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作者: 楓 海 (The ご老体ズ)
掲載日:2026/07/02

 読んで戴けたら嬉しいです。(o´▽`o)ノ

 壁の向こうにはまひろの好きな女の子が住んでいる。


 今日もまひろは壁にノックする。


 すると壁の向こう側からノックが返って来る。


「まひろくん? 」


 軽やかで可愛らしい声。


未羅(みら)? 」


 ふふっと鈴が鳴るような笑い声の後未羅が言う。


「今日は何をしていたの? 」


 まひろは答える。


「月曜日、大学に提出するレポートを書いてた」


「わあ、お勉強していたんだね

 ああ、だから今日は何も音がしなかったんだ.....」


「今日、未羅がしていたこと当てようか」


 まひろがそう言うと彼女の涼やかな声が言う。


「ああ、また私が立てる音に耳を澄まして聞いてたなあ」


 いたずらっぽく、揶揄のニュアンスを秘めた声。


 まひろは笑って言った。


「ボクのせいじゃないよ

 ここの壁が薄すぎるんだ」


「でもそのお陰で私はまひろくんに出逢えた」

 

「そうだね」


 ふと、まひろは昨日も同じ会話をしたような気がした。


 この壁がなければ2人を妨げるものは何もない。


 だが彼らはまだ顔を合わせた事が無かった。


 顔も合わせたことの無い女の子に恋をするなんてあり得るのかと云う疑問が湧くことだろう。


 若さに蔓延(はびこ)る恋と云う伝染病は紙面やネットであらゆる恋の形を不透明にそして明確に広めて行く。


 古びたアパートの壁はあまりに薄く、嫌でも隣同士の生活音が聞こえて来る。

 

 女の子特有の音が好奇心と云う年頃の男の子のトリガーを引くのは至極当然な反応だろう。


 いつも何かをしている彼女はよく物音を立てた。


 ドライヤーの音で彼女がお風呂上がりだと知り、まな板をとんとん言わせる音で料理をしているのだと解る。


 音楽を聴きながら鼻歌を奏でていたりすると、まひろは思わず独りでに笑みが(こぼ)れた。


 音を聞く度、まひろの恋心は深くなって行った。


 そして想いが募れば募るほどまひろは未羅に逢いたいと云う欲求が強くなる。


 今日改めてまひろはそれを言葉にした。


「未羅に逢いたい」


 未羅が沈黙に堕ちる。


 まひろは言った。


「何故ダメなの? 」


「前にも言った通り、ご免なさい

 どうしても勇気が出ないの

 だって、逢って幻滅されたらとても哀しいもの」


 彼女の意思を無視して隣のドアの前に立ち来客を装って呼び鈴を鳴らせば彼女は疑うこと無くドアを開いてくれるだろう。


 だが彼女の気持ちを無視して逢うことで、もしかしたら2人の今の関係性を壊してしまうかもしれない。


 まひろにとってそれは避けたい。


 どうしたら、彼女と逢うことができるのか。


 まひろは迷っていた。


 せめてこの想いを打ち明けようか。


 もしかしたら想いを打ち明けることで彼女の気持ちも変わるかもしれない。


 今日こそ想いを伝えよう。


 壁にノックする前に決心したのに、その勇気が折れそうになる。


 今日伝えなければ、きっと明日まひろは自分に幻滅するだろう。


 長い沈黙の後、まひろは拳を硬く握った手を胸に当て言った。


「好......き.........なんだ

 未羅が好き

 ボクは未羅に恋をしてる」


 未羅は再び沈黙する。


 あまりに長い沈黙はまひろの自尊心を揺るがす。


「ごめん!

 今の無し! 

 ホントごめん! 」


「ううん、嬉しいよ

 私もまひろくんが好きだから........」


「ええっ!? 

 ホントに? 」


「あら、誰か来たみたい

 ちょっとごめんね」


 彼女の足音が遠ざかる。


「あなた、だれ!? 」


 未羅の声がする。


 まひろは何か尋常では無い気配を感じ取り、慌てて壁に耳を付ける。


「やめて!

 来ないでーーーーーっ!! 」


 何かが壁にぶつかる鈍い音がした。


 そしてもっと柔らかいものに一撃を加える音と低く唸る声が。


 まひろは立ち上がり玄関を飛び出した。


 未羅の部屋のドアを開こうとするが鍵がかかっていて開かない。


「やめて!!

 いやーーーーーーーーっ!!!! 」


 未羅の絶叫が轟いた。


 まひろはドアに何度も体当たりするがドアはびくともしない。

 

「未羅!!

 大丈夫未羅!! 

 未羅っ!!! 」


 ドアに向かって声を掛けるが返事は無かった。


 何が未羅に起こっているのか?


 焦っているまひろは頭がほぼパニック状態で冷静に事態を把握できない。


 それでもハタと気が付いて未羅に声を掛ける。


「直ぐ戻ってくるからね!! 」


 そして一階に住む大屋の部屋を目指して階段を駆け下りる。


 まひろの勢いに目を白黒させる大屋の茂崎成英(しげさきなりひで)は取り敢えず未羅の部屋の鍵を持ってまひろに腕を掴まれ引き擦られるように階段を登った。


 ドアの鍵をあけドアを開くとなんとも言えない悪臭が鼻を突いた。


 部屋は閑散としていた。


 そして居る筈の何人(なんぴと)か、その姿は何処にも無い。


 誰かが階段を下りて来たなら音で気付くはすだ。


 茂崎老人の部屋は一階の階段の上がり口にあるのだから。


 何かが起こっていた筈。


 だがそこにその痕跡が無い。


 茂崎老人は気持ちを抑えながら奥へと進む........。


 そしてそこには二体の腐乱死体が床に転がっていた。 


 驚いた茂崎老人は振り替えるがそこに居る筈のまひろの姿は無かった。


 後で警察官に聞いた処に依ると、二体の腐乱死体は溝口未羅と坂本まひろで1ヶ月前にナイフで刺され死亡したらしい。


 恐らく溝口未羅の部屋に何者かが入り込みその物音を聞いた坂本まひろが駆け付け返り討ちに遇ったのだろう。


 それが警察の見解らしい。


 しかし茂崎老人はその()を聞いていない。


 1ヶ月前、茂崎老人は孫の家に2、3日泊まり掛けで遊びに行っていた。


 恐らくその時に事件は起こったのだろう。


 そうでなければ、異常な物音で茂崎老人が気付いていたはずだった。


 今日まで、まひろの直ぐ下に住んでいる茂崎老人は二階から漏れる普通に暮らす生活音を聞いていたし、今しがた急に慌ただしい足音の後ドスンドスンと何かに身体ごとぶつける音も聞いていた。


 そして茂崎老人はまひろにも逢っていた。


 まひろはドアを開け茂崎老人を認めるとその腕を掴み靴を履く間も惜しんで腕を引いた。


 あの死体のひとつが坂本まひろだと言うなら、茂崎老人の腕を引いて二階の部屋まで連れて来たのは何者なのか。


 この1ヶ月普通に生活音を立てていた者は何者だったのか。


 老人はゆっくり天井を見上げる。


 そして手を合わせ黙祷を捧げるのだった。

 

 


            fin



                     2026/6/18

 

 読んで戴き有り難うございます❗<(_ _*)>

 大屋の茂崎老人、きっと言いたい一言あったと思うんですよ。

 「二軒も事故物件とか悪夢だ」

 きっとそう言いたかったと思うんです。

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