三十九品目 空腹に最高のスパイス3
「お前の言うリノかは分からないが、マルタ村で吸血鬼を狩ったのは私だ。そのあとにバルバラでラミアを狩ったのも私。マリーナの近くで出くわしたエルダーとロサは斬り損ねたが……パスをやったのも私だ」
「ちょっと、気になる情報が多すぎるんだけど?」
「なぜ急に答える気になった」
「ただの狩りのつもりが、とんでもない獲物がかかったみたいだな」
「どうでもいい……そうだ。お前のせいでギドは――!」
影から姿を現しては馬乗りになって首に手をかけてくる吸血鬼。フラフラの体で何とか振り払おうとするも片腕ではどうにもならず、結局バカみたいな力で気道を押しつぶされそうになっては、間一髪のところで影の横やりが入る。
「なぜ邪魔をする!」
複数の影に羽交い絞めにされては顔を真っ赤にして叫ぶ吸血鬼。そのいざこざを横目に助けるならさっさと助けろよと肩で息をしていると、拘束を半分ほど振りほどいたネドがまた、性懲りもなく首へと手を伸ばしてくる。
「やめろネド!」
「分かっている!」
寸前で首からずれては代わりに掴まれる胸倉。そのまま力任せに体を引き寄せられては、怒りに打ち震えるネドと至近距離で顔を突き合わせることになる。
「ギドは私の親友だった。リノはその息子だった。二人は私の部下だった。そしてマルタ村にリノを送り出したのは私だ。バルバラに攻めるというギドを止めきれなかったのもな……二人の死の責任は私にある。だがな――」
ネドは怒りを再燃させるように目を見開く。
「原因はお前だ。お前が悪い。お前さえいなければ二人は死なずに済んだ。そうだろう? だというのに――なぜお前は今も生きている。なぜお前は何も失っていない? 不公平じゃないか。不公平だろう? なあ、不公平は良くないよな?」
「別に死ぬのは構わない。詫びろというのなら謝罪もする。だが見てのとおり私には時間がない。それを個人的な恨みを晴らすために使うのは勝手だが……周りはお前に冷静な対応を求めている。私にはそう見えるが、気のせいか?」
「いまさら命乞いでもしているつもりか……見苦しいぞ」
「逆だ。潔く最期を迎える準備をしている、と言っても不死の吸血鬼には伝わらないか。まあ、泣いて喚いて見っとも無い最期を迎えることこそ、お前の望みなのかもしれないが……」
思えば不死というのも難儀なものだなと私は苦笑する。
「このまま私が何も言わずに死んだら、お前は永久に二人のことで苦しむことになりそうだからな。少しだけお前の肩の荷を下ろす手伝いをしてやる。マルタ村で吸血鬼が死ぬことになったのは、何もお前の所為だけじゃない。元を辿れば、レティシアで私を仕留め損ねた誰かさんの責任でもあるんだからな」
「レティシア……だと?」
ネドの顔が引きつりだす。その過剰な反応を見るに、どうやらレティシアのほうにもネドは深く関わっていたらしい。
完全に気遣いが裏目に出たな……さすがに命運が尽きたか?
そんなことを考えていると、また影が間に割り込んでくる。
「ネド、少し落ち着きなさい。自分を見失う気持ちも分からなくはないけど――」
「うるさい! お前らはそんなだからいつまでも私に勝てないんだ!」
「うるさいのはお前だ。どう考えてもこいつはこれからの魔王軍に必要な情報源。それをお前は感情的に消そうと……いや、いいのか? その前に何らかの成果を上げられたとしたら……ネド、お前は明日から俺の部下かもな?」
「ちょっと、こんな時に止めなさいよ」
「だが事実だろう?」
男の声にがらりと変わる雰囲気。群がる影にもみくちゃにされながらネドから引き離されては、正面の夜空を覆い隠すようにあちこちから影がのぞき込んでくる。
「ええと、アザレアとか言ったっけ? 男相手だと話しづらいだろうから、ここはまず同性の私から――」
「ふざけるな! お前は手柄を独り占めしたいだけだろ! おいエルフ! ロサのことを話せ! サキュバスが裏切っているとしたら、この場の問題だけでは済まないんだからな!」
「なら次はパスのことをお聞きしてもいいですか? 気に入らないやつですが、あなた程度にやられるとは思えませんので」
「それよりもベルニだ。こいつらがどこから来たのか忘れたのか?」
「そうね。こいつらとレダが一緒にいるところを見たのは私だけだけど、その会話の内容も気になるし」
「まったく、お前らというやつは揃いもそろって自分のことばかり。少しは種族全体のことも考えろ。そうすれば自ずとメデューサの目の行方こそ重要だと気付けるはずだ。もし見つかれば我々吸血鬼の汚点も多少は返上できる」
「汚点だと……? ギドの葛藤も、息子を失った悲しみも何も知らないくせに!」
「「「うるさい!」」」
良い感じに収拾がつかなくなってきた場に私は心の中でほくそ笑む。ただ時間がないと言ったのは事実であるからにして。
魔力も血も失いすぎて次第に鈍り始めた感覚で、それでもと血だまりが音もなく叩かれたのを全身で感じ取っては、思わずと体が勝手に安堵する。
「なに笑ってるんだこいつ……あ?」
騒がしい影の天幕、それを貫き一瞬で黙らせるのは二つの拳。噴き出す鮮血をまるで土砂降りの雨のように浴びながら戻ってきたキリボシは、その日夜空に浮かぶどの星よりも光を放っていた。
「なぜお前が生きて――それにその神聖……」
「アムブロシアの種にラフレシアの葉、それにマンドラゴラと不死者の血。それぞれの分量が分からなくて手間取ったけど、何とか間に合ったみたいでよかったよ」
言いながら胸元を叩くキリボシ。その度にポンポンと口からいま並べ立てた食材が飛び出してきては、抱き起されたところで私は自分の運命を悟ってしまう。
「おいキリボシ、まさかとは思うが……」
「秘薬か――!」
「その通り」
笑顔のキリボシに口をこじ開けられては次々と投入される食材。そのあまりの手際の良さにろくに抵抗も出来ずに狼狽えることしかできないでいると、絞りたてだよと途中で邪魔に入った吸血鬼の血までしっかり流し込まれてしまう。
そうして口の中で出来上がる料理。少なくとも四種類の味と香りが混ざっているはずなのに、ラフレシアの臭みもマンドラゴラの渋みも抑えて食欲を刺激する辛味になぜか肉が欲しくなっては、どうしたんだ私と驚いた拍子に飲み込んでしまう。
「立てる?」
「これで立てなかったら私は何のためにお前の――いや、何でもない」
差し出されたキリボシの手を必要ないと左手で払っては、自力で立ち上がる。剣は……血だまりを探しては、拾い上げると同時にその形を大剣へと変化させる剣。
そのまるで別人のような扱いに思わず苦笑しては、また振出しに戻るようにキリボシと背中合わせになる。
「実は秘薬の材料と一緒にユニコーンの手袋を食べちゃってさ。神聖はこの通り確保したんだけど、いつまで持つか分からないんだよね」
「そんな当たり前のように手袋を食べたといわれてもな。しかし今後は手袋なしか……厄介な相手はこの場で出来るだけ減らしておきたいところだな」
「そうだね。ロサさんには共和国に行く代わりに秘薬の材料を教えてもらったばっかりだし――って、これはアザレアさんには帝国に着くまで内緒にしておかないといけないんだった……」
キリボシの声に唖然とする私。そしてそれ以上に唖然としているであろう周囲。私は小さくため息を吐きながら神聖を解放し、早速と逃げていく影を相手に剣の形状だけを変化させては、伸ばした切っ先で念入りに何度も突き刺した。
「悪いが誰もここからは生きて返さない。お前らの記憶が消えてなくなりでもしない限りはな。さて、吸血鬼はまず絞るんだったか?」
「そうそう」
よく覚えてたねと嬉しそうにするキリボシを背中に、私は食べるのが大変そうだなとは思ったものの、もう美味しくなさそうとは思わなかった。
今なら食べられなかった吸血鬼だろうと美味しく食べられるかもしれない。空腹に最高の秘薬まで揃っているのだから。




