三十五品目 シェフの処方箋5
「治療は可能かもしれない」
大聖堂の一室。これで案内されるのも二度目の殺風景な部屋で、私とキリボシ、そしてアイタナはまた、小さな机を挟んで顔を突き合わせていた。
「何かと思えばそんなことでしたか。私もそれなりに忙しい身なんですけどね。以前にも言いましたが、そんなものはありませんよ。それともそれはただの口実で、私と話したくて呼び出したとか? もしそうだとしても長話はできませんが……」
「そのつもりはない。それにこっちは、その忙しさから解放できるかもしれないと、そう言ってるんだ。少しくらい話に付き合ってくれてもいいだろう?」
「無駄ですね。そう、時間の無駄です。ここを離れられない以上、症状を和らげることも出来ませんし、人の技術や知識ではすでに受けた魔力の影響を取り除くことは出来ない。もうお分かりでしょう? 私たちに出来ることなどないんです」
「では聞くが、お前はなぜ比較的魔力の薄いこの場所に患者を集めている? 出来ることなどないと言いながら、本音では助けたいと、そう思っているからなんじゃないのか?」
「何を根拠にそう思われたのかは知りませんが……」
アイタナはふと開け放たれた窓の外へと目を向ける。
「私は別に助けたいなどと思ってはいませんよ。むしろ少しでも長く生き、そして苦しむことで、この共和国の罪に向き合っていただきたい。そう共和国の聖女として――同時に魔王軍のアイタナとして思っている、ただそれだけのことです」
「なら尚のこと私の話を聞くべきだ。そもそも私は患者の治療法を提案しているだけで、その患者を生み出している根本的な原因――お前の言う共和国の罪とやらをどうこうする気は、微塵もないんだからな」
「私にはやり方に口を出すなと言いながら……随分と都合がいいんですね?」
そう言われると返す言葉もない。どうしたものかと黙っていると、不意に席を立つアイタナ。以前退室した時と同じように両手で椅子を抱えたかと思うと、こちらのことなど見えていないかのように、さっさと扉へと向かって歩いていく。
どうやらこれで話は終わりらしい。しかし具体的な内容も話せないまま、決裂することになるとは……ほんの数日前に聞いた、ぜひ教えてほしいという発言からは考えられない真逆の姿勢に違和感を覚えては、ふとした瞬間に子供たちとの会話が走馬灯のように流れる。
そして自然と共通点が浮かび上がってきては、形になり始めるある疑問。
「お前はなぜ生産数を抑えている?」
扉に手をかけては、ピタリと止まるアイタナの動き。ギリギリのところで引き留めることに成功しては、思わずと安堵のため息がこぼれそうになる。
「言い方を変えようか。お前はなぜ、この国の生産能力を過少に偽っている?」
「何のことですか?」
「足りない農機具、足りない設備、そこから産み出される質の悪い武器。どれも魔王軍がこの国に武装させないためだと思っていたが……あえてそうしているな?」
「何を言い出すかと思えば……付き合いきれませんね」
「いいや、お前は付き合わなければならない。なぜならお前がこの部屋を出た瞬間、私は魔王軍にこの国の実態を報告するからだ」
それは実際のところ、魔王軍との繋がりがロサ以外にない私には不可能なことだったが、アイタナを扉から引きはがすには十分だった。
「いいでしょう。ただあなたの仮説が合っていればの話です」
「合っているさ。元はと言えば、私たちを西側に差し向けたのはお前なんだからな。それもどうせ長いこと居つかれては露見すると考えてのことだろうが……あえて自ら開示するような真似をしたのは、私たちがお前と同じ人間だからか?」
「別に同情を誘おうとは思っていませんよ。それに例え知られたとしても、それを黙らせておくだけの用意が私にはありましたから」
「だろうな。まあ、その必要は今回ないわけだが……」
座ったらどうだ? と目で促しては、渋々と言った様子で戻ってくるアイタナ。ため息と共に机を挟んで正面に腰を下ろしては、急かすように視線をきつくする。
「それで? どんな面白い話を聞かせてくれるんですか?」
「まずはこの国の構成員が子供に限定されていることからだ。私も最初はその方が御しやすいからだと思っていたが、魔王軍なら大人相手でも同じこと。そして同じなら、この魔力の影響著しい共和国において、子供より魔力に耐性のある大人の方が、様々な面において有利であろうことは言うまでもない」
そこで一度言葉を区切っては、アイタナの反応を確かめる。どうやら口を挟む気はないらしい。正直、まだまだ考えがまとまっていない中で、会話が一つのきっかけにでもなればと、そう思っていたのだが……いわゆる踏ん張りどころだろう。
「だが現実はどうだ。人間を消耗品のように扱い、減っては補充が繰り返されている。だというのに――この国に入ってくるのはなぜか子供ばかり。大人に入れ替える機会はそれだけあるというのにな」
「だから意図的に誰かが、例えば私がそうしていると? 知っていると思いますが、この国の構成員が子供に限定されているのは、私から数えて先々代――前フェメニーナ共和国の聖女が魔王様に直接、そう嘆願したからです」
だろうな。それは初耳だったが、なるほどなと返すわけにもいかず、咄嗟に知っていたとも言えずに返事が中途半端になる。ただそれでもアイタナが追及してこなかったのは、きっと私の偉そうな態度が自信満々に見えたからだろう。
「そのとき大人たちは処分され、子供たちは生き残った。そして生かされる代わりに、現共和国にて武器をつくるという存在意義を課された。なんだ、あちこちでお前をもてはやす声ばかり聞いていたからお前の代からかと思っていたが、先々代からそうなのか。まあ、子供の身にはこの魔力は辛いだろうしな。長く生きることも出来なければ、聖女もお前しか知らなくて当然か」
強引に辻褄を合わせるように冗談めかした笑みを浮かべては、だめ押しに肩を竦める。これでアイタナが少しでも私の不自然さから意識を逸らしてくれたなら――だがしかしと、肝心のアイタナが表情を険しくしたのを見て、そっと覚悟する。
とりあえず素性が割れかねない言い訳をするぐらいなら、感情的に怒鳴り散らした方がいいかもしれない。
「あの、先ほどから話を聞いていれば、誰でも知っているようなことばかり。好い線を行っているようでしたのでここまで付き合いましたが、これ以上は――」
「お前はなぜ、工場を拡張せずに農場を作った?」
そう新たに疑問を投げかけると、アイタナはなぜか嬉しそうに微笑する。やれやれ……時間はかかったが、ようやく正解を引けたようだ。
「理由が必要ですか?」
「いや、言わなくていい。どうせ魔王軍にかけている余計な負担を減らそうとでも考えた、そんなところだろう。だがそれは建前だ。なぜなら農場には農機具が不足している。つまりお前は本気じゃないんだ。ではなぜそんなことをする?」
簡単だ、と私は一呼吸おいて続ける。
「お前は魔王軍からの補給を絞りたかったんだ。特に汚染されていない食料をな」




