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【短編#2】 天気予報

作者: 劉白雨
掲載日:2026/05/28


 日吉凪子ひよしなぎこは今日もカフェで朝食を摂っていた。

 いつものトーストに、スクランブルエッグ、たっぷりの野菜サラダに、スムージー。気持ちの良い朝に、仕事前の朝食が身体に染み渡っていくのが心地よい。


 彼女は朝食を食べ終えると、伝票を持って、レジに向かう。

 店の奥から出てきた、少しひょろっとした、背の高いマスターがいつものように笑顔で対応してくれる。


「今日もお綺麗ですね。」

 社交辞令だが、凪子はそれにニコリと微笑む。

「どうもありがとう。今日は一日気持ちよく晴れそうね。」

 こちらも社交辞令で、天気に話を向ける。

「そうですね。アウトドアには最適の天気だと思います。天気予報によると、降水確率は10パーセントで、折り畳み傘もいらないみたいですし。」

「そう。それは良かった。キャンプなんかするには最適ね。」

「そうですね。でも、キャンプは辞めた方が良いと思いますよ。明日は降水確率が40パーセントで、風が強くなるらしいので。」

「あらそうなの。こんなに良い天気ならと思ったのに、それは残念ね。じゃあ、今日は車中泊にするわ。」

「それが良いと思いますよ。」


 凪子はマスターのその言葉に笑顔で返し、お代を精算すると、「ごちそうさま」を言って、出口へと向かう。

 背後から、マスターの優しい声で「ありがとうございました。お気を付けて。」の声が届くと、凪子は片手を上げてそれに応えて、店を出た。


 店の近所に駐めてある軽自動車を改造したキャンピングカーは、凪子の寝床兼仕事場である。昨今のキャンプブームに乗って買った訳ではなく、仕事で必要に駆られて用意してもらったのだ。


「今日の降水確率は10パーセントかぁ。折り畳み傘はいらないって言ってたわね。でもキャンプはダメか。ちょっと面倒な仕事になりそうね。」

 凪子は決行日が今日であることに、少し疑問を持ったが、チャンスはなかなか訪れる訳ではない。晴れであれば決行するしかないのだ。


 凪子は、車のエンジンを掛けて、今日の目的地へと向かう。

 高速でおよそ三時間、地方都市に良くある巨大ショッピングモールに到着すると、いつものように、平場の駐車場が見渡せる立体駐車場に向かう。屋上ではなく、それより一つ下の階に駐める。

 まずは、車中泊のために買い出しだ。


 店内で食料品を買い込み、フードコートで昼食を摂っていると、サングラスを掛けた小柄な女性が近付いてきた。

 食事を終えて、食器を片付けに行くのだろう。彼女が持つトレイには空になった丼が載っていた。その女性が凪子の傍で足を止めると、時刻を聞いてきたのだ。


「今は、13時10分ですよ。」

 凪子は腕時計を見て応える。

「ありがとうございます。今日は14時から予定があるのに、時計を忘れてしまって。助かりましたわ。」

 女性は優雅な物腰で頭を下げる。

「そうですか。14時ならまだ時間はありますね。」

「そうね。友人と待ち合わせしてるのに、私ったらそそっかしいから。本当にありがとうございます。」

 女性は再び優雅な物腰で頭を下げると、返却口へと向かって行った。


 凪子も目の前にある麻辣湯麺を食べ終えると、お手洗いに寄ってから、駐車場へと戻る。

 立体駐車場から見下ろす平場の駐車場には、先程までなかった警察車両が駐まっていた。

 パトカーを始め、大型輸送車やトイレカーまで並んでいる。まるで駐車場の一角が犯罪捜査の現場司令所の様相を呈していた。

 今日、この駐車場の一角で、内閣総理大臣が衆議院議員候補者の応援演説に駆け付ける予定なのだ。平場の駐車場はその準備で慌ただしく警備体制が敷かれていたのだった。


「さて、そろそろお仕事ね。」

 凪子は自分の車に乗り込むと、後部の居住エリアへと移動する。

 床下に隠してあるライフル銃を取り出すと、後部ハッチの小窓から、平場の駐車場に設けられた演説会場へと銃口を向ける。

 既にターゲットは控えの車で待機をしているはずである。

 凪子は、時を待った。


 14時。候補者が演説を始める。

 いつもは車でいっぱいであろう駐車場も、今日は人集りだ。なにせ、人気の総理が応援演説に駆け付けるのだから、人が集まらない訳がない。

 10分程、候補者の女性が前座のように演説をすると、いよいよ総理大臣の登場である。会場は、一気に歓声と拍手、そして熱気に包まれていった。


 壇上に上がった総理大臣は、品の良いスーツを身に纏い、傍にはSPを数名従えていた。

 凪子は、ライフルのスコープを覗き込み、レンズキャップを開ける。

 今のライフルスコープは日光が反射しないようには出来ているが、長年培って身体に染みついた習慣は抜けない。


 ターゲットの総理大臣をスコープに捉えると、一呼吸置いて引き金を引く。

 銃声は鳴らない。真っ直ぐにターゲットに向かった弾丸は、無防備な頭蓋骨を貫通して行った。


 凪子はそれを見届けると、ライフルを床下収納に仕舞い、運転席へと戻る。

 エンジンを掛けると、ゆっくりと立体駐車場を後にする。

 これで、仕事は終了だ。今日はこの後、道の駅にでも車中泊するつもりである。

 ラジオの天気予報も、概ね晴れると言っていたし。


<完>


 

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