三十五品目 シェフの処方箋1
「――アンタら何者だ?」
「パス様に命を受けて、この国の警備に加わることになったアザレアと、こっちがキリボシだ」
「なんだ、なら聖女様の下へ届けないとな」
ようやく目的地へと辿り着いたものの、肝心の入り口が見つからず――壁がないとはいえ、勝手に入るわけにもいかないだろうと――仕方なく街の近くを彷徨っていたところに、街中から駆けてきた一人の少年。
事前にロサから言われていた通り、パスの名前を出すとすっかり信用したのか。自分の名前はもちろん、今いる場所が共和国の居住区であり、誰もいないのは仕事で出払っているからということまで、聞いていないのに勝手に話してくれる。
「でも本当に運が良かったよ、アンタら。いつもなら夜まで誰もいないし、俺がたまたま二人のことを見つけてなかったら、無理やり街に入って迷子になるか、忙しい聖女様のことだからな。会えるのはきっと明日以降になってたぞ」
あ、そこの角を右な。そう馬車の荷台から指示を出す少年トムの横顔には、ぶっきらぼうながら歓迎を示す微かな笑みが浮かんでいた。
「そういえば二人はどこから来たんだ? 入口を探してたあたり、この街は初めてみたいだけどよ。もしかして他の街や国にも行ったことがあったりするのか?」
「詳しくは言えないが、今お前が考えている通りだろうよ」
「分かった、なら聞き方を変えさせてくれ。二人の目から見て、この街はどう見える?」
「居住区しか見ていない私たちにする質問ではないな。だがまあ、立派ではあると思うぞ。それについてはキリボシも同じだろう」
「そうか……そうなのか。この街は立派だったのか」
トムはそう言いながらもピンと来ていない様子で周囲を見回す。まあそれも仕方のないことだろう。トムが他を知っているかはさておき――この街が具体的にレティシアやバルバラに勝っているのは、はっきり言って面積だけだ。
まず壁はないし、無個性な木造建築はどれも同じ形をしていて箱のよう。ただ明かりを取り込むためであろうか。窓だけは大量にあるものの、枠だけで何もはめられていないのが所々で目に付いては、街の負の側面が透けて見えるかのようだ。
加えて道が悪いのか、草原では感じなかった不快な振動がときおり馬車を揺らしては、車体が軋みを上げている。
どれも金が有り余って仕方ないバルバラならあり得ないことだな……。
街灯の少なさから夜間に外を歩くことを想定していないのは見ればわかるが、それはつまり外出先の少なさも同時に意味していた。
「あ、そこ左」
長い直進ののち、もう何度目かも分からない十字路をトムに言われるがまま曲がる。そしてようやくと訪れる景色の変化。
周囲の建物が木造から石造りに変わっては、なんだ街らしくなってきたじゃないかと、通りのあちこちに掲げられた看板に端から目を通していく。
「病院……これも病院……ん? なんだ、ここには病院しかないのか?」
「この辺はな。実をいうと、俺も今日からここに入院する予定だったんだけど、抜け出してきた。まあそのおかげでアンタらは――って、待て待て待て!」
トムの首根っこを掴んでは荷台から放り出す。ただすぐにまた荷台によじ登ってきては、アンタ見かけによらず力が強いんだなと息を切らす。
「病人だか怪我人だか知らんが――」
「違うんだって! 俺はまだこの通り元気なんだけど、その、軽い持病があるから――って、うおっ!」
なんだ、元気なのか。それなら遠慮する必要はないなと、今度は首根っこを掴むなんていう優しい真似はせずに、荷台から容赦なく蹴り落そうとしては、自ら地面へと飛び降りていくトム。すぐにまたよじ登ってきては、堪らずと肩で息をする。
「やなりな。これまでのはから元気だったか」
「そ、そんなわけ……俺には持病があるから……いや、この街の住人はみんな、なぜか生まれたときから持病があるんだ」
「だろうな。これだけの魔力に晒されていればそうなって当然だ」
「魔力……?」
トムは続きを聞きたそうにしていたが、答えなかった。知識がないのに事実だけを聞いても混乱するだけだ。加えて街が黙っている、隠していることをこれから潜り込もうというときに、私の口から暴露するというのも違うだろう。
しかし実際に影響が出ているわけか……トムの言葉を信じるなら、住人すべてということになるのだが、街はこのことについてどう考えているのだろうか。
「思わせぶりなことを言っておいて、だんまりかよ」
まあいいけどなとトムは頭をかく。
「でももし治療方法を知ってるのなら、俺には話せなくても、聖女様には話してくれよな。きっとあの人が一番苦しんでるだろうから……っと、見えて来たぜ。聖女様の居城にして戦場――ディビシオン大聖堂がな」
トムの指さした先、周りの建物が低いからこそ見える大聖堂の上半身は、記憶の中の大聖堂と呼ばれるものと比べると物足りなかったが、確かに大聖堂だった。




