三十五品目 シェフの処方箋4
どこを見ても同じ形の建物。いつまでそのままにしておくのか、未だに枠だけの窓。やっとか……と、私は懐かしい気持ちでここ数日のことを思い出す。
始まりはそう――街中を移動するなら馬車よりも徒歩の方がいいだろう。そんな提案からだった。それが間違いだったとは思わないが――。
とにかく軽く見て回るつもりで、想像以上に歩いた三日間。アイタナから得た情報の他に、共和国について新たに分かったことは、大きく分けて四つだった。
まず一つ目だが……共和国はこの街の他に土地や集落を持っておらず、巨大なこの街のみで完結している国であるということ。
二つ目はそこに属し、構成している共和国人は――聖女という例外を除けば――みな子供であるということ。
三つめはその子供たちの間で程度の差はあれど、病気が蔓延していること。
四つ目は三つ目を抱えながらも、子供たちはここでの生活に概ね満足していること。何なら魔王軍に対して感謝している者までいること。
特に四つ目には驚いた。というのも事情を聞くと隠すことでもないと教えてくれたが、ここは外と違って、食べ物には困らないらしい。
ただそもそもなぜ外がそんなことになったのか、それ以外が無さすぎないかと私なら考えてしまうところだが……もしかしなくても、子供たちはすでにそんな現実と、うまく折り合いをつけているのかもしれない。
そう自然と思えてしまうのも、ここ三日間で話した子供たちが見た目に反して、やけに大人びていたからだろう。
「本当は穀物以外も育てるべきなんでしょうけど……」
ふと西側に向かう途中で寄った農場での出来事を思い出す。これは確か少女の言葉だった。
「人手や農地は十分なんですけど、それを生かしきれない農機具の少なさや、そのしわ寄せからくる、人力での作業工程の増加が、思ったよりも負担で……でも毎日のように誰かが倒れていなくなる工場よりかは、はるかにマシですから……」
少女はそう言いながら愛想笑いを浮かべる。その板についた姿が妙に居心地を悪くして……子供たちの食料に手を付けるのもなと、そこでは何も食べなかったが、逃げるように訪れた西側は、確かに評判通りの場所で。
「見てくれ、いい出来だろ? なんてな。もっといい設備と材料が揃えば俺だって……アンタの腰に提げてあるような、高級品にも負けない剣を作って見せるんだけどな。いや、作れるはずだと思うんだけどな……」
そう言いながら槌を振るう少年はまだマシなほうだったが、そこで見る子供たちは、明らかに農場の子供たちと比べて、顔色の悪さと華奢な体躯が目立っていて。そんな中、作られる武器がいいものになるはずもなく。
何となく想像がついていたが、共和国の存在意義ともいえる武器づくりは、とにかく大量にという、兵を多く抱える魔王軍らしいものだった。
ああ――そういえばなぜかそこで一日、倒れた子供の代わりに作業を手伝ったんだったか。それも子供たちにキリボシが言いくるめられて……幸か不幸か、その日に武器の受け渡しはなく、外の魔王軍と鉢合わせなくてすんだというのに――。
「次は俺が話す番だな。これはとっておきの話なんだが……実は俺はこの中でもかなりここが長いから、前の聖女様を知ってるんだ。だから今の聖女様が優しいだけじゃなくて、どれだけ賢いか俺にはよくわかる。なんたってこの国に農場を作ってくれたんだからな。それもただ作っただけじゃない。ある程度工場で働くか、調子が悪くなったらそっちに一度、移してくれるようにしてくれたんだ」
だからどうした。子供相手にいくらなんでもそれはないだろうと思いながらも、私は結局我慢できずにそう言ったような気がする。
そう、とにかくあの時はやらなくてもいい作業を長いことやり過ぎて、頭が正常に回っていなかったような……だから記憶が曖昧なのだろう。いま思えば、前の聖女様とやらについては詳しく聞いてもよかったかもしれない。
「もういいだろ。十分だ。頼むから解放してくれ」
これは紛れもなく私の言葉だ。やはり近いことを言っていた。きっと少年はムッとしていたことだろう。幸いなのは、その答え合わせができないこと。なぜならそこでもまた逃げるようにして、その場を後にしたからだ。
そうして何の前情報もなしに辿り着いた屋根も壁もないただの広場で、私はいつの間にやら頭から抜け落ちていたことを思い出す。
この国が誰のもので、誰がつくり、誰が管理しているのかを。
「ハーピィにグリフォンにワイバーンに、あれはスケルトンとリッチかな? 忘れかけてたけど、ちゃんと共和国は魔王軍の国だったんだね」
それはキリボシの言葉だ。そして私がそれに何も返さなかったのは、ただ目の前の光景に呆れていたから。
広場から工場へと真っすぐに伸びる人の列は、面倒ごとを避けて遠く離れて尚、視界にすべて収まりきらないほど長かった。
まあ数百人が一列に並べば、それも当然だろうが……にしてもこの国は一体どれだけの数の人間を一日に消耗し、外から補充しているんだか。
「あの聖女様も可愛い顔をして中々やるな。少年たちに人気が高いわけだ」
「え?」
「え?」
不意に足を止めては、キリボシと顔を見合わせる。どうやら頭の中が意図せず声として外に漏れ出ていたらしい。
しかしこの微妙な空気はなんだろうか? どうもそれだけではないような……。
「お前もしかしてアイタナみたいなのが――」
そこまで口にして私は何事もなかったかのように無言で歩き出した。どうせ聞くなら本人の前のほうが面白い。
共和国に来てから四日目の朝。私とキリボシはこの国でやるべきこと、ロサが助けを必要としていることをある程度見据えては、大聖堂へと帰ってきていた。




