第2章:初めての配達、山越えのエルム村へ
――配達時間、残り5時間12分。
赤羽俊は、革の配達バッグをしっかりと肩にかけ、緩やかな山道を一歩ずつ登っていた。
行き先はエルム村。王都から東へ約40キロ、森と岩山に囲まれた辺境の村だ。
「ただの書状とはいえ、依頼主が王国の文官か……重要な内容なんだろうな」
俊が受け取った依頼用紙にはこう記されていた。
>【配達依頼書】
>依頼主:王国第二文官室 マイセル=ドロッサ
>配達先:エルム村村長・フラウ=ギリアム
>荷物内容:王国通達書状(魔封インク使用)
>配達期限:本日中(日没まで)
「日没って……時計ないのが地味に不安だな」
異世界に来てから、俊は“太陽の位置”で時間を読む練習をしていた。配達神マーリィに言わせれば、「太陽の移動速度と方角を把握すれば、貴方ならおおよその時間は読めるはず」とのことだった。
「まあ、俺の特技だしな。“感覚で時間がわかる”ってやつ」
*
舗装もされていない山道。土と草と木の根が入り混じる足元に気をつけながら、俊は進んだ。ときおり現れる標識には、古代文字のような記号が書かれている。
スキル《ルート可視化》を発動すると、彼の視界の中に薄く光る“道筋”が浮かび上がる。これが、ギルドが推奨する「最短かつ安全な配達ルート」だ。
「なるほど、これは便利だな……。迷子の心配はない」
そう思ったのも束の間。
「ギャァァア!」
不意に、茂みの奥から悲鳴のような鳴き声が響いた。
次の瞬間、足元に影が走る。
――魔物だ!
出てきたのは、体長1メートルほどの“牙トカゲ”。この世界ではそこそこメジャーな雑魚モンスターらしいが、俊にとっては初の実戦だ。
「落ち着け……こういう時こそ、《時間ジャッジ》!」
スキルを発動すると、俊の脳内に流れる時間が一瞬ゆっくりになる。
トカゲが跳びかかる瞬間、俊はしゃがみ、右に転がってかわす。
「よし、いける!」
さらに背後に抜け、全力でダッシュ。《時間最適化》で足運びすら自動的に調整され、岩場や段差もスムーズにクリアできた。
トカゲは俊のスピードについてこれず、あっという間に茂みの奥へと引いていった。
「……バトル向けの能力じゃないけど、逃げるには十分だな」
*
午後になり、日が傾き始めた。
空気が少し涼しくなり、森の影が伸びる。
俊は途中、小川のほとりで軽く休憩を取った。バッグの中には、ギルドから支給された保存食と魔法水のボトル。
「これ、コンビニ飯よりうまいな……異世界スゴい」
リラックスしながらも、彼の視線は太陽の角度と時計スキルに向けられていた。残り時間は約2時間。地図によると、エルム村まではあと5キロ程度。
だがその先には、最後の難関――“吊り橋”がある。
*
夕方。
崖と崖を結ぶ、朽ちかけた木製の吊り橋。その向こうに、エルム村のシルエットが見えた。
「ここを……渡るのか……」
風が吹くたびに橋が揺れ、軋む音が響く。
だが、迷っている時間はない。
俊はバッグの紐を固く結び、意を決して一歩踏み出した。
ギィ……ギィ……
一歩、また一歩。足元の板がふにゃりと沈むたび、全身に緊張が走る。
――あと3分以内に渡り切れれば、安全圏。
スキル《時間ジャッジ》をフルで使い、呼吸と歩幅、バランスを完璧に調整しながら橋を渡り切る。
最後の一歩を踏み出したとき、背後で板が崩れ、谷底へと落ちていった。
「間一髪……間に合ってよかった」
*
村に到着したとき、村の鐘が“日の入り”を告げていた。
俊は村長の家を訪ね、呼び鈴を鳴らす。
「どちら様かな?」
ドアを開けたのは、年配の男性。村長のフラウだ。
「赤羽俊と申します。ギルドより配達に参りました。王都からの書状をお持ちしています」
封筒を差し出すと、フラウの表情が変わった。
「……まさか、本当に……時間通りに来るとは……。しかも一人でこの道を……」
「はい。“時間厳守”がモットーなので」
フラウは感心したように頷いた。
「ありがとう。君はこの村で語り継がれるだろう。“時を運ぶ者”としてな」
*
その夜、俊は村の宿で眠りについた。
今日届けたのは、ただの一通の書状。
だが、それは確かに“誰かの大切な想い”を運んだのだ。
「届け先がどこであっても、必ず届ける。――それが、俺の仕事だ」
配達人としての誇りが、胸にじんわりと満ちていた。
翌朝、俊は次の依頼を受け取る。
それが“魔王城”への配達だとも知らずに――。