三十三品目 ニグラスの木2
「ダークエルフがどんな奴かと思っていれば……」
天使の顔に浮かぶ、線上の黒いひび割れ。見た目こそ砂漠のエルフと変わらないながら、砂浜で見た清廉な天使とは違う不気味な姿に、自身の無知ゆえか、それとも得体の知れなさがそうさせるのか。顔を背けそうになっては、ぐっとこらえる。
「まさか天使も満足に呼べない、エルダー崩れだとはな? いったいどうやったら、そこまで醜悪な姿になれるんだ?」
「あなたこそ、酷い匂いがしますよ? ああ、これは混ざり者の匂いですね? 醜悪さでいえば砂のエルフに勝るものはないと思っていましたが……あなたはその中でも圧倒的――誇っていいですよ?」
「私に言わせれば今のお前こそ、その醜悪な砂のエルフに重なるんだがな?」
「混ざり者が随分と思いあがっているようですが……」
天使が軽く手を挙げては、それを合図に木の裏からぞろぞろと出てくる、欠陥品のような天使たち。黒い翼の枚数こそ三枚や二枚とばらつきがあるが、その手に握られた湾曲した刃を持つ短剣は、無骨ながらも天使とは違って妙に生々しい。
「これで少しは、身の程を弁える気になりましたか?」
「天使は切り札にあらずか。傲慢なエルフにありがちな侮りや油断のなさは、称賛に値するが……いい気になっているのは、お前のほうなんじゃないのか? いくら数を揃えたところで――」
「無駄だと? 勘違いしないでもらいたいのですが、あくまでもこれはただの見せかけ。周りを囲んだのはここから逃がさないためです。あなたのような混じり者や妖狐はともかく、その横の人間には聞きたいことがたくさんありますからね?」
「えっ? 僕に? なんだろう? まあ別にその、聞きたいことがあるなら聞いてくれていいし、答えられることなら答えるけど……」
どうなんだろうと顔を向けてくるキリボシ。それに何も話すなと返すのは簡単だったが、少しだけ相手の意図が気になって、先を促すように目をそらす。
「すまぬな……面倒なことに巻き込んでしもうて……」
「気にするな、いつものことだ。そして大体、魔王軍が悪い。そうだろう? キリボシ」
「まだ肝心の果物も見つけられてないからね。カーラさんは何も――」
キリボシはそこで、あっと声を上げては思いついたように天使へと目を向ける。
「あの! ダークエルフさん? でいいのかな。僕たちは果物を探してここまで来たんだけど、もしかしなくてもどこにあるのか、場所を知ってたりしないかな?」
「さあ……」
キリボシから視線を逸らしては、まともに取り合う気はないとする天使。そのまま答えないと一度は口を閉ざしながらも、途中で気が変わったのか、ふとした瞬間にため息を吐いては、結局キリボシへと向き直る。
「探せばいくらでもあると思いますよ? まあ、探すことができればの話ですが」
「そっかあ、でもあるにはあるんだね。ありがとう、ダークエルフさん。そのお礼と言っては何だけど、聞きたいことがあるのなら、なんでも一つ、答えるよ?」
「では遠慮なく。あなたがここに居る理由は分かりましたが、なぜ妖狐側に――いえ、魔王軍に引き渡したはずの妖狐を、何故あなたが連れているのですか?」
「簡単に言うと、アザレアさんが魔王軍に八つ当たりをしようって言って、そこからの流れでたまたまかな。そうそう、マンティコアの酒蒸しは絶品だったよ」
「酒蒸し……どうやら真面目に話す気はないようですね?」
「スケルトンの後をつけて、魔王軍の陣地からカーラを救い出した。そして森で悪さをしているというダークエルフの話を聞いて、いても立ってもいられなくなった。こいつはそう言っている」
「まったくそうは聞こえませんでしたが……」
視線をきつくする天使を前に、そうかなあと首を傾げるキリボシ。流石にもっと言い方があるだろうと意訳した手前、そうだと言ってやりたいところだが……不服そうにする天使の不憫さがおかしくなっては、そのまま放っておくことにする。
「おぬしは主観でものを語りすぎなんじゃ。それこそもうだめじゃと思っておったところに、おぬしらが現れたから。そういきなり聞かされても、わしがおぬしらとおる理由じゃとは思わんじゃろ? あと料理の話は余計じゃ」
「さすがは妖狐だね。話すのが得意って豪語するだけは――」
「あの、もしかしなくてもわざとやってます? いえ、わざとですよね?」
続けざまにそうでなければと、危機感を覚えさせる側の天使から、それが足りないと指摘されるキリボシとカーラ。その内に歯止めがきかなくなってか、もう我慢ならないと畳みかけ始めては、怒りのままにその表情を険しくする。
「関係ないような顔をしてますが、もちろんあなたもですよ? 混ざり者さん?」
「おいおい、私は至って普通だろ。何をもってそう判断したのかは知らないが、勘違いにしても少し思い込みが激しいんじゃないか?」
「正しくあなたのそういうところが……もういいです。どうせ仲良く木の養分になるんですから」
「やはりこの魔力溜まりはお前らの仕業だったか。それに木の養分、なるほどな。おかげでいいことを思いついた。お前らの次はこの木を切り倒すとしよう」
「どうぞ? この木はいわば卵が孵化したあとの巣。その内側で育んだ雛を、あとは自然に解き放つだけ。要するにいくら外見を――巣を破壊したところで、その瞬間が早まるだけ。ただしそれができるのは、木と同じ魔力の塊である精霊ぐらいでしょうが……何なら試してみますか? 私たちは一向に構いませんよ?」
天使の言葉に黙って最後まで耳を傾けては、自然と頭に浮かぶイゴルの顔。またここでも精霊かと、放っておいたら、その内に上位の存在がどうだとか言い出すんだろうなとうんざりしながらも、冷静に喋らせておいて損はないかと頭を振る。
「遠慮しておく。それにそう言われて素直に従うやつが――」
「いるみたいですが?」
みたいだなと、早速と裏切ってくるキリボシの背中に――私やカーラには木に近づくなと言っておきながら――どういうつもりだと声をかけると、一瞬だけ動きを止めたのち、またすぐに歩き始めては、太すぎる幹の前でようやくと足を止める。
「いや……なんていうかさ。イゴルさんの時にも思ったんだけど、こういうのってあんまり好きじゃないんだよね。これのせいで、妖狐が減っちゃってるわけだし」
「お、おぬし……キリボシはそこまでわしらのことを……」
感激して涙目になるカーラ。ただそれは違うぞと、事情を知らないカーラをよそに、現状との比較に出された一件から木を思い浮かべては、キリボシは純粋に食べ物が減るのが嫌なだけだろうなと、言葉足らずな内容を勝手に頭の中で補完する。
しかしキリボシにかかれば妖狐も立派な食べ物か。ん? 食べ物……?
「おぬしも、アザレアもありがとうな。八つ当たりしてくれて……わしを見つけてくれて……」
「いや、ああ、うん」
私は笑った。小さな手で目元をぬぐう美しいカーラを前に、いま考えたことはすべて墓までもっていこう、そう決めた。




