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三十三品目 ニグラスの木9

「確かにな。それこそ肩書や種族に拘るのは魔王軍らしくない、まるでどこかで聞いたことのあるエルフのようだとは思わないか?」

「アンタらね……特にアザレアは悪乗りしてるだけでしょ。どうせ口で言う信頼関係なんて見せかけだけだし、それなら今まで通り――」

「パスは私が斬った。おっと、うっかりロサを信用して口を滑らせてしまった。まあいいか、ロサは友達だからな」

「え……」


 ロサは口をあんぐりと開けては、そのまま動きを止める。一見して驚きのあまり、そう見えるが実際のところは分からない。

 まあどちらでもいいのだが……この場合、ロサがいずれは知るであろう情報をこちらから提示した、そのことに意味がある。

 要するにロサが知っていたとしても、それを宣言される前に先んじて場に出してしまえば、例え無価値なものであっても、対価を要求できる。

 そして後からそれはもう知っているから無効だなどと言いだすようなら、それなら何を知っていて何を知らないのか、じっくり聞かせてもらえばいい。

 無論、それすらもロサが拒否する可能性はあるが……その時はそれを理由に、こちらも口を閉ざしてしまえばいい。そのとき損するのは、明らかに話し過ぎなロサほうなのだから。とどのつまりがすべて打算、なのだが……。

 カーラとキリボシの私を見る目が、なぜか嬉しそうなのはどうしてだろうか。


「イゴルさんは僕が、竜は枯れ葉色の奴ならアザレアさんかな。そうそう、でかくて虹色のスライムがいたんだけど、それは魔王軍とは関係ないのかな? 美味しかったから、またどこかで会えると嬉しいんだけど」


 キリボシはあっけらかんと言う。まあ、確かにあのスライムは美味かったが――じゃない。こいつはまた聞かれてもいないのにペラペラと……そう思ったが、ある意味ここで話し出すということは、これまで黙っていたことの証左に他ならない。

 何よりロサのことだ。私やカーラが目覚めるまでに数日あったのなら、確実にキリボシを問い詰めている。

 もう私から釘をさす必要もないのかもな……キリボシの成長に、ちょっとした感動すら覚えては、正直それ以外のことはどうでもよくなっていた。


「いや、アンタらね……その、正直、信じられないわ。だから、その、聞かなかったことにしても、いいかしら」

「いいわけないだろ。とっとと情報をよこせ」


 言いながら証拠の剣を引き抜いては、強引にロサの手へと握らせる。途端に変化する形状――瞬く間に、記憶に新しいパスの大剣そのままが目の前に現れては、図らずも剣が示したその潜在能力の高さに、ロサの評価が自然と上がる。


「これって……」

「どこかで見たことがあるんじゃないか?」

「パスの大剣よね」

「ずっと気になっていたが、お前はパスに様をつけないんだな?」

「え? ああ……まあ、別に私の上司ってわけじゃないからね」

「部下というわけでもないんだろう? その割に知り合い、あるいはそれ以上の関係性があるようにも――」

「私のことが知りたいなら、アンタはまず自分のことを話しなさいよ。それとも聞けってこと? マリーナでの続きを」


 そうはっきり言われると返す言葉がない。しかし一方的に秘密に近づかれるというのはどうだろうか。少なくともマリーナの時点で、ロサはすでに、私が人ではないことに感づいていたようだが……。

 その勘の良さまで考慮するなら、ロサは今回(パス)の件から、私がアンデッドの弱点である神聖を備えているのではないか、そこまで考えていてもおかしくはない。

 となると答えまではあと一歩なわけで。それこそまだ情報としての価値がある内に交換しておくというのも、悪い選択ではないのかもしれない。

 ただその代わりに手に入るのが、何となく想像がつくロサの背景というのも……。

 ふと食事を終えて退屈そうにするキリボシが目に入っては――こいつが変だから受け入れているだけで、別に波風立てる必要はないなと――結局原点に回帰する。


「まあ、今はお前が何者でもいいさ。私に利益をもたらしてくれるのならな」

「同感ね。私もとりあえず、今の話、信じておくことにするわ。その上でどうしても気になることがあるから、先に二つだけ聞かせて欲しいんだけど……」


 ロサはそう言いながらも、別に答えたくなければ答えなくていい、そう改めて言い直しては、不思議そうに首をかしげる。


「ナディアには一応行ったのよね? こっち側にいるってことは、坑道を抜けて来たってことなんだろうけど……それから私のあげた剣、あれはどうしたの?」

「折れた。正確にはパスに折られた、それも見事なまでにな」

「ナディアについては言及なし、か。まあいいわ。それにしてもあの剣が折れるなんてね……どんな酷い扱いをしたんだか」

「おいおい……」


 思わず敵味方を忘れて、それは違うぞと頭をかく。


「パスを低く見積もり過ぎだ」

「どっちかって言うと、今はアンタの剣の腕のほうを疑ってるんだけどね。こんな一発芸みたいな剣に折られちゃって」

「お前はパスに恨みでもあるのか? 流石のアンデッドもお前の毒舌には、生前を思い出して涙を流すかもしれない」

「ならそれはきっと喜びの涙ね。パスはその一発芸で、曲がりなりにも人一人の一生で竜を二桁は斬ったっていう、英雄の剣を折ったんだから」

「通りで手になじむと思った。どうやら私にはその素質があるようだな?」

「言われるまでどれだけ良い剣か分かってなかったくせに、どこからそんな自信が湧いてくるんだか……でも英雄か。そうね、本当に英雄になる気はない?」


 まったく――そう答えたのを無視して、ロサはニコリと笑う。


「共和国を助けてほしいんだけど」


補足 アザレアがロサに神聖の所持を疑われるのを承知で「私が」斬ったと断言した理由→簡単に言うと、ロサに予め、キリボシに聞くから(確かめるから)とクギを刺されていたから。例えば「私たちが~」と情報を渡した場合、「信じられない」もしくは「本当なの?」と会話の流れにキリボシが巻き込まれた瞬間、キリボシはキリボシなのでありのままを話す(クギを刺されている手前、いつもより積極的に)要するに隠したり、濁したりする意味がない。


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