六品目 生野草2
「シャビエルうし――」
「あ――?」
走り込んだ勢いそのままに地面すれすれまで体勢を沈み込ませる。それが上段に剣を構えるシャビエル相手への私からの解答――だったのだが。
馬鹿みたいに余所見をされたのでは、もはやその後の駆け引きも何もあったものではない。
だがそれならそれでと、周囲に見せつけるように振り下ろされた剣ごとシャビエルの腕を切り飛ばし、ついでに首をはね、すれ違いざま防具ごと胴を両断する。
「ろ……あ、シャ、あ、やめっ――あ、あ?」
戦意を折るように余計に切り刻んだ甲斐あってか、分かりやすく狼狽える男。後退りした先でキリボシに肩を掴まれると、絶望した顔で体を硬直させる。
「ごめんアザレアさん。邪魔しちゃったかな」
「いや、それよりも気をつけろ。残りの野盗も――」
手練れぞろい。そう続けようとしたところで、今度は私の口を塞ぐように背後から飛んでくる矢。それを振り向きざま避け、続く二射目、三射目をこれ見よがしに剣で叩き落とし、木の陰で次の機会をうかがう野盗を端から順番に睨みつける。
「無駄なことはやめろ。それとも時間を稼げば魔法でどうにかできるとでも思っているのか? もしそうなら、それは勘違いだ。私とお前らではそもそもの出来が違う。見てのとおりな」
「だっ、騙されるな! こいつは私の雷撃で弱り切っている! そうだ! どう考えても瀕死なんだ!」
「キリボシ」
静かにさせろ。そう言葉にせずとも背中から聞こえてくる鈍い音。だが男はめげない。キリボシに追加で殴られることも厭わずに、息を潜める仲間へと向けて縋るように、また狂ったように叫び続ける。
「数で押せ! 全員でかかれば、いくらこの女が強くても勝てるはずだ! そ、そうだ! こいつはいま何をした! 男を守ったぞ! きっとそれが弱点なんだ!」
「何を言いだすかと思えば……」
私はあり得ないと鼻で笑う。
「言っておくがこいつは私よりも強い。なんてな。しかし情けない。いや、情けないを通り越して最早くだらないな。まあ野盗らしいと言えばそうだが、レティシアを捨て、冒険者であることも捨て、落ちるところまで落ちた挙句にやることが、まさか他人の粗探しとはな」
「黙れ! 否定したところで事実は変わらない! 俺たちはお前を使って城塞都市に行く! そうだろう! なあ! 何か言えよ……!」
男の悲痛な訴えに返される声はない。これもまたシャビエルを余計に切り刻んだ効果だろうか?
何にせよ、シャビエルが生きていたころのような威勢のよさ、集団としての勢いは削いだとみていいだろう。
ただ何を切っ掛けに立ち直るとも限らない。完全に戦意を喪失させるためにはもう一人か二人、追加で切り刻む必要があるだろう。
「お仲間はお前の案に反対、そういうことみたいだな?」
「な……何で、何で戦わないんだよ! ここで戦わなきゃ! じゃなきゃ……俺たちはいったい何のために、何のために殺して、奪って……ここまできたんだよ!」
「ここまできた? 笑わせるな。後退こそあれ、逃げてばかりのお前らに前進などあるわけがない。しかし元とはいえ、同じ冒険者だ。最後ぐらいは――」
やれやれ、と私は内心で苦笑する。同時に言葉の途中で逃げ出した野盗の一人に感謝する。
どうやらここまでの流れですでに野盗の大半の心は折れていたらしい。
一人目を皮切りに次々と私に背中を向けて走り出したかと思うと、逃げ損ねた数人が嘘だろと慌てた様子で自衛するように武器を構える。
「追加の見せしめは必要なかったな。となると、この男ももう用済みか」
私は背後へと振り返る。それと同時に目の前で崩れ落ちていく男。一瞬なにが起きたのか分からずに思考が停止するも、キリボシが男の体を受け止め地面へと寝かしたところで、ようやく状況を理解した私は自然と表情が険しくなる。
「やっぱり食べないのに殺すっていうのは、あまり気分がよくないね」
「お前……」
殺しはよくないぞ。そんな綺麗ごとが口を突きそうになったのは、知らず知らずのうちにキリボシは殺しをしない、そんな風に決めつけていたからだろう。
ただよくよく考えるまでもなく、キリボシはすでにゴブリンに昨晩の吸血鬼と少なくとも二度はそれをやっている。
だというのに――急に引っかかったのはなぜだろうか? 同族だから? いや、そうじゃない。私はたぶん……そう、似合わない。似合わないと思ったのだ。
「アザレアさん。昨日の今日で疲れてるでしょ? 逃げた人たちは僕に任せて。その代わりと言っては何だけど、この場はお願いできるかな」
「ああ……いや待て。お前が駆け出しだからとか以前に、ここから先は私の問題だ。だから――」
「朝食は野草のスープ、ちょっと青臭いし苦いけど、それも塩をかければ大丈夫。あ、そういえば近くに小さな湖が出来てたよ。魔王軍の仕業かな? 実は帰るのが遅くなったのも、そこで水浴びしてて――」
分かったわかったと勢いに押し切られるように私はうなずく。そしてうなずいたそばから本当に大丈夫か? と急に不安になってくる。
ただ当のキリボシはと言うと、今から止めようにもすでに走り出してしまっては木々の向こう。まあ夜の吸血鬼を狩れるぐらいだ。心配はいらないだろうが……ちょっと青臭くて苦いか。あいつのちょっとは信用できないからな。
苦笑と共に剣を握り直した私は、なんだまだいたのかと残った野盗たちに目を向ける。
「悪いがさっさとけりをつけさせてもらうぞ。料理長のために火をおこすのは私の仕事だからな」
それが済んだら水浴びでもして待っていよう。キリボシのことだ。きっとそのうちにまた、腑抜けた顔で帰ってくるに違いない。




