
クラスでの立ち振る舞いとはギャップがありすぎる真面目な顔で頼み込んでくる一斗を見て、華は思わず「ふふっ」と小さく吹き出してしまった。
さっき教室で「何部だっけ?」と噂されていた一斗が、まさか放課後にこんな場所で一人サボテンに水をやっているなんて、誰も思いもしないだろう。
「言わないよ。……なんか、意外だったから」
「だろ。俺だってこんなの見られたくなかったよ」
一斗はハァとため息をついたが、華が笑ったのを見て少し肩の力を抜いた。
「華さんも、なんでこんなとこに? 友達と帰らないの?」
「あー……うん。ちょっと一人になりたくて、なんとなく」
「そっか」
一斗はそれ以上深追いして理由を聞こうとはせず、「まあ、座る?」と近くのパイプ椅子を足で軽く押し出した。
特別に深い話を語り合ったわけじゃない。だけど、クラスでの派手な一斗とは違う落ち着いた空気感と、お互いに「ちょっと一人になりたかった」という共通点。
沈黙が流れてもなぜか気まずくなくて、夕日の差し込む部室に、静かで心地いい時間がゆっくりと流れ始めた。




