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勇者リク

 森は、濃密で重たかった。

 陽の光は鬱蒼と茂る枝葉に遮られ、地表を照らすのは、かすかな青白い陰だけ。

 空気には瘴気が混じり、ただ歩くだけでも、全身に鉛のような疲労がまとわりつく。

「……ミレイナ、何か感じるか?」

 先を行く青年が、ふと足を止めて問いかける。名はリク・アシュレイ。十八歳。

 “光の導き手”と呼ばれた若き勇者。その背には、今、微かに陰が差していた。

「……瘴気が濃すぎる。トゥアの気配が掴めない」

 答えたのはミレイナ・ヴァルト。十七歳。〈ルシアス王国〉の王女。

 赤い瞳を細め、杖の先に浮かぶ魔力球をじっと見つめている。

 常ならば冷静沈着で、世界をどこか他人事のように眺める彼女でさえ、いまは珍しく眉をひそめていた。

「もしゴブリンの巣に攫われたのなら……瘴気のさらに濃い方角。森の最深部に拠点があるはず」

「……最悪の展開だな」

 リクは短く息を吐き、再び視線を前に向けた。


 かつて魔王を討ち滅ぼした三人の勇者たち。しかし、世界はそこで終わらなかった。

 むしろ、あの瞬間から新たな“始まり”が訪れたのだ。

 それが、この世界の理。

 そして今、大切な仲間がひとり、消えてしまった。

 トゥア・ルーミア。獣の耳と尾を持つ獣人の少女。人間でいえば十四歳ほどの年頃。

 明るく、無邪気で、仲間たちの心にいつも火を灯してくれていた存在。

 その彼女が、ある日、ふいに姿を消した。

「急ごう。あいつは……そう簡単に死ぬやつじゃない」


 リクが低く呟き、瘴気の濃く立ち込める森の奥へと歩を進めた――その瞬間。

 鋭い風が枝葉を裂き、静寂を引き裂く音が響く。

「……っ!」

 リクは反射的に身を翻し、地を転がった。頬をかすめた何かが、地面に突き刺さる。小さな金属の塊――奇妙な紋様が刻まれ、異様なまでに精密な造形。見たこともない武器だった。

 そして、音もなく背後に現れる男。

「それは<バジュラ>だ。投げれば、標的のもとへ必ず導かれる……つまり、俺の狙いはお前だ」

 落ち着き払った声。だが、底知れぬ圧がそこにはあった。

 リクは眉をひそめ、瘴気に満ちた空気を深く吸い込む。

「誰だ、お前……? こっちはおっさんの相手してる暇なんかねぇんだよ」

 男は苦み走った顔で口角をわずかに持ち上げる。

「説明すると長くなる」

 リクも、そしてミレイナも、ただならぬ気配に自然と距離を取っていた。

 リクが剣を引き抜き、鋭く言い放つ。

「興味ねえよ、おっさん。道を空けろ、今すぐにな」

 男は淡々と名乗った。

「カルマ。俺はカルマ。……“世界を壊す仲間”を探している。――そしてお前こそが、その一人だ。世界を壊し、再び創り直す者の」

 その言葉に、リクの胸がざわりと音を立てる。焦燥が血流を一気に駆けめぐった。

「……ふざけるなッ!」

 叫ぶと同時に、足元から魔力が弾ける。

「俺たちは、世界を守るために戦ったんだ! 壊すなんて……そんなの、絶対に許さない!!」

 張りつめた空気が、ついに臨戦へと転じた。

 リクは剣を構え、地を蹴った。

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