四十品目 吸血鬼の塩漬け2
「そんなことよりアムブロシアの種はないのか?」
「アンタってホント薄情よね。ただその薄情さも私を高く評価してくれてるからだと思えば、悪い気はしないけどね。それにこれからもアンタたちと付き合っていくなら、不測の事態の一つや二つは避けられそうにないし」
まっ、すでに一つや二つじゃ済まないんだけど。ロサはそう言いながら視線をきつくする。しかしそれ以上はしてこない。
それもそのはず、不測の事態と言えば悪いことばかりのように聞こえるが、そこから得られるものも少なくない。
というわけでロサの中で整理が付いた――または損得勘定が済んだ結果、今回は大目に見る、どうやらそういうことになったらしい。
ただそれも現時点という暫定的なものでしかなく。とりあえずの保留、もしくは表面上そう取り繕っているだけという可能性も十分にありうるわけで。
結局のところ、ロサとはこうして一生お互いに疑い合いながら、探り合いながら付き合っていくしかない。いいように利用し合うしかないのだろう。
「難儀な奴だな」
「その代表格みたいなアンタにだけは言われたくないけどね。で、アムブロシアの種だっけ。魔王軍でもそんなにポンポンと手に入るものじゃ――って、もしかしなくても帝国との交渉に使う前に、紛失したわけじゃないでしょうね」
「そんなわけないだろ。ただ私も驚いたが、まさか香辛料で失くしたはずの腕が生えてくるとはな」
「え? 秘薬をつくったの? でも私がキリボシに教えたのは材料だけで、その分量までは教えてなかったはずだけど」
「おかげで私はキリボシが反芻したものを――いや、なんでもない」
「何でもないって、そこまで言われたらだいたい見当が……いや、詳しくは聞かないけどね。まあ時間稼ぎがどうとか言ってたし、それで吸血鬼はどうにかしたと。どうにかした……? いやいや、よくどうにかなったわね」
アンタたち、と視線を振ってはロサは続ける。
「共和国でラフレシアとマンドラゴラを手に入れてなかったら――ていうか、そもそもどんな頼み方をしたら、その二つが手元に揃うなんて奇跡が起きるのよ」
「日頃の行いがよかったからじゃないか?」
「はいはい、キリボシ?」
ロサは面倒くさそうに顔を背けては、肉を口いっぱいに頬張るキリボシへと目を向け――直後にやっぱりやめたとまた視線を戻してくる。
「アイタナが機転を利かせたおかげだな。私たちの素性が怪しいと上に漏らしたら、ベルニがお前のことを話せと取引材料として首尾よく持ってきてくれた」
「私のこと? 冗談でしょ。ベルニに感づかれるような――」
「そうじゃない」
「ああ、アンタらを差し向けたのが誰かってことね。でも私の知るベルニはそこまで頭が回るって感じじゃなかったし、もしかしたらレダの入れ知恵かもね」
「知り合いか?」
「そう思って見逃したの?」
どこか面白がるようなロサにそんなわけないだろと私は否定的に肩を竦める。
「成り行きでそうなっただけだ。まさかレダが口約束を守るとは思ってなかったからな。謎の二人組だったか? なぜそんなことになってるのか不思議なぐらいだ」
「口約束ねぇ……取引として考えれば一応の説明はつくけどね。レダはラフレシアの効率的な育て方っていう手柄を手にしたわけだし。ただいくらでも約束を反故にする機会はあっただろうし、あの子なりに何か考えがあるのかもね」
「ただ律儀というわけではないということか。まあ別にいいけどな。お前の言葉を信じるなら、アムブロシアが貴重である限り、秘薬の生産量は変わらないだろうしな。むしろラフレシアを育てる過程で世界から魔力だまりがなくなれば、多少なりとも住みやすくなるだろ」
「世界? アンタ、そんなことまで考えてたの?」
全然。そう即答するとロサはでしょうねと目を細める。
「しかし上がってくる情報が絞られていない様子を見るに、本当に吸血鬼は全滅したみたいだな」
「それはこれから分かることよ。まっ、それを確かめるためにあえて私から報告してみるってのもありだけどね。生き残りがいればきっと何かしらの行動を起こしてくれるだろうし。ただしばらくは様子見かしら。となるとパスと同じで行方不明扱いになるのかしら? あ、そうそう。言い忘れてたけどアンタらがゆっくりしてる間に、帝都が半分無くなっちゃったわよ」
おい、ついでみたいに言うな。そう反射的に口を開こうとしたところで、ロサに先んじて手で制される。
「落ち度はそっちにもあるでしょ? それに重要なのはここからだから」
だからとりあえず聞けと、ロサはそれまでの軽い空気感を捨てる。
「近いうちに帝国はまた襲われるわ。多分その時に帝国は地図からなくなる。それに巻き込まれて後から文句を言われても面倒だからね。急いで伝えに来たわけだけど……アンタらはそれでも帝国に行く気?」
「なるほどな、それが本題か」
ロサの言葉に自然と思い出すのは、レティシアでの魔王軍との戦い。そこで思い知らされた数の暴力がいかに凶悪かという事実。
そして先日の吸血鬼の一件で露呈した、これまでは相手が少数ゆえに何とかなってきていたという現実。
どう考えても帝国行きは避けるべきなのだろうが……せめてブドウを一房だけでも、もしくは一粒だけでも。そんな欲がどうしても捨てきれない。
どうするべきか。迷っているとふと肉を平らげて暇そうにしているキリボシが目に入る。
そうだ、そもそも二人で考えるべきことを私はなぜ一人で考え込んでいるのだろう。天啓を得たような気がしては、判断を委ねることにする。
「キリボシ、お前はどう思う。どこか行きたいところはないのか?」




