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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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「白い結婚のまま子作りをしよう」などと宣うトンデモ公爵に制裁を与える令嬢の話。

掲載日:2025/11/25

「ああ、ヒルダ」


 挙式を終えた日の晩。

 夫婦の寝室の中でコンスタント・アルフォード公爵は妻のヒルダの頬を撫でる。

 社交界で一目置かれていた絶世の美女、ヒルダ・クィルター侯爵令嬢。

 淑女としての教養を積み、貴族令嬢としての品格を醸し出す彼女は一ヶ月前に王立学園を首席卒業した聡明さも兼ね備えている。


 長らく妻を持っていなかったコンスタントとヒルダの歳の差は三十程だが、彼はそのような事は気にしていなかった。


「美しいヒルダ。漸く私の手に入った。絶対に手放すものか」


 そう言った彼はチョーカーを模した魔導具を彼女の細い首へ着けた。

 その魔導具には鍵が掛かっており、鍵なしで外すことはできない仕組みになっていた。


「私から逃げようなどとは思わない事だ。私に逆らえば、その首輪に仕込まれた毒針が君の白い肌に突き刺さってしまう」


 ヒルダは何も言わない。

 けれど日頃社交界で浮かべていた澄まし顔に僅かな陰りが見えた。

 自分にしか見せないその顔にコンスタントは興奮する。


「――ああ、愛しいヒルダ。非常に残念だが、今晩君と肌を重ね合う事は出来ないのだ。……いや、君と媾うことは今後もないだろう」


 彼はヒルダの頬や額に何度もキスを落とした。


「少女はやはり、純潔であって完成するものだ。君には最も美しい状態を保って欲しいからね。ああ、だが安心してくれ。子供は作るよ」


 困惑したように顔を顰めるヒルダ。

 また変わった表情にコンスタントは歪な笑みを深めた。


「私と君の血を混ぜた人間を造るんだ。既存の赤子を攫って実験しよう。それでも難しければゼロから造ればいいのだ」


 人が人を造れるわけがない。

 そんな視線を感じたコンスタントはすっかり得意げになってしまった。

 彼はヒルダのチョーカーの金具に鎖をつけると、それを持ち、彼女を家の地下室へ誘った。


 広く冷たい地下室。

 そこには噎せ返る程の血の臭いが漂っていた。


 床や壁に描かれた魔法陣、床に平積みにされる本や直置きされた道具、そして――人であった肉塊の数々。

 コンスタントは魔法の研究の才を秘めた男であった。

 その腕自体は国でも指折り。しかし彼はその才を国の為ではなく――己の欲の為に利用していた。


「こうして、君との子を作る方法を模索しているんだ。勿論君にも協力願おう。君からは毎日決まった量の血を頂くよ」


 コンスタントは美しいものが好きだった。

 妻に迎えるならば自身が生きた人生の中で最も美しいと思う娘でなければ。

 そんな彼のお眼鏡に適ったのがヒルダであった。


 ヒルダは目の前に広がる残虐な光景から逃れるように後退る。


「ああ、逃げないでくれ」


 しかしそれを許さないというように、コンスタントはヒルダに繋がる鎖を自分の元へと強く引いた。

 ヒルダが体勢を崩し、コンスタントの前に膝を付く。

 べしゃり、と血と肉の海にヒルダの体が浸った。


「すまない、つい。苦しいだろう」


 彼女は苦しそうに咳き込んでいた。

 チョーカーには毒針のほかに、コンスタントの意に沿わない行動を取りだしたことを警告する魔法が仕掛けられている。

 これ以上同じ行動を取るなという警告として首が徐々に絞まり、それでも意に反した際に毒針が打たれるという仕組みなのだ。


 僅かに首が閉まったことに驚いたヒルダの耳へコンスタントは耳打ちをした。


「部屋へ戻ったら体を清めないとね。ああ、勿論私が直々に世話をしてあげよう。……これから、新婚生活を楽しもうじゃないか。ヒルダ」


 ヒルダは顔を強張らせたまま俯いている。

 その肩が小さく震えていて、その様が余計にコンスタントの気分を良くした。


 妻となった目の前の少女は、無力でひ弱なただの少女でしかない。

 社交界では凛と佇む高嶺の花も圧倒的な支配と恐怖の前では慄く事しかできないのだ。


 そう、愉悦に浸るコンスタントは気付いていなかった。

 彼女の手の中に、血に濡れたペンダントが握られていたことに。



***



 それからヒルダは、寝室から出る事を許されない生活を送る。

 チョーカーに取り付けられた鎖はベッドの足に繋がれている為行動を制限されているし、仮に鎖を外せたとしても、コンスタントが掛けた魔法がある。

 結局逃れられはしないのだ。


 コンスタントはヒルダを甲斐甲斐しく世話した。

 というよりも、ヒルダに自分の世話をさせなかった。

 食事も風呂も、髪の手入れも、されるヒルダはまるで愛玩動物のようであった。


 ある日の事。

 王宮で開かれるパーティーへ招待されたコンスタントは妻であるヒルダに自分好みのドレスを着せて出席をする。

 チョーカーは勿論そのまま。

 悪さをすればどうなるのかを改めて伝え、脅してからパーティー会場へ赴いたコンスタント。


 公爵である彼の元には多くの貴族が集まった。

 コンスタントは彼等へ挨拶をし、ヒルダもまたコンスタントに促されて最低限の発言をした。


 そんな最中。


「ご機嫌よう、コンスタント・アルフォード公爵」


 燃えるような赤髪を持つ青年、王太子アダムがコンスタントの元へやって来る。


「ご機嫌麗しゅう、アダム王太子殿下」

「ああ。息災なようで安心した。……夫人も」

「……ご機嫌よう、アダム王太子殿下」


 黄色の瞳で見つめられ、ヒルダは肩を跳ね上げる。

 それからぎこちないお辞儀をした。

 その後、コンスタントとアダムは世間話や世辞を交えた話をしてから――


「それでは、失礼するよ」

「ええ」


 アダムはその場を去ろうとする。

 その時だった。


 ヒルダは遠ざかろうとする彼の背を見て咄嗟に手を伸ばす。

 刹那。


「ヒルダ」


 諫めるような静かな声。しかし確かな憤りを孕んだ声がした途端。彼女の首が絞まる。

 ヒルダは前につんのめり、そのまま倒れ込んだ。

 周囲の視線が彼女へ集まる。


「っ、夫人……!」


 アダムも勿論それに気付き、すぐに彼女へ手を差し伸べた。


「ああ、すみません。妻は実は少々抜けている愛らしい女性でして」


 引き攣った呼吸をするヒルダをアダムが起こす。

 彼女の背後では微笑むコンスタントがいた。


 立たせてやったヒルダからアダムが離れようとした時だった。


「……っ!」


 アダムは自分の手へかたい何かを押し付ける。

 咄嗟にそれを握れば、ヒルダは次いで何かを言おうとする。

 しかしそこで、コンスタントの声が入った。


「ヒルダ、いつまでそうしているんだ。早く殿下から離れなさい」


 コンスタントはヒルダの腕を掴むとアダムから無理矢理引き離した。

 だがその瞬間、ヒルダは彼の手を振り払う。


「な……っ、ヒルダ……!」


 肩を震わせたヒルダは両目から涙を流し、怯えるようにコンスタントを見る。


「……た、すけ…………」


 絞められる首から絞り出される呼吸。

 そこに僅かな声が混じった。


 そして――


 ――彼女は逃げ出した。


「ヒルダ! 止まりなさい!」


 人と人の間を擦り抜けて離れていくヒルダ。

 コンスタントが命令すれば、首の絞まりが余計に強まり、カヒュ、という呼吸が彼女の口から漏れた。


 コンスタントはすぐに彼女を追おうとする。

 しかしそれをアダムが止めた。


「失礼。アルフォード公爵。ここは私が向かおう」

「な、殿下……っ、しかし」

「見たところ、お二人は夫婦喧嘩中のようだからな」


 そう言うとアダムはコンスタントを置いてヒルダを追った。

 会場のホールから廊下へ出た彼は自分の手中に収められていた物――ペンダントを見て顔を顰めた。


 それからすぐに、近くの使用人らへヒルダの居場所を問い、彼女の後を追うのだった。


 屋上まで辿り着いたヒルダは最早呼吸ができる状態ではなかった。

 彼女は何度も痙攣をし、首を引っ掻きながらふらふらと覚束ない足で進み続ける。

 そして、その足が屋上の先――足場のない空へ踏み外された時。


「――ヒルダッ!!」


 彼女の腕を掴み、引き揚げる手があった。

 アダムだ。

 彼はヒルダを腕の中に閉じ込め、屋上に座り込む。

 アダムの腕の中でヒルダは生理的な涙を流しながら震え上がる。


「ッ、これか」


 アダムはヒルダの異常がチョーカーによるものだと気付く。

 彼はヒルダの首に触れると風の刃を魔法で発現させ、チョーカーだけを破壊した。

 しかし、咽るヒルダの顔色は未だ悪い。

 首には鬱血痕とは別に、紫色の痣と小さな穴が残っていた。


「ヒルダ、しっかりしろ」


 ヒルダは黒髪の隙間から紫の瞳を覗かせ、アダムを見る。

 そして彼女は――目を細めて笑った。

 妖しい笑みの真意にアダムが辿り着くより先。

 彼は焦るアダムの後を追ってやって来た騎士達が屋上へやって来ていることに気付いた。


「まさか君――」


 その言葉を最後まで聞くことなく、ヒルダは意識を失う。

 彼女の意識の遠くでは、自分の名を呼ぶアダムの声が響いていた。



***



 それからの話。

 ヒルダは治療の為王宮の医務室へ運ばれ、アダムはヒルダに付けられていた魔導具とペンダントを理由にコンスタントを捕えた。


 コンスタントは女性の純潔を保ちながら世継ぎを作る研究や少女の体の成長を止める研究に明け暮れており、美しい女性を攫っては自身の家の地下室で実験と称した非人道的な行いを繰り返していたという。

 被害者の殆どは平民の女性であったが、中には下級貴族の女性もいた。そのうちの一人の遺品こそが、ヒルダが隠し持っていたペンダントだったのだ。


 悪事が明らかとなったコンスタントは表向きは流行り病によって亡くなったことになり――その裏で密かに処刑が行われた。

 新たな公爵には彼の親戚にあたるとある侯爵家が選定されたとの事。


 こうして巷で噂になっていた連続失踪事件は幕を閉じた。




 さて。王太子アダムは今回の事件解決の功労者に会うべく、ヒルダが休んでいる客室へ向かう。

 そして庭園を横切り、建物へ近づいたその時だった。


 アダムの頭上から影が降る。

 何だと顔を上げたのも束の間、涼しい顔をした女性がアダムの上へと降り立とうとしていた。


「うわぁ!?」

「あら。ご機嫌よう、殿下」


 咄嗟に受け止めようと両手を広げるも、降って来た本人は宙返りをして着地点を変更。

 アダムの手助けを必要ともせず、彼の正面に降り立った。


 黒髪の美女、ヒルダは自身の髪を整えてからアダムへお辞儀をする。


「…………ああ、ヒルダ」


 頭を下げる動作自体は優雅で美しい。

 だが……彼女は裸足で、外を歩き回る令嬢としては相応しくない格好をしていた。


「一体何をしているんだ、君は」

「身体も随分と良くなりましたから、散歩を」

「……何故裸足なんだ?」

「出入口は殿下が配置した見張りの方々がいらっしゃいましたから、窓から出ました」

「貴女の部屋は二階だったと思うが?」

「そうですね」


 涼しい顔で淡々と回答するヒルダの言葉の節々から、彼女の異常性を感じながらアダムは溜息を吐く。


「貴女は一応、猛毒によって倒れたはずなのだが?」

「毒には耐性がありますから、時間さえ頂ければある程度の毒は自力で分解できます。お父様やお兄様に比べれば不出来ではありますが」

「……ではやはり、あの時のコンスタントへの反発も毒を受ける前提で行ったものか」

「当然です」

「屋上で大仰に自身の危険を演出したのも」

「後方から殿下以外の方々の気配を感じたからですね。事態の深刻さを訴えるには視覚情報を利用する事が一番手っ取り早いのです」

「俺が君諸共落ちていたらどうするつもりだったんだ?」

「私が殿下をお支えしてよじ登るなり、着地時に受け止めるなりいたしました。殿下の面子は多少潰れたかと思いますが」

「……そうならなくてよかったと心底思うよ」


 表情に一切感情が乗らない姿はコンスタントと結婚する前の、パーティーや学園にいた時のヒルダそのものである。

 ヒルダとアダムは学園時代の同級生だ。

 だが互いに学園へ入るよりも前から面識はあった。


「クィルター侯爵家は我が国の影。国の繁栄の為とあらばどんな事でも成し遂げます――が、勿論、王族を危機に晒す等という事は論外ですので、ご安心ください」

「誤って落下しようが、死ぬ可能性は皆無だったと? まず俺の体だけではなく、落下によって肝を冷やすかもしれない俺の精神も気に掛けて欲しいものだがな……おい、あざとく首を傾げるんじゃない」


 己の容姿の良さを理解し、真顔ながら愛らしく小首を傾げてみせるヒルダ。

 しかしその可憐な姿とは裏腹に、そこらの騎士よりもよっぽど優れた身体能力と残虐性を秘めた存在である事をアダムは知っている。


 国を統治するには、目に見えるものにばかり手を伸ばすだけではならない。

 国の裏側にこそ、破滅の可能性は孕んでいる。

 治安を左右する国の裏側の危険や王族へ降り掛かる危機を取り除く事。その使命を背負った者達こそ『国の影』――クィルター侯爵家の裏の顔であった。


 クィルター侯爵家は皆、幼少から諜報や暗殺の技術を磨いて育つ。ヒルダとて同様だ。

 そして国民の殆どに秘匿されている『国の影』の存在を、王族であるアダムは幼少から聞かされて育った。

 彼等こそが王族を守る最も優秀な駒であると聞かされ、定期的に顔を合わせる機会があったからこそ、ヒルダとアダムは半ば幼馴染のような関係となっていた。


「だが……いくらコンスタントの悪行を暴く為とはいえ、今回はいくら何でもやり過ぎだ」

「やり過ぎ?」

「君は身を削り過ぎだった」

「それが『国の影』のあるべき姿です」

「進んで身を削る事があるべき姿だというのならば、そのような組織は無くなった方が良い。君達とて――我が国民に変わりはないだろう」


 潜入調査の為に結婚歴に傷を付け、毒を甘んじて受けるような少女。

 そんな兵器のような扱いを国側が一貴族に求めているというのならば、それは正しい治世ではないとアダムは思った。


「殿下は、清く正しいお方ですね。きっとこの国は安泰でしょう」

「俺の機嫌が悪くなったのを悟って胡麻を擂るのはやめろ」

「失礼いたしました」


 二人の間を風が吹く。

 アダムの視線の先で揺れる黒髪。その隙間から――密かに浮かべられた微笑みを彼は見逃さなかった。

 アダムは込み上げる感情を抑え込み、ヒルダの頬に手を伸ばす。


「……使命とやらのせいで、傷物になるなど」


 感情の起伏が浅いヒルダの代わりに胸を痛めていると、彼女が目を丸くした。


「ああ。傷物にはなっておりません」

「え?」

「純潔です、まだ」

「ブッ」


 美しい顔の女性が淡々と自身の純潔を告白する。

 そのちぐはぐな様子と彼女の言葉の破壊力にアダムは思わずむせてしまう。


「コンスタント様は清き乙女にこそ美しさを見出していたようですから」

「外道の極みだな。だが……そうか」


 アダムは顔を僅かに赤らめながら口を片手で覆い、考えを巡らせた。

 彼が何を考えているのかなど興味もないヒルダは不思議そうに首を傾げている。


「決めた」

「何をですか?」

「君が今回のような無茶をするつもりならば、君をクィルター侯爵家の人間では無くせばいいわけだ」

「はぁ。しかし今回の件で私は社会的には傷物の令嬢となりましたから、そうそう貰い手はないでしょう」

「どうだかな?」


 相も変わらず澄ました顔をしているヒルダを見てアダムは肩を竦める。

 それからヒルダを抱き上げた。


「送って行こう」

「歩けますが」

「淑女を裸足で歩かせる男がどこにいるというのだ」


 先程よりも近くで見つめ合う二人。

 アダムはヒルダの額にそっとキスを落とした。

 するとヒルダは僅かに目を見開いた。小さな変化だが、彼女にしては珍しく感情を出した瞬間だ。

 それに気分を良くしたアダムが笑みを深めたのも束の間。


「そういえば、アルフォード閣下も良くこのようになさっていました」

「……は?」

「顔の至る所や首など、愛情表現のつもりだったのだとは思いますが……」


 ヒルダはアダムの顔が強張っていることになど気付いていない。

 丁寧に体を指すヒルダを見て、今すぐ同じ様にしてやろうかと思ったアダムは怒りや嫉妬の入り混じったその衝動を何とか押さえ込んだ。

 代わりに漏れたのは


「……殺しに行くか」


 という何とも王族らしからぬ粗暴な発言。


 それは日頃聞く事の無い低く威圧的な声であったが、ヒルダは彼の心の機微などまったく気にしてはいない。


「私刑はいけませんよ、殿下」

「……冗談だよ。はぁ」


 なんだか勝手に怒り、気落ちしているアダムの様子が、幼い頃の様子と重なったヒルダ。

 彼女は横抱きにされたまま、こっそりと笑みを浮かべるのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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