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8. This is a pen

 This is a pen.

 これはペンです。

 夏祭りの夜に、父が渋々買ってくれたペンです。

 人混みでむせかえるような熱気の中

 キラリと光る飾りが可愛らしくて

 所かまわず駄々をこねた思い出があります。


 初めのうちは大事に大事にしていたけども

 それもいつしか飽きてしまい

 他のペンと一緒くたになりました。


 ある時、父と進路で大喧嘩をしました。

 私は絶対出来ると言い張り

 父は出来るわけがないと頭ごなしに叱りました。


 言い争いは激しくなるばかりで、母も弟も止められず

 激昂した父はついに拳を振り上げました。

 私は怯まず、むしろ父を強く強く睨みつけました。


 すると父は、しばらく拳を震わせたかと思うと

 居間の小物入れを引っ叩きました。

 そして辺りに散らばったペンの中から1本だけ掴み取り、そのままへし折りました。


 ――それは私のペンでした。


 その日以来、父と口をきくのを止めました。

 受験期でも学校は楽しめました、父が居なくて気楽でしたから。

 塾も遅くまで自習室に残り、ひたすら勉強に打ち込みました。

 家に帰ることは憂鬱でした。


 しばらくして、父が単身赴任のために家を出ると言いました。

 私は何も言いませんでした。

 好きにしたら良いと思いました。

 結局はまったく口をきかないままで、父は遠くへと旅立ちました。


 家の中は快適になりました。

 それでもふとした時、物音がする方を見てしまいます。

 空っぽの座椅子にずんぐり太った姿はありませんし、小さな書斎から物音ひとつしません。

 夏の日差しが、誰も触れなくなった本に当たり、少しずつくすませていきました。


 そんな時です。

 何気なく自室の机の引き出しを開けて、驚きました。

 私のペンが、真ん中でふたつに折れたペンが、そっとしまってありました。

 接着剤を余分につけて、セロテープでぐるぐる巻いただけ

 手紙のひとつもなく、言伝もなく

 ただそっとしまってありました。


 私はよくわからなくなり、引き出しを無言で閉じました。

 ――どうしたら良いのだろう。

 あの日から、その事ばかり考えてしまいます。


 This is a pen.

 これはペンです。

 いくつもの思い出が詰まった、世界でひとつだけのペンです。



〜完〜

 

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