四十品目 吸血鬼の塩漬け3
「行きたいところ? うーん……あ、そうだ。ロサさん、魔王軍がメデューサを捕まえてると思うんだけど、その場所に心当たりはないかな」
「メデューサ? なんでまた? 別に知り合いを探してるとかなら教えてあげてもいいけど、そもそも話の通じる相手じゃないし、そういうわけでもないんでしょ?」
「あれ? もしかしてロサさん、港湾都市でカワマタさんに会ってなかったりする?」
「カワマタ? 誰よそれ。というかアンタらが手を出すなって言ったんでしょ? マリーナにはアンタらに会って以降、近づいてもいないわよ」
「アザレアさん」
分かっていると私は思わず頭をかく。今日はいい意味で予想を裏切られる日だ。
「レダもそうだがお前も大概だな。律義なのか何か考えがあってのことなのか知らないが、マリーナでお前を待っているやつがいる。事の詳細は省くが、城塞都市を攻めてきたラミアの目の元の持ち主、つまりメデューサを探しているやつがな」
「いやいや、とりあえずアンタが私を信用してなかったことは置いておいて、例えその誰かさんと私が会ったとしても、居場所を話したりはしないわよ? ていうか、その感じだと私のことを話したの? ちょっと軽率じゃない?」
「マリーナのすぐあとの話だぞ。それにお前も迂闊に手を出せばタダでは済まない。そんな相手だ」
「ふーん、まっ、しばらくは大人しくおくつもりだし、今からでもそのカワマタとかいうのに会いに行ってあげてもいいけどね。とにかくメデューサがいるのは砂漠よ。その探してる相手ってのが、個人的に飼われていない限りわね」
砂漠か……あまりいい思い出がないので、積極的に行きたいと思える場所ではないのだが。
ちょうど行先を決めかねていたところにこれだ。
正直ロサが暇だというのなら、メデューサの件は任せてしまいたいところだが、もはや帝国以外となると、どこに向かおうと大差はないだろう。
要するに隠遁生活を選ばないというのであれば、これからは魔王軍の息が少なからずかかった街や国をめぐることになる。
「まあ、共和国も中々いい国だったしな。行ってみるか」
「本気?」
「なんだ、私たちが砂漠に行くと困ることでもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど……やめておいたほうがいいと思うわよ? パスやネドは腕力というか、もちろんそれもないと話にならないんだけど、あくまでも上に立ってたのは総合的な評価というか。層が厚いから必然的にそうなるんだけど、って――そんなことはアンタらも分かってることよね」
ロサは苦笑しながら腕を組む。そうして目を閉じ、唸りだしたかと思うと、ほんの数秒で目を開ける。
「その、砂漠の連中は少し違うのよ。魔王軍でも持て余すような、純粋な強さだけの奴らを意図的に一か所に集めてるっていうか、一緒に隔離してるっていうか」
「なんだ、魔王軍は檻の中に看守も収容するのか。面白いことを考えるものだな」
「全然おもしろくないわよ。そこにアンタらが行くって言ってる以上、今生の別れになる可能性もあるんだから」
「お前に限って素直に心配してくれている、というわけでもなさそうだな」
「よくわかってるじゃない。腕力自慢だけなら別に止めたりしないけど、あそこに魔力自慢もいるから……」
ロサはあからさまに視線を逸らす。そうしておいて言いにくそうにしながら、また目を合わせてくる。
「アザレア、アンタ魔法は苦手でしょ? それにキリボシは魔法に疎いみたいだし。どう考えてもアンタらとは相性が悪い場所よ?」
「なぜそう思うんだ? お前の前で魔法を使ったことはなかったはずだが?」
「分かるわよ。毎回、私に水を要求してるでしょ?」
ロサの同情するような顔に私は何も言えなくなる。悔しいが反論したところで、証明してみせろと言われたらそこまでだからだ。
思えば生きるために独学で身に着けた魔法。剣も同じだというのに、上達したのは剣の腕ばかりで魔法のほうはほとんど上達しなかった。
せめて教えてもらえる師がいたのなら――そう思うこともあったが、剣でどうにかできることが増えるにつれて、魔法の方はいつしかおざなりになっていた。
「別にアンタの得手不得手を責めてるわけじゃないのよ。ただ帝国と違って砂漠はなくなったりしないんだからさ。少しぐらい寄り道したっていいと思わない?」
「帝国……人間の最先端か」
「そういうこと。なんてったって、砂漠にはダークエルフなんて比じゃない本物のエルダーがいるんだからね。キリボシもこれを機に少しは魔法を勉強したら? 意外と才能があるかもしれないわよ?」
「僕は帝国の料理の方に興味があるけどね」
「アザレアの負担を減らすことにもなるんだから、好き嫌いしないの。まっ、何にせよ砂漠に行くならこっちで潜り込めるように手筈だけは整えてあげるから。しばらくは大人しくしてるのね。もし帝国が攻められるってなったら、その時は教えてあげるから」
「至れり尽くせりだな。今度は何が目的だ?」
「別に? しいて言うならアンタと同じで引け目かしら。アンタがそれでネドのことを話したように、私のほうにも帝都のことがあったからね。それにレダより私のほうがいいってことを今のうちに教え込んでおかないと」
そうでしょ? とロサは悪戯な笑みを浮かべる。
「下品だな」
「ええっ?」
「下心が丸出しだ。まあ、今回はそういうことにしておいてやる」
「そう? じゃあ、私はそろそろ――」
ロサは言いながら腰を下ろした岩から立ち上がろうとする。それを待ったと声で押しとどめては、間髪入れずにロサの足元に置かれた一枚の皿を指さす。
「……食べなきゃダメ?」
「あー、レダは食べてくれたのになー、カマソッソ」
「え? レダにコウモリを食べさせたの?」
やるわね、とロサは楽しそうに笑っては、直後にいや何が? と片手で頭を抱える。
「私だってコウモリぐらいなら食べたわよ? ただ今回はちょっと……知り合いが混ざってる可能性が高いし……」
「心配するな。私も知り合いかもしれないラミアを食べた」
「アンタらね……私が言うのもなんだけど、倫理観はどうなってるのよ」
「まあ別に食べたくないなら食べなくていいぞ。無理強いする気はないからな」
「急にやさしっ」
「魔王軍がバルバラを攻めたから、私はラミアを食べる羽目になったんだぞ」
「急にきびしっ、って分かったわよ。食べるから。食べればいいんでしょ?」
ロサは観念したように皿を拾い上げる。正直ちょっとからかっただけのつもりだったが、二度三度と躊躇しながらも肉にかじりつくロサの姿を見て――共和国でレダに覚悟を見せつけられた時ほどではないにしろ――少しだけ感心してしまう。
「あれ? 結構悪くないかも? 思ったよりも硬くないし、味も塩加減がちょうどよくて香りも――え? なにこの後に残る匂い。うそでしょ、獣みたいな匂いがするんだけど……って、私分かっちゃったんだけど!」
ロサは驚いた様子で立ち上がる。
「吸血鬼の体臭よコレ! だってあいつら、お風呂に入らないものー!」
口元に手をやり叫ぶロサを前に、私はそれとなく自分の匂いを嗅いだ。
臭くない。臭くないが、とりあえず帝国ではどこでも洗濯ができる魔法と、どこでも入浴ができる魔法を学ぼう、そう思った。




