4、金田一走の事件簿
――この事件の犯人は、この中にいる!
猛吹雪に見舞われたペンションで、青年の声が響き渡る。宿泊客が勢揃いする中、談話室は急速に冷えていくようだった。
彼らの視線はただ1人の大学生、金田一走という名の青年に向けられた。
「パシリちゃん。それって本当……?」彼の傍らで、幼馴染のミルキィが不安げに言う。パシリは大きく頷き、確信めいた瞳で見つめ返した。
「犯人って……。あの事件は山の神の祟りではないと?」ペンションのオーナーが青ざめては、声を震わせた。
「あぁそうだよ、思い出して欲しい。例のわらべ歌を」
誰かが小さな声で振り返るようにうたった。
――怒るぞ怒るぞ山の神
崇めて3度 夜に2度
スマホが暖炉であっちっち
最後は天を割られてのぼる
歌い終わると、年嵩の客が憤然とした。今にも食って掛かりそうなほどだ。
「今さらそれがなんだ。祟りでないという証拠がどこにある?」
「分かりませんか」パシリは全員の前を、もったいぶるように歩いた。「その歌は遡れば平安中期から伝わるものだと、そうですよね?」
皆は無言で頷いた。するとパシリが指を鋭く突きつけた。
「おかしいでしょう! そんな昔にスマホなんてあるわけがない!」
「あっ……!」盲点だとばかりに全員が目を見開く。パシリは続けた。
「おそらく本当の歌は違う内容だったが、犯人が捏造したんだ。山の神の祟りが原因だとミスリードするために!」
「な、なんだってぇ!?」
「捏造したわらべ歌をさも正しいものとして、オレたちの認識に刷り込むことが出来た人物は、1人しかいない。その人物とは――」
パシリが突き立てた指を振り下ろそうとした。
「犯人は、このペンションを経営する――」それよりも早くオーナーが喚いた。「あぁそうだよ僕がやったんだ!」
オーナーのセリフが追い越してしまったので、場の空気はとたんに怪しくなった。探偵と犯人、どちらの言葉に耳を傾けたら良いか、悩まされる。
「パシリちゃん、犯人はどうやって被害者を……?」ミルキィが尋ねるので、パシリは胸を張って答えた。
「この吹雪だ。わざわざ凶器を用意しなくても良くて、それは――」
「屋根の雪を使ったんだ。それをドバーーっと頭の上に落として、あいつを殺してやったんだ!」
またもやオーナーが先を越す。パシリはもどかしそうに唸っては、自白する男を睨みつけた。
「でもオーナーさんにはアリバイがあったよね? 雪下ろしをして殺害する時間なんて」
その言葉にパシリは「それだよそれ」と、軽快に指を鳴らした。不敵な笑みを浮かべてはこう言おうとした。
「スマホだよ。被害者のスマホは暖炉で燃やされてしまった。となると、彼が時間を知る手段が限られてくる。そこを利用して――」
「部屋の時計を15分進めておいたんだ。そうしたら食事時になれば彼も部屋から出てくるだろう。」
またもや犯人の口から種明かししてしまうので、パシリは思わず叫んだ。
「ちょっと、さっきから何だよ! どうしてオレの邪魔をするんだ?」
「邪魔って、何が……?」
「ここはホラ、名探偵の推理を披露して犯人を追い詰めてくシーンじゃないか! ちょっと黙っててくれる?」
しかしパシリの怒りは通用しなかった。年嵩の男が言う。「どうしてアンタがでしゃばるんだ。自白させるのが確実じゃないか」その言葉に男の婦人も、半裸で汗っかきな男たちも「そうだそうだ」と続く。
こうなるとパシリは黙らざるを得ない。不機嫌さを隠さずにソファにどかりと座った。
「それじゃあ、洗いざらい喋ってもらおうか」と誰かが問うと、オーナーは滑らかに答えた。
焼き切られた吊り橋、断崖絶壁を駆け上るヒクイドリのトリック、それらも全て明らかにした。「まさかそんな方法が!?」と一同は驚いたが、パシリは不機嫌だ。「それくらい簡単に見抜いたもんね!」特に取り合う人はいなかった。
「それで、なぜ殺したんだ。動機は?」と誰かが聞くと、オーナーは口ごもった。
その隙を見逃す名探偵ではなかった。
「はい! はい! オレやれます、動機について!」パシリが大声で挙手した。
「犯行理由は簡単です、それは髪型!」
「髪がどうしたって……?」
「被害者はキレイに切りそろえたマッシュルームカットでした! それが、ハードモヒカンを愛して止まないオーナーとは反りが合わなかった。だから殺したんですよね?」
全員の視線がオーナーに向く。「いや、ぜんぜん違うけど」そして即否定。
「違うんかい! だったらもう、その頭を剃っちまえ!」
理不尽にキレ始めるパシリをよそに、オーナーは静かに口を開いた。それとともにスマホを取り出しては、皆に視えるように高く掲げた。
ゲームアプリが起動している。トップ画面のようだが、そこには鮮やかな配色で描かれた美少女キャラが入り乱れていた。さらに、どのキャラも極端に薄着で、裸も同然だ。とてもじゃないが見せびらかすようなものではない。
オーナーは神妙に口を開いた。
「僕はこのゲームが好きで、好きで好きで仕方がないんだ。言っとくが、別にキャラはどうでもいい。この、なんというか、ゲーム性や戦略が面白くてプレイしてるんだ」
熱っぽく語りだしたかと思えば、すぐにその瞳も曇る。床のシミを眺める角度だが、怒りがフツフツ湧き上がるような仕草を見せたので、辺りはシンと静かになった。
「アイツは、僕の編成デッキを嘲笑ったんだ。必死にガチャを回して、借金まで重ねて生み出した至高の編成だというのに……!」
握りしめられた手が怒りに打ち震える。
「しかもアイツは、この夏限定のSSRキャラを持っていたんだ。水着衣装で、胸の谷間だけじゃなくローアングルからもじっくり楽しめるという超レアキャラだ! 僕は持ってない。だからガチャを回しに回したよ! ペンションを抵当に入れて、運転資金までに手を付けたけど……ダメだった!」
振り上げた拳は、オーナー自身の腹にめり込んだ。それは贖罪のようにも見えた。
「だから僕は決めたんだ。アイツのスマホを破壊してやろうと――暖炉に放り込んだ。最高キャラを自慢した報いだと、いい気味だったよ。それなのに……!」オーナーの瞳が憎悪で燃え上がる。「アイツはパソコン版のアカウントも持っていた! ノートパソコンで優雅に遊んでいたよ! それを見たらもう、許せなくて、許せなくて……」
「だから殺した?」
パシリの問いにオーナーは頷いた。
「あとはもう、自白したとおりだよ。それが全容さ」
「オーナーさん……」
「やめてくれないか、金田くん。僕はもうオーナーじゃないよ。殺人犯として収監される囚人さ」
「でもオレ、オーナーのペンションは好きですよ。朗らかな笑顔、そこそこ美味しい食事、それに頭をさげるたびに刺さりそうになるモヒカン。どれも最高でした」
「金田さん……」
「出所した時は教えてください。どうにかしてペンションを再開させて、また僕達をもてなしてくださいよ!」
「ありがとう、そう言ってくれて……!」
その時、ペンションのドアが叩かれる。「警察かな。通報したんだよ」とパシリは言って、扉を開けた。
そこには青ざめた2人組の男が立っていた。レインコートに無数の雪がまとわりついていた。とてもじゃないが警察には見えず、手帳を出す素振りも見せなかった。
「あのう、どちらさま?」
パシリが尋ねると男はこういった。
「あ、麓の街で貸金業を営んでます街金ですが……」
「貸金業……?」
「今日が返済日なので、払ってもらいたくて。三百万きっちりと」
その場の全員がオーナーを見たが、彼は渇いた笑いを浮かべるばかりだった。そして潔くかぶりを振った。手持ちの金は全て課金ガチャで消費済みだった。
「あっ、そういうことね。まぁ逃げなかったことは評価する。大海原と山奥、好きな方を選ばせてあげようか」
借金取りはオーナーを両脇に取りついては、外へ連れ去ろうとする。さすがにパシリが止めた。
「待ってください。オーナーは事件の犯人で、警察に引き渡さないといけないんだ!」
「ええ? そりゃ困るな。塀の中に逃げられたら取り立てが出来ないが……」
借金取りが頭を抱えた所で、ペンションの裏口が騒がしくなる。駆けつけてみると、なんと、死んだはずの被害者が自力で室内に駆け込んできたのだ。
「うぅぅ寒いっ! いったいどうしたんだよ、目が冷めたら雪の中だし猛吹雪たし! 誰かコーヒーでも淹れてくれ」
「あっ、殺人事件がないなった……」
こうなっては遠慮などない。表に止めた乗用車に、借金取りはオーナーを押し込んでは、雪道を降っていった。
ペンションには宿泊客だけが残された。
「ふう、なんとか解決したかな」
パシリは肩の荷を降ろした。ミルキィも「お疲れ様」とねぎらっては、温かなコーヒーを差し出してくれた。
「ありがとう。それにしても、虚しいよね。事件の後はいつもこうさ……」
パシリは暗い夜空を見上げた。それからも猛吹雪は止むことなく、山々を白く染め上げるのだった。
〜完〜




