― 序章 ―
かつてこの世界は、魔力など持たぬ、ただの星だったという。
人も、魔も、生まれながらに魔法を扱う術など持たなかった。
大地は沈黙し、空は無垢だった。静けさこそが、世界のすべてだった。
それを覆したのが、シヴ山である。
今から六十四万年前――
世界の中心にそびえていたその巨大火山は、ついに地の底に封じられていた魔力を押しとどめきれず、破局の咆哮を上げた。
《シヴァン・スーパーボルケーノ》――
それはあらゆる生命の終わりであり、そして、魔の理の始まりだった。
世界は燃え、溶け、砕け、命あるものの九割以上が灰となった。
だがその絶望のさなかで、魔力は解き放たれたのである。
地脈は脈打ち、空は揺らぎ、生まれ落ちるものすべてが、魔力という新たな律に触れるようになった。
人も、魔族も、その身に魔力を宿し、「魔法」という力を得た。
しかし――
彼らが知らぬことがある。魔力は、生命だけのものではない。
風も、水も、火も、大地もまた、魔を秘めていた。
ある条件のもとで自然そのものが放つそれは、災厄であり、奇跡でもあった。
「事象魔法」。
落雷、地震、干ばつ、洪水、豊穣、瘴気。
それらは誰の意思にもよらず、世界が世界として発する、原初の魔法である。
だが、そうした魔の理が長く続くうち、やがて自然の奔流にも法則が生まれ、抗いようのない宿命が編まれていく。
世界は、二つの巨大な魔力の潮流に呑まれていく。
一つは「勇者」。もう一つは「魔王」。
それらは時代ごとに現れては争い、どちらかが滅びると、いずれまたどちらかが生まれた。
戦いは繰り返され、あたかも世界そのものが、その輪廻を望んでいるかのようだった。
――歴史とは、勇者と魔王の干渉であり、均衡であった。
だが、もしも。
その輪廻を断ち切ろうとする勇者たちが現れたなら。
救うためではなく、壊すために剣を取る者たちがいたとしたら――
これは、世界の再生を信じて滅びに手を伸ばした勇者たちの物語である。