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四十品目 吸血鬼の塩漬け1

「今日の昼食は吸血鬼の塩漬けだよ」

「いや、今日()の間違いだろ」


 共和国を離れ、緑も少なくなった荒野にて。

 一度で食べる量もそうだが回数も重ねすぎて、もう味の良し悪しなどどうでもよくなった吸血鬼を無心で食べていると、不意に頭上が騒がしくなる。


「いたいた」


 見上げるまでもなく翼で砂を巻き上げては、地上に降り立つと同時にその華奢(きゃしゃ)な角も尻尾も見えなくなる見知った顔。

 サキュバスとしての特徴を隠し、露出の激しい格好以外は人間と変わらぬ姿形で近づいてくるロサを前に、私は食事の手を止めては思わずと眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「食事中に現れるのがお前らの決まりなのか?」

「え?」


 ロサは何言ってんのよとジトっとした目を向けてくる。

 そのまずはと罵倒(ばとう)するでもない穏やかな対応に、どうやら先日の吸血鬼のことではなさそうだなと頭を切り替えては、とりあえず謝ることになるとしても主導権だけは取っておいて損はないだろうと、先んじて悪態をついておくことにする。


「気にするな。まあ、座ったらどうだ? お前にそのつもりがあったかは知らないが、共和国では酷い目にあったからな。言いたいことが山ほどある」

「私ほどじゃないでしょうけどね」


 ロサはそう言いながら手近な岩を引っ張ってきては、それで? と腰を下ろす。


「ベルニという名前を知っているか?」

「魔王軍は今その話題で持ちきりよ。パスの後任に選ばれるだけの実績はあったけど、部下を消耗品みたいに扱うから評判はすこぶる悪かったし、私としてはよくやってくれたって()()()()()に感謝したいぐらいだけどね」

「ベルニはサキュバスのレダというやつが魅了(みりょう)で自害させた。そう聞いてもか?」

「レダが……?」


 ウソでしょと、ロサは一度目を見開いてはすぐに考え込むように黙り込む。その反応を素直に受け取るなら、ロサにとってはベルニよりもレダのほうが重要度が高いことになるのだが――いま優先すべきは真偽不明の情報より勢いであるからにして。


「それに共和国を助ける見返りが秘薬(ひやく)の製法だと? ふざけてるのか?」

「え? 話したの?」


 (おどろ)いた様子でキリボシを見るロサ。申し訳なさそうに頷くキリボシを見て、ロサは責めるでもなくむしろ甘やかすように微笑を浮かべる。


「本当にごめんね。成り行きで話しちゃって」

「いいって、共和国ではやることはしっかりやってくれたみたいだし」

「いやいや、お前はそれでいいかもしれないがこっちはよくないだろ。確かに帝国には入れるだろうが、最悪一生出れなくなるか、消されるかの二択だぞ」

「またアンタは極端なことを言い出して……アムブロシアの種を渡したでしょ? キリボシならともかく、アンタなら情報を小出しにするなり上手いこと交渉して、しばらく滞在するぐらいのことはできるでしょ」

「妙なところで信頼されたものだな。だが帝国を甘く見すぎだ。私一人ならまだしも、キリボシと一緒なら永住だって不可能じゃない」

「はいはい、(おり)の中でね――って、それはちょっとひどいんじゃないの?」

「お前はキリボシを見くびりすぎだ。つい先日にもネドとかいう吸血鬼相手に秘薬の出どころがお前だということまで、はっきり明言したぐらいだぞ」

「えっ? うそ? ネド? えっ?」


 ロサはキリボシと私を交互に見る。その動揺が本気かは分からないが、ここで言葉を緩めてロサにこちらの落ち度を詰められても面白くはない。

 途中で口を挟む余地を与えぬように、とにかく今はと結論まで急ぎ駆け抜けることにする。


「まあ心配するな。一族を上げてリノだかギドだか言う吸血鬼の仇討(かたきう)ちにきたみたいだったが、漏れなく返り討ちにしてやった。お前が生きているのがその証拠だ」

「え……あの、ちょっと待って。アンタらネドを……ええ?」


 本当に? と確かめるようにロサはキリボシへと目を向ける。


「うん。時間稼ぎにユニコーンを食べたんだけど、上手くいかなくてね。やっぱり(かわ)だったからかな? 結局アザレアさんにそれをお願いすることになっちゃったんだけど……おかげで塩も大量に手に入ったし。そうだ、ロサさんもよかったらどうぞ?」


 キリボシは有無を言わさぬように、ロサへと当たり前のように焼いた肉の盛られた皿と(はし)を差し出す。


「ネドをやったってこと以外まったくわからなかったんだけど……」


 ロサは困惑(こんわく)しながらも皿と箸を手に取る。それからしばらく視線を彷徨(さまよ)わせたのち、盛大なため息を吐く。


「こんなこと言いたくないんだけどさ。これまではアンタらとの関係性も考えて、出されたものはなんだって食べてきたけど――アンタらとの繋がりがバレた以上、もう無理してアンタらに合わせる理由もないっていうかさ」

「お前ならなんとかなるだろ」

「自分のことじゃないからって投げやりすぎでしょ……まあそれなりに時間は()ってるみたいだし、私が生きてる時点で討ち漏らしはなさそうだけど……」


 ロサはまた考え込むように口を閉ざす。そうして急に頭をかきむしったかと思うと――まったく納得しているようには見えないが――いいわと一言だけ告げる。


「元はと言えば、アンタらを選んだのは私だからね。それにお互いに危険は承知の上でここまでやってきたわけだし、今更(いまさら)関係を解消するってのもね。でももし今回の件で私が先に退場するようなことがあったら、一生夢に出続けてやるから」


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