開示/侵蝕
剣を握り締めたリクが、疾風のごとく駆け出した。
瘴気を裂いて放たれた一閃が、迷いなくカルマの胸元を貫かんと迫る。
その刹那。
「反計」
ドンッ!
鈍い衝撃音。次の瞬間、カルマの掌底がリクの鳩尾に深々と突き刺さった。
「……ッ、ぐ……ぉ……ッ!」
リクの身体が宙に浮き、無様に地面へ叩きつけられる。土煙が舞い、森の瘴気と混じり合って彼の姿をぼやかした。
カルマは一歩も動かず、無感情に見下ろしていた。
「無駄だ。お前は、俺には勝てない」
「そんな……リク様が……っ!」
ミレイナが声を震わせ、彼の前に立ちはだかる。唇は蒼ざめ、手には力が入っていない。
だが――
「勘違いするな」
カルマの声は静かで、どこまでも冷ややかだった。
「俺は何もしていない。仕掛けてきたのは、そっちだ」
地をつかむように手をつきながら、リクがゆっくりと立ち上がる。その瞳にはなおも闘志が宿り、全身に怒気がまとわりつく。
「……ミレイナ、下がってろ。こいつの“正体”を探る」
そう言って、リクは左手を掲げ、低く呟いた。
「開示魔法<インスペリオ>を使う」
それは、対象に触れることで記憶や魔力の本質を読み取る、精密な探査魔法。
リクの掌が、光を帯びながらわずかに震えた。
「ミレイナ! 今だ、動けなくしろ!」
「……っ、磔刑!」
詠唱と同時にカルマの背後に純白の十字架が出現した。両腕は見えざる力に引き開かれ、脚は一直線に揃えられたまま、静かに封じられる。
カルマは無言のまま、わずかに目を伏せた。
リクはよろめきながら前へと進み、肩で息をつきながらその首元へ手を伸ばした。指が肌に触れると同時に、叫ぶ。
「……開示魔法!!」
魔力が逆流するように、情報の奔流がリクの掌へと一気に押し寄せた。
そして――
「ぐああああああああああああああああッ!!!!」
凄絶な悲鳴が森に響く。
リクはその場に膝をつき、地を這うように崩れ落ちた。頭を抱え、身を捩り、喉を裂くような呻きを上げ続ける。
「リク様!? おのれ……貴様、何をしたッ!!」
ミレイナが杖を構え、怒りに顔を紅潮させる。
だが、カルマの声音は平板で、ひどく静かだった。
「俺はなにもしていない。
触れたのは、そっちだ。
観てはならないものを観た。
気づいてはならないものに気づいた。
――そして、取り込んではならないものを、自分の中に引き入れた。
それだけのことさ」
「う、あああっ……!」
リクが地面に爪を立て、全身を小刻みに震わせる。額から汗が噴き出し、顔は蒼白に染まっていた。
やがて、震える手で上体を起こし、血走った目をカルマに向ける。
「お前……俺に……何を入れたッ!!」
カルマは、ただ小さく笑った。
「俺は何もしていない。
お前が勝手にコピーしただけだ。――俺という器の底に沈んでいた“最も深く、最も恐ろしい記憶”をな」
「……“恐ろしい記憶”? 何だっていうんだ……!」
カルマの目が細まり、その奥に、夜とは別種の深い闇が揺らめいた。
「それはな――勇者と魔王のさえも呑み込む、“虚無”だよ」