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幕間 帝国は朝食のあとに

 ロサは遠く離れた場所から()()を覗き見ていた。


「なんだこの硬いパンに鉄の味がする肉は……」


 ボサボサの頭に薄汚れた服。一見してアンデッドのような見た目をしているが(れっき)とした人間の男、還元者ローランド・デ・アルバレスは朝焼けに染まる荒野でぶつぶつと不満を漏らす。


「ロサのやつめ……いや、今は魔王軍の俺にはお似合いか」


 自嘲的に笑うローランド。その食事にオルトロスの肉を紛れ込ませたのはちょっとした遊び心と好奇心からだったが、やはりというべきか不評らしい。ただパンが硬いのは私のせいではない、そう思った。


「しかしこのままでは少々食べづらいな」


 そう言うと、パンと赤黒い肉を宙に浮かべては粉々にするローランド。それを周囲から集めた水分と掛け合わせては、準備完了とばかりに大口を開けて、ほんの数秒の内に胃の中へと流し込んでいく。

 それがローランドの食事であり、ローランドの日常。そんなことは前から知っていたが、あまりの情緒のなさにある二人組の顔が自然と思い浮かんでは、あの二人は逆に楽しみすぎだなと思わず苦笑が漏れる。


「ふぅ……日の出か」


 ローランドの朝食の終わりに合わせて、見計らったかのように荒野へと差し込んでくる朝日。それを眩しそうに一瞥しながら立ち上がるローランドの表情は、自他ともに認める自信家にしては珍しく、やや緊張しているようにも見えた。


「まずは小手調べだ。帝国が()()からどれだけ進歩したか確かめてやる」


 正面に手のひらを突き出すローランド。その目が見据えるのは魔王軍(ネド)にすら攻めることを躊躇させ、保留という選択肢を引き出した帝都(ラヴィニア)の分厚い壁――。

 ただしその実情をよく知るローランドにはネドのような躊躇はない。

 照準を定めるようにローランドの片目が閉じられては、合わせて空気が震え始めたかと思うと、次の瞬間には朝日よりも眩しい光に視界が真っ白になる。


「ハハハハハ! 目覚ましにはちょうどいいな!」


 ローランドの高笑いと共にあらわになる惨状。魔法の最先端を行くと言われる帝国には、物理的な壁のほかに見えない障壁があったが、そんなものは関係ないと言わんばかりに、ローランドの放った光は一直線に何もかもを消し飛ばしていた。

 ただ帝都の大きさを考えれば致命傷には程遠い。それでも眠れる獅子を起こすには、十分だったようで。

 そう、帝国がいかにして今日(こんにち)まで生き残ってきたか。かすり傷にすら全力で応えるように、あり得ない反応速度で兵がぞろぞろと帝都から出てきては、これまた通常ではあり得ない――国から個人への過剰にしか見えない報復が始まる。

 同時に圧倒的な魔法の量に押しつぶされては見えなくなる、ローランドの姿。


「そんな……あり得ない……俺はこんな奴らに、こんなにも弱い奴らに追い出されたのか?」


 帝国の報復を意に介さないとするローランドの声。そして不意にその頭上へと落ちてくるいくつもの小さな筒。その間も降りやまない魔法に当然と接触しては、容器の破損箇所から押しのけるようにして大量のどす黒い気体が漏れ出てくる。


「毒――いや、魔力の濃縮までたどり着いたか! だが――」


 ローランドの言葉が事実であれば、帝国が作ろうとしているのは人為的な魔力溜まりであろうか。すぐにその仮説を裏付けるようにその場の魔法とどす黒い気体が干渉し始めては、火花のような光があちこちで散り始める。

 ただそれも一瞬のこと。ローランドが左右に両手を突き出すや否や騒ぎは瞬く間に収束し、直後に散れと声が聞こえてきたが最後、降りた静寂を嫌うようにまたただの魔法と障壁のぶつかり合いが始まる。


「時間稼ぎのつもりか? くだらないな……しかし有効だと思われるのも癪か」


 ローランドにはもはや当初のような緊張は見られない。いつものように自信満々な態度で両手の平を帝国へと向けては、再び視界を白く染める。


「まだだ」


 簡単に帝国の四分の一近くを消し飛ばしながらも、まるで満足していない様子のローランド。続く二射目で容赦なく帝都(ラヴィニア)を半分まで削り取っては、三射目を放ったところで、口をぽっかりと開けて目を瞠る。


「防がれた……? いや、俺の分解を防ぐ手立てなどないはず……」


 ローランドは確かめるように四射目を放つ。しかし結果は変わらない。


「正常に分解は機能している……ただ気のせいか出力で押し負けているような……ああ! 循環か!」


 ローランドはまるで自分のことのように喜びをあらわにする。


「なんだ、帝国もやるじゃないか。いや、でなければこちらとしても張り合いがないというもの。しかし消耗戦となると分が悪いか」


 一人の悪いところが出たな。ローランドはそう笑みをこぼしては、勝手に得心した様子で帝都(ラヴィニア)に背を向ける。


「ロサには悪いが、日を改めるしかないな。いやー、それにしても帝国がここまで柔軟な対応を取るとは……まさか帝国がよその人間を受け入れたのか? それもこれもネドが他国を圧迫してくれたおかげといえばそうだが……この分だとロサに協力しなくても、順番が回ってきたんじゃないか? いやいや、それだと万全の帝国とは戦えなかったわけだし……」


 聞いたことがないぐらい声を弾ませるローランドを背に、私はそっと部屋を後にした。


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