第3章(前編):魔王城への依頼
エルム村での配達を無事に終えた翌朝、俊は王都へ戻るため、早朝から馬車に揺られていた。
小さな村を出て、山道を越え、王都“ベルザイア”の門をくぐったのは、昼も近くなった頃。
王都はにぎやかだった。石畳の広場、市場に立ち並ぶ露店、叫ぶような客引きの声。異世界であることを忘れてしまいそうな、ある種の“活気”がそこにはあった。
俊の目的地は「配達人ギルド中央本部」。
冒険者ギルドに似た建物だが、こちらは配達専門職の拠点。
石造りの3階建て、入り口には羽根のついた鞄の紋章が掲げられている。
受付に立つと、眼鏡をかけたエルフ女性が俊に気づいて微笑んだ。
「赤羽俊さんですね。エルム村への初配達、お疲れさまでした。評価、非常に高かったですよ」
「ありがとうございます。次の仕事を受けに来ました」
彼女が書類をめくる。
俊はその時、ギルドの壁に設置された「依頼掲示板」に目をやった。
並ぶ文字の中に、ひときわ目を引く一文があった。
>【至急配達:ランクA以上限定】
>依頼主:王国契約局
>宛先:第七魔王アークネメシス
>内容:王国との協定文書(魔力封印付)
>期限:本日中
>報酬:金貨50枚+信頼度ポイント上昇(対象:国家・魔王陣営)
「……っ」
空気が一瞬、重くなった気がした。
俊の目が掲示板のその張り紙に釘付けになるのを、受付嬢が見逃さなかった。
「……その依頼、気になりますか?」
「ええ。気になります。……あれって本物ですか? 冗談じゃなく?」
「本物です。でも、いわゆる“無理案件”です。あそこへは、今まで誰も時間内に届けられたことがないんです」
「……なるほど。だから残ってるんですね」
俊は数秒沈黙し、掲示板から視線を外した。
「俺、それ、受けます」
受付嬢の手が止まる。
「……赤羽さん。それは“本気”で言ってますか?」
「本気です」
「念のため確認させてください。相手は“第七魔王”アークネメシス。契約局の封印文書を配達するということは、王国と魔王軍の政治的バランスに触れる内容です。もし失敗すれば、配達人としての信用はおろか、命の保証も……」
「それでも構いません」
俊は言った。口調は静かで、だがその瞳は迷いなく澄んでいた。
「俺は、“届ける”ことに命を懸けてます。配達人ですから」
その言葉に、受付嬢はほんのわずか口元を緩めた。
「……分かりました。発行処理を始めます」
20分後、俊は受付カウンターで“緋色の配達封筒”を受け取った。
漆黒の封印が魔力で固められており、封を破ることは不可能。宛先は“黒雲の裂谷・魔王城”。
俊のスキル《正確配送》が、すでにその方向を感知し、頭の中にルートイメージが構築されていく。
「現在午後2時……日没までにあと4時間半。十分可能だ」
俊は革のバッグに封筒をしまい、ギルドを出た。
街のざわめきの中、彼の姿はすっと空気に溶け込んでいく。
だが、確かに何かが“動き始めた”――そんな気配を残して。
ギルド本部の奥。
応接室の中で、二人の男が俊の名前が記された依頼書を眺めていた。
一人は王国契約局の文官、もう一人は軍の諜報担当。
「……本当に、あの男に託して大丈夫か?」
「彼はエルム村の配達を時間ピッタリで完了させたという報告がある。“配達の神”に選ばれた者だ。賭ける価値はある」
「もし魔王に不快感を与えれば、戦争再燃の口実になるぞ」
「だからこそ、“信頼できる配達人”にしか託せないんだ。――赤羽俊が、それにふさわしいかどうかは、数時間後にわかる」