バレンタイン、フィリップ、ファース
フィリップが杖を掲げ、呪文を唱えた。
「――マグヌス・エクソシズム」
杖の先から迸った純白の光が夜闇を一瞬真っ白に変えた。あちこちで何かが焼けるような音がし、焼け焦げたヒルが落ちてくる。
「……スラッグボム、駆除完了」
フィリップはメガネのずれを指先でそっと正しながら、静かに宣言した。
「な、なんじゃと……!?」
狼狽するドロシーを、翠緑の髪を揺らした少年が楽しげに見下ろす。
「へぇ。スラッグボムを創れるゴブリンなんて、なかなか見かけないね。入門用とはいえ……やるじゃん、おばあちゃん」
からかうような声音に、ドロシーの顔が歪む。
その背後で、腕を組んだ女がため息まじりに言った。
「カルマ、あんた本当に懲りないわね。この展開、何度目? あたしたちがいなきゃ、とっくにオダブツよ」
戦場でも日常でも、彼女の物言いは変わらない。
バレンタインの言葉はいつも現実的だ。
「……カルマさん、この人たち、本当に強いんですね」
リクが息を呑むように呟いた。
「ああ、俺とは別物さ」
カルマが肩をすくめるように笑ったそのとき、ゴブリンリーダーがツバを吐いて一歩前に出た。
「なあ、ねーちゃんたち。横槍入れるんなら、それなりの覚悟で来たんだろうな。そこで虫けらみてえに転がってんのは、魔王を倒したばかりの勇者御一行様だぜ」
バレンタインは鼻で笑い、吐き捨てる。
「……で?」
その一言に、カルマが堪えきれず吹き出した。
「ワハハハハハ!」
「ちょっと、あんたは笑うんじゃないわよ」
バレンタインが横目で睨むが、すでに遅い。
「……何を笑ってやがる……馬鹿にしてんのか、テメェ!」
ゴブリンリーダーの怒声とともに、群れが一斉にバレンタインへと殺到する。
カルマが静かに言った。
「――笑うしかないだろ。お前らが相手にしてるのは、<六師外道>だぞ」
バレンタインが片手をかざし、すっと構える。
「――《阿修羅覇王拳》」
ズドォォォォォンッ!!
大気が炸裂し、地が揺れ、森全体が悲鳴を上げる。凄まじい衝撃波が爆風となって四方に広がり、視界は瞬時に粉塵で埋め尽くされた。
ズドドドドドドドッ!!
しばらくして静けさが戻る。
風が粉塵を払い、姿を現したのは、巨大なクレーターだった。
そこにゴブリンたちの姿はなかった。
「バレンタイン! なんでそんな技を……ゴブリン相手にやりすぎだよ!」
フィリップが咎めるように言う。
「拳がうずいてたのよ、使い道なくてね」
バレンタインは服についた埃を手で払いながら、そっけなく言い放った。
「おばあちゃーん……? あれぇ……潰されちゃった?」
ファースが首をかしげる。
「げほっ、げほっ……!」
砂埃を吸い込み、咳き込むリク。
「お前たち……命の恩人だよ」
カルマが肩の傷を押さえながら感謝の声を洩らす。バレンタインは眉をしかめた。
「まったく情けない……フィリップ、回復」
「了解」
フィリップが無駄のない所作で杖を振ると、リクとミレイナ、カルマ、そしてトゥアの傷が淡い緑の光に包まれて癒えていく。
「す、すごい……桁外れの魔力……」
「あ、見つけたぁ~」
ファースが指さす先にいたのは、ずるずると地を這い、逃げようとする老婆――ドロシーだった。
「ヒッ……ヒィイイイ!!」
ドロシーは絶叫しながら這い進むが、ファースが一歩前に出る。
「ビビりすぎなんだよ」
その指が軽く鳴らされた。
パチン――
ドロシーの背後に黒い影が不吉に立ち上がる。影は歪み、ねじれ、漆黒の魔物の輪郭を形づくる。その顎が、容赦なく老婆の身体を咥えた。
グシャグシャ、バキッ、ボキッ――
骨が砕ける音。肉が裂ける音。凄惨なドロシーの断末魔が森の静寂を破る。振りほどこうと伸ばされた彼女の手は、影をすり抜け、虚空を彷徨う。やがて彼女の姿は黒い影に完全に喰われてしまった。
「対象の影を媒体に顕現する【死の底無し沼】」
ファースが軽やかに口にする。
「オリジナリティが無きゃ、クリエイターなんて名乗っちゃダメだよね」
そう言って、ファースは笑顔を浮かべた。